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第15話 後悔が募る日
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セリーヌとシモンが正式に婚約を交わしたという知らせは、驚くほど静かに、それでいて確かに、王城の内外へと広がっていった。
「結婚は、すぐにしてもよいのでは?」
そんな言葉を最初に口にしたのは、ハロルド王太子だった。
だが、シモンは首を横に振い、少しだけ恥ずかしそうに、けれどはっきりとこう言った。
「……彼女の花嫁姿を、この目で見たいのです。
だからこそ、婚約という“待つ時間”も、きちんと過ごしたい。」
その言葉に、セリーヌは静かに笑った。
まるで、かつての婚約期間――ライナルトと過ごしたあの時間を塗り替えるように。
傷を傷のまま放置せず、上から覆い尽くすのではなく、時間をかけて丁寧に“上書き”していくように。
彼女は今、毎日のように手料理のお弁当を作っては、シモンの元へ届けていた。
それは誰に命じられたわけでもない、彼女自身の意思だった。
会える時間には必ず会い、隣に座って、食事を共にし、時に微笑み、時に小さな言葉を交わす。
――婚約者、というよりも、まるで“長年連れ添った夫婦”のように。
-----
そんな二人の婚約を、遠くから聞いた男がいた。
ライナルトは、その報せに愕然とした。
“あのセリーヌが、また結婚を――?”
かつて、彼女は言ったのだ。
「もう、結婚は懲り懲り」だと。
あの言葉は、嘘だったのか?
……いや、きっとシモンが強引に迫ったのだ。
そう自分に言い聞かせながら、ライナルトは城内の中庭を歩いていた。
そこで偶然、見かけてしまった。
芝の上に、敷かれた小さなピクニッククロス。
その上で、肩を寄せ合って弁当を広げる、セリーヌとシモンの姿。
まるで恋人というより、夫婦のような空気。
言葉よりも沈黙の間が、二人の深い絆を物語っていた。
「……本当は、あの場所にいるはずだったのは俺なのに。」
口の中に残る苦味は、未練とも、後悔とも言い切れなかった。
それでも確かに、胸の奥をじくじくと刺してくる。
そのとき、近くにいた部下たちの会話が耳に入った。
「外務大臣って、婚約期間を大切にしたいらしいな。
“セリーヌ嬢の花嫁姿が見たいから”って、結婚式を希望したらしい。」
「18歳の誕生日に式を挙げるって噂だぜ。今から準備してるらしい。」
「すでに夫婦だろってくらい仲がいいよな。羨ましいもんだ。」
「だよな……団長も、もっと大事にしてたらな……。」
「ていうか、あんな人気令嬢に“白い結婚”とか宣言した団長、マジ勇者。」
ライナルトは、その場を立ち去ることもできず、ただ苦笑いを浮かべた。
――そうだ。
“もっと大事にしていれば”。
わかっていた。
だけど、手遅れだった。
-----
屋敷に戻ると、アイザックが慌てた様子で飛び込んできた。
「ライナルト様! お戻りでしたか。ちょうど先ほどまで、鍛冶屋が来ておりまして……
どうか、応接間へ!」
腕を引かれるまま、ライナルトは応接間へと向かう。
そこには、重厚な木箱が静かに置かれていた。
どこか懐かしさすら感じる、落ち着いた意匠の箱。蓋を開けると――中には一振りの剣。
「……これは……」
美しく鍛え上げられた刃に、特別な職人の技が宿っているのがわかる。
それだけで、この剣が“ただの贈り物”でないことが伝わってくる。
アイザックがそっと言葉を添えた。
「……鍛冶屋の話では、レーモンド様の剣を作った職人に、
セリーヌ様が直々に依頼されたそうです。
工房まで足を運ばれて、デザインや材質も細かく指定なさったとか。
レーモンド様から、ライナルト様の剣の話をよく聞いておられたらしく、
“私はもう傍にはいられませんが、剣なら、ずっと傍にいられるでしょ?”
――そう、おっしゃっていたそうです。」
「…………。」
ライナルトの膝が崩れ落ちる音が、重く床に響いた。
言葉にならなかった。
感情が、言葉の形を成す前に、涙が先に頬を伝った。
彼女の想いは、
まだこの屋敷のどこかに、確かに残っていた。
今さら気づいたところで、もう――遅い。
それでも彼は、剣の箱をそっと抱きしめた。
まるで、もう触れることのできない彼女の体温を、
そこに閉じ込めるように。
「……セリーヌ……。」
泣きじゃくるその姿を、アイザックは何も言わず見守っていた。
誰もが知っていた。
本当に、彼が誰を愛していたのか――
そして、どうして手放したのかを。
「結婚は、すぐにしてもよいのでは?」
そんな言葉を最初に口にしたのは、ハロルド王太子だった。
だが、シモンは首を横に振い、少しだけ恥ずかしそうに、けれどはっきりとこう言った。
「……彼女の花嫁姿を、この目で見たいのです。
だからこそ、婚約という“待つ時間”も、きちんと過ごしたい。」
その言葉に、セリーヌは静かに笑った。
まるで、かつての婚約期間――ライナルトと過ごしたあの時間を塗り替えるように。
傷を傷のまま放置せず、上から覆い尽くすのではなく、時間をかけて丁寧に“上書き”していくように。
彼女は今、毎日のように手料理のお弁当を作っては、シモンの元へ届けていた。
それは誰に命じられたわけでもない、彼女自身の意思だった。
会える時間には必ず会い、隣に座って、食事を共にし、時に微笑み、時に小さな言葉を交わす。
――婚約者、というよりも、まるで“長年連れ添った夫婦”のように。
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そんな二人の婚約を、遠くから聞いた男がいた。
ライナルトは、その報せに愕然とした。
“あのセリーヌが、また結婚を――?”
かつて、彼女は言ったのだ。
「もう、結婚は懲り懲り」だと。
あの言葉は、嘘だったのか?
……いや、きっとシモンが強引に迫ったのだ。
そう自分に言い聞かせながら、ライナルトは城内の中庭を歩いていた。
そこで偶然、見かけてしまった。
芝の上に、敷かれた小さなピクニッククロス。
その上で、肩を寄せ合って弁当を広げる、セリーヌとシモンの姿。
まるで恋人というより、夫婦のような空気。
言葉よりも沈黙の間が、二人の深い絆を物語っていた。
「……本当は、あの場所にいるはずだったのは俺なのに。」
口の中に残る苦味は、未練とも、後悔とも言い切れなかった。
それでも確かに、胸の奥をじくじくと刺してくる。
そのとき、近くにいた部下たちの会話が耳に入った。
「外務大臣って、婚約期間を大切にしたいらしいな。
“セリーヌ嬢の花嫁姿が見たいから”って、結婚式を希望したらしい。」
「18歳の誕生日に式を挙げるって噂だぜ。今から準備してるらしい。」
「すでに夫婦だろってくらい仲がいいよな。羨ましいもんだ。」
「だよな……団長も、もっと大事にしてたらな……。」
「ていうか、あんな人気令嬢に“白い結婚”とか宣言した団長、マジ勇者。」
ライナルトは、その場を立ち去ることもできず、ただ苦笑いを浮かべた。
――そうだ。
“もっと大事にしていれば”。
わかっていた。
だけど、手遅れだった。
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屋敷に戻ると、アイザックが慌てた様子で飛び込んできた。
「ライナルト様! お戻りでしたか。ちょうど先ほどまで、鍛冶屋が来ておりまして……
どうか、応接間へ!」
腕を引かれるまま、ライナルトは応接間へと向かう。
そこには、重厚な木箱が静かに置かれていた。
どこか懐かしさすら感じる、落ち着いた意匠の箱。蓋を開けると――中には一振りの剣。
「……これは……」
美しく鍛え上げられた刃に、特別な職人の技が宿っているのがわかる。
それだけで、この剣が“ただの贈り物”でないことが伝わってくる。
アイザックがそっと言葉を添えた。
「……鍛冶屋の話では、レーモンド様の剣を作った職人に、
セリーヌ様が直々に依頼されたそうです。
工房まで足を運ばれて、デザインや材質も細かく指定なさったとか。
レーモンド様から、ライナルト様の剣の話をよく聞いておられたらしく、
“私はもう傍にはいられませんが、剣なら、ずっと傍にいられるでしょ?”
――そう、おっしゃっていたそうです。」
「…………。」
ライナルトの膝が崩れ落ちる音が、重く床に響いた。
言葉にならなかった。
感情が、言葉の形を成す前に、涙が先に頬を伝った。
彼女の想いは、
まだこの屋敷のどこかに、確かに残っていた。
今さら気づいたところで、もう――遅い。
それでも彼は、剣の箱をそっと抱きしめた。
まるで、もう触れることのできない彼女の体温を、
そこに閉じ込めるように。
「……セリーヌ……。」
泣きじゃくるその姿を、アイザックは何も言わず見守っていた。
誰もが知っていた。
本当に、彼が誰を愛していたのか――
そして、どうして手放したのかを。
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