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第4話 白の契約と、すれ違いの中で
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「また相談に来るわね、ティア」
軽やかに笑って別れを告げたセリーヌは、マデラン伯爵家を後にした。
晴れやかな笑顔の裏で、胸の奥は少しだけざわついていた。
(このまま“妻”として屋敷に戻るの、変じゃない?)
形式的な夫婦である以上、同じ屋根の下で暮らすこと自体、ナンセンスだ。
いずれ別居する予定なら、今すぐでも移ってしまった方が合理的だとセリーヌは思った。
馬車の中、隣に座るミレイユに声をかける。
「ねえ、ミレイユ。別居先が決まるまで、どこか宿を探してもらえる?」
「……お、奥様、屋敷を出られるのですか?」
「ふふっ、“奥様”ね……まあ、もう書類上だけの関係よ。だったら、自活の準備も落ち着いてできる場所が欲しいじゃない?」
ミレイユは心配そうに口をつぐんだが、セリーヌの決意に口を挟むことはしなかった。
屋敷に戻ると、使用人からライナルトが“話がある”と言っていると伝えられた。
(契約書の話ね。どうせ“勝手すぎる”とか“もう少し譲歩しろ”とかそんなところでしょ)
予想をつけつつ、彼の執務室へと向かう。
扉を開けると、ライナルトが渋い表情で待っていた。
「……どこに行ってたんだ」
抑えた口調に、セリーヌは涼しい顔で返す。
「おかしな話ですね。形式上の妻の行動を、いまさら気にされるとは。ナリスティアのところに相談へ行っていましたの。自活のための準備を始めなくてはなりませんから」
「……マデラン伯爵家に?」
ライナルトの眉がぴくりと動く。
「そもそも、自活って……離縁のあとに新たな縁談を結べばいいだけだろう。そんなに焦らなくても――」
「……勝手に、わたくしの人生を計画しないでいただけます?」
その一言で、空気が凍った。
「実家のリサエル公爵家に戻れば、次の結婚相手を探される。――だから、もう結婚はこりごりなんですの。……それだけですわ」
セリーヌは口元にうっすら笑みを浮かべながら続けた。
「それで、話は以上ですの?わたくし、明日には屋敷を出ます。宿を手配しますので、荷物は後から別居先に送っていただければ結構ですわ」
「……だ、ダメだ!」
ライナルトが思わず声を荒げる。
「新婚期間中だぞ!? 周囲の目もあるんだ、いくらなんでも早すぎる!」
「仕方ありませんわ。白い結婚を選ばれたのは、あなたですもの。今日知られるか、三年後知られるか、それだけの違いです」
ライナルトは大きく息を吐いて、椅子に沈み込んだ。
「……セリーヌ。頼むから、別居先が決まるまで屋敷にいてくれ。なるべく早く探すから。それに――契約書のことだが、あれじゃ納得できない。もう少し、話し合いたいんだ」
セリーヌは、その言葉に静かに首をかしげた。
「納得できない点……? でも、書類上の夫婦とはいえ、実態は他人。あの契約内容は、他人として当然の距離感を示したものですわ」
ライナルトが言葉に詰まる。
「あなたが選んだのよ? 結婚式の夜に、私を“他人”にしたのは」
その目は、冷えていた。
けれど、どこか寂しげな光も混ざっていたのを、ライナルトは気づけなかった。
執務室を出たセリーヌは、すぐにミレイユを呼び寄せた。
「やっぱり宿はいいわ。今からお祖母様のところに向かう。実家に知られると面倒だけど、今はあそこが一番落ち着くわ」
「かしこまりました、簡単なお荷物をすぐに――」
「お願いね、ミレイユ」
そう言ってセリーヌは、机に一枚の書き置きを残した。
---
その頃、執務室では、ライナルトが深く椅子にもたれかかり、天井を見つめていた。
「……どうしてこうなったんだ」
アイザックが無言で書類を机に置き、ぼそりと漏らした。
「もう、修復不可能ですね。契約内容に関しても、行動にしても、完全に見切りをつけられてますよ」
「……だが、俺は……彼女を自由にしてやりたかっただけで……」
「何か勘違いしてません? セリーヌ様が望んだのは“自由”じゃなくて、“ライナルト様との未来”だったんですよ」
「……そう、なのか?」
「ええ。結婚式前も、騎士団の話になるとすぐ顔がほころんで、“ライナルト様の剣さばき素敵なんですのよ”って何度も――」
ライナルトは額を押さえた。
「……俺は、セリーヌがレーモンドのことを好きだと……ずっと、そう思ってた」
「どこ情報です?」
「騎士団の訓練中、いつも彼の方ばかり見てたし、レーモンドもよく彼女に微笑んでいた。2人が話してる姿も見た」
「それだけで、結論出しちゃったんです?」
アイザックが呆れたように眉を下げる。
「……まさか。セリーヌ様、何も言ってないんですよね? レーモンド様にも確認せず、勝手に想像して勝手に手放したんですか?」
ライナルトは言葉を失った。
「せめて、きちんと話し合ってください。今のセリーヌ様、暴走してますよ。止まらなくなります」
「……ああ。そうだな」
アイザックが慌てて扉を開け、セリーヌの部屋へ向かう。
だが、すれ違いで玄関に向かう彼女の姿を見つけたときには、すでに馬車に乗り込むところだった。
「セリーヌ様っ、お待ちを……!」
「ごきげんよう、アイザック。屋敷の皆様にもよろしく伝えてちょうだい」
セリーヌは何の迷いもなく、軽く手を振って馬車の扉を閉じた。
それが、“夫婦”として最後の、屋敷での姿だった。
軽やかに笑って別れを告げたセリーヌは、マデラン伯爵家を後にした。
晴れやかな笑顔の裏で、胸の奥は少しだけざわついていた。
(このまま“妻”として屋敷に戻るの、変じゃない?)
形式的な夫婦である以上、同じ屋根の下で暮らすこと自体、ナンセンスだ。
いずれ別居する予定なら、今すぐでも移ってしまった方が合理的だとセリーヌは思った。
馬車の中、隣に座るミレイユに声をかける。
「ねえ、ミレイユ。別居先が決まるまで、どこか宿を探してもらえる?」
「……お、奥様、屋敷を出られるのですか?」
「ふふっ、“奥様”ね……まあ、もう書類上だけの関係よ。だったら、自活の準備も落ち着いてできる場所が欲しいじゃない?」
ミレイユは心配そうに口をつぐんだが、セリーヌの決意に口を挟むことはしなかった。
屋敷に戻ると、使用人からライナルトが“話がある”と言っていると伝えられた。
(契約書の話ね。どうせ“勝手すぎる”とか“もう少し譲歩しろ”とかそんなところでしょ)
予想をつけつつ、彼の執務室へと向かう。
扉を開けると、ライナルトが渋い表情で待っていた。
「……どこに行ってたんだ」
抑えた口調に、セリーヌは涼しい顔で返す。
「おかしな話ですね。形式上の妻の行動を、いまさら気にされるとは。ナリスティアのところに相談へ行っていましたの。自活のための準備を始めなくてはなりませんから」
「……マデラン伯爵家に?」
ライナルトの眉がぴくりと動く。
「そもそも、自活って……離縁のあとに新たな縁談を結べばいいだけだろう。そんなに焦らなくても――」
「……勝手に、わたくしの人生を計画しないでいただけます?」
その一言で、空気が凍った。
「実家のリサエル公爵家に戻れば、次の結婚相手を探される。――だから、もう結婚はこりごりなんですの。……それだけですわ」
セリーヌは口元にうっすら笑みを浮かべながら続けた。
「それで、話は以上ですの?わたくし、明日には屋敷を出ます。宿を手配しますので、荷物は後から別居先に送っていただければ結構ですわ」
「……だ、ダメだ!」
ライナルトが思わず声を荒げる。
「新婚期間中だぞ!? 周囲の目もあるんだ、いくらなんでも早すぎる!」
「仕方ありませんわ。白い結婚を選ばれたのは、あなたですもの。今日知られるか、三年後知られるか、それだけの違いです」
ライナルトは大きく息を吐いて、椅子に沈み込んだ。
「……セリーヌ。頼むから、別居先が決まるまで屋敷にいてくれ。なるべく早く探すから。それに――契約書のことだが、あれじゃ納得できない。もう少し、話し合いたいんだ」
セリーヌは、その言葉に静かに首をかしげた。
「納得できない点……? でも、書類上の夫婦とはいえ、実態は他人。あの契約内容は、他人として当然の距離感を示したものですわ」
ライナルトが言葉に詰まる。
「あなたが選んだのよ? 結婚式の夜に、私を“他人”にしたのは」
その目は、冷えていた。
けれど、どこか寂しげな光も混ざっていたのを、ライナルトは気づけなかった。
執務室を出たセリーヌは、すぐにミレイユを呼び寄せた。
「やっぱり宿はいいわ。今からお祖母様のところに向かう。実家に知られると面倒だけど、今はあそこが一番落ち着くわ」
「かしこまりました、簡単なお荷物をすぐに――」
「お願いね、ミレイユ」
そう言ってセリーヌは、机に一枚の書き置きを残した。
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その頃、執務室では、ライナルトが深く椅子にもたれかかり、天井を見つめていた。
「……どうしてこうなったんだ」
アイザックが無言で書類を机に置き、ぼそりと漏らした。
「もう、修復不可能ですね。契約内容に関しても、行動にしても、完全に見切りをつけられてますよ」
「……だが、俺は……彼女を自由にしてやりたかっただけで……」
「何か勘違いしてません? セリーヌ様が望んだのは“自由”じゃなくて、“ライナルト様との未来”だったんですよ」
「……そう、なのか?」
「ええ。結婚式前も、騎士団の話になるとすぐ顔がほころんで、“ライナルト様の剣さばき素敵なんですのよ”って何度も――」
ライナルトは額を押さえた。
「……俺は、セリーヌがレーモンドのことを好きだと……ずっと、そう思ってた」
「どこ情報です?」
「騎士団の訓練中、いつも彼の方ばかり見てたし、レーモンドもよく彼女に微笑んでいた。2人が話してる姿も見た」
「それだけで、結論出しちゃったんです?」
アイザックが呆れたように眉を下げる。
「……まさか。セリーヌ様、何も言ってないんですよね? レーモンド様にも確認せず、勝手に想像して勝手に手放したんですか?」
ライナルトは言葉を失った。
「せめて、きちんと話し合ってください。今のセリーヌ様、暴走してますよ。止まらなくなります」
「……ああ。そうだな」
アイザックが慌てて扉を開け、セリーヌの部屋へ向かう。
だが、すれ違いで玄関に向かう彼女の姿を見つけたときには、すでに馬車に乗り込むところだった。
「セリーヌ様っ、お待ちを……!」
「ごきげんよう、アイザック。屋敷の皆様にもよろしく伝えてちょうだい」
セリーヌは何の迷いもなく、軽く手を振って馬車の扉を閉じた。
それが、“夫婦”として最後の、屋敷での姿だった。
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