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第26話 白い結婚と再出発
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次の日の放課後。教室を出たセリーヌは、目の前の光景に思わず足を止めた。
廊下の先、窓から差し込む西日の中に、あの人が立っていた。騎士団の制服姿のまま、どこか居心地悪そうに背を伸ばしている――ライナルトだった。
(…まさか、迎えに来るなんて)
てっきり馬車の中で待っているものだと思っていた。だからこそ、目が合った瞬間、胸が跳ねた。
「セリーヌを、待ちきれなくてな」と、彼は少しだけ顔を赤らめて笑った。照れくさそうに、でもどこか誇らしげに。
不意を突かれて、セリーヌは言葉に詰まる。彼とはまた、気まずい空気のまま言葉を交わすことになると思っていた。だから、こんな形で現れるなんて、予想の外だった。
「お、驚きました…。わたくしのことなど、もう気にもされていないと…」
思わず本音がこぼれた。
その反応に、ライナルトの笑みがしぼむ。「…すまない。困らせたようだな」
肩を落とす彼の姿に、セリーヌはつい苦笑してしまった。
「ライナルト様……手、繋ぎませんか?」
一瞬、彼の表情が固まった。けれど、戸惑いながらも差し出されたその手は、かつて彼女が何度も待ち望んだものだった。セリーヌもまた、そっと手を重ねる。
手のひらの温度が、心の隙間にじんわり染み込む。
二人は言葉少なに、繋いだ手のまま校舎を抜け、馬車の止まる通りへと向かった。
通りすがりの生徒たちが、まるで何かの奇跡でも見たかのような顔をしているのが見えた。
(幻の婚約者、だったものね…)
囁き合う声が背中越しに届く。
けれど、セリーヌはもう気にしなかった。ただ、今はこの手を離したくなかった。
馬車に乗り込んでも、ライナルトはその手を放そうとはしなかった。セリーヌも、手を緩めることができなかった。離してしまえば、今ようやく繋がった心がまた崩れてしまう気がした。
言葉はなかった。ただ、静かに寄り添いながら馬車はマデラン伯爵家へと進む。
到着して、彼女はてっきり応接間に通されるものと思っていた。けれど、ライナルトが向かったのは――自室だった。
「えっ……?」と、戸惑いを隠せぬまま後をついていく。部屋に入っても、彼はまだ手を離さなかった。
ソファに並んで腰を下ろし、ようやく彼が口を開いた。
「セリーヌ。手紙にあったな。外務官試験を受けるって――あれは、本気なのか?」
目をそらすことなく、セリーヌは頷いた。
「はい。決めましたの。…もともと、ライナルト様と会えない時間は、ずっと図書館で過ごしていました。その時間を、無駄にしたくなくて。本を通してしか知らなかった他国のことを、今は、直接知りたいと思ったんです。ランベル国の使節の方々とお話しして、心が動きました」
まっすぐな言葉に、ライナルトの指先が強く彼女の手を握り締めた。
「正直……反対だ。遠い存在になるのが、怖い。セリーヌが、どこか手の届かない場所に行ってしまう気がして……応援なんて、できない。できそうにないんだ」
低く、震える声。彼は深く息を吐いて、言葉を継いだ。
「だから……式は延期でもいい。けど、籍は先に入れたい。セリーヌが、誰かに奪われる前に。……好きだ、セリーヌ」
その告白は、あまりにも切実で、幼さすら感じさせるほどに真っ直ぐだった。
セリーヌは視線を落とし、そっと目を閉じた。
「……ライナルト様。正直に申し上げます。わたくし、あなたを待つことに、疲れてしまっていました」
ライナルトの手が一瞬びくりと震えた。
「たしかに、かつては恋をして、愛して、でも……その想いは一方通行のままでした。尽きてしまったんです。今残っているのは、その欠片だけ。もう一度、あなたを同じように愛せるかは……わかりません」
目を伏せたままの彼女に、ライナルトは懇願するように言った。
「セリーヌ……君を、失いたくない。どうか、チャンスをくれ」
けれど彼女の声は、静かに揺れていた。
「ライナルト様が望まれるのなら、籍を入れ、夫婦になります。ですが、それは書面の上だけのこと。今のままでは、心までは結ばれておりません」
「でも俺は――」
「3年です」セリーヌは遮るように言った。「3年、白い結婚をしましょう。その間に互いに努力し、愛を育めたなら……その時、式を挙げましょう。もし、それでも気持ちが戻らなかったら――離縁します」
ライナルトの顔が青ざめる。
(まさか…覚えているのか?)
巻き戻る前、自分が口にした“白い結婚”という言葉を、今のセリーヌがそっくりそのまま投げ返してきたのだ。
けれど、否とは言えなかった。
「……わかった。ただし、籍を入れたら、セリーヌはマデラン伯爵家に住んでくれ。式はあとでもいい。でも、俺たちは夫婦だ。だから……他の誰かを想わないでくれ。俺だけを、見ていてほしい」
「当たり前ですわ。籍を入れたら、あなたは夫です。わたくしは、ライナルト様だけを見ます」
その一言とともに、ようやくセリーヌが微笑んだ。
ライナルトは、胸の奥から込み上げるものに抗えず――涙を流した。
「まぁ……どうされましたの?」と慌てる彼女が背中に手を添えると、彼はそのまま彼女を強く抱きしめた。
「セリーヌ……セリーヌ……君を、もう失いたくないんだ……」
肩に顔を埋め、しゃくり上げるように泣く彼に、セリーヌはそっと頷きながら、背を撫でた。
その手のぬくもりが、もう一度、ふたりの未来をあたため始めていた。
廊下の先、窓から差し込む西日の中に、あの人が立っていた。騎士団の制服姿のまま、どこか居心地悪そうに背を伸ばしている――ライナルトだった。
(…まさか、迎えに来るなんて)
てっきり馬車の中で待っているものだと思っていた。だからこそ、目が合った瞬間、胸が跳ねた。
「セリーヌを、待ちきれなくてな」と、彼は少しだけ顔を赤らめて笑った。照れくさそうに、でもどこか誇らしげに。
不意を突かれて、セリーヌは言葉に詰まる。彼とはまた、気まずい空気のまま言葉を交わすことになると思っていた。だから、こんな形で現れるなんて、予想の外だった。
「お、驚きました…。わたくしのことなど、もう気にもされていないと…」
思わず本音がこぼれた。
その反応に、ライナルトの笑みがしぼむ。「…すまない。困らせたようだな」
肩を落とす彼の姿に、セリーヌはつい苦笑してしまった。
「ライナルト様……手、繋ぎませんか?」
一瞬、彼の表情が固まった。けれど、戸惑いながらも差し出されたその手は、かつて彼女が何度も待ち望んだものだった。セリーヌもまた、そっと手を重ねる。
手のひらの温度が、心の隙間にじんわり染み込む。
二人は言葉少なに、繋いだ手のまま校舎を抜け、馬車の止まる通りへと向かった。
通りすがりの生徒たちが、まるで何かの奇跡でも見たかのような顔をしているのが見えた。
(幻の婚約者、だったものね…)
囁き合う声が背中越しに届く。
けれど、セリーヌはもう気にしなかった。ただ、今はこの手を離したくなかった。
馬車に乗り込んでも、ライナルトはその手を放そうとはしなかった。セリーヌも、手を緩めることができなかった。離してしまえば、今ようやく繋がった心がまた崩れてしまう気がした。
言葉はなかった。ただ、静かに寄り添いながら馬車はマデラン伯爵家へと進む。
到着して、彼女はてっきり応接間に通されるものと思っていた。けれど、ライナルトが向かったのは――自室だった。
「えっ……?」と、戸惑いを隠せぬまま後をついていく。部屋に入っても、彼はまだ手を離さなかった。
ソファに並んで腰を下ろし、ようやく彼が口を開いた。
「セリーヌ。手紙にあったな。外務官試験を受けるって――あれは、本気なのか?」
目をそらすことなく、セリーヌは頷いた。
「はい。決めましたの。…もともと、ライナルト様と会えない時間は、ずっと図書館で過ごしていました。その時間を、無駄にしたくなくて。本を通してしか知らなかった他国のことを、今は、直接知りたいと思ったんです。ランベル国の使節の方々とお話しして、心が動きました」
まっすぐな言葉に、ライナルトの指先が強く彼女の手を握り締めた。
「正直……反対だ。遠い存在になるのが、怖い。セリーヌが、どこか手の届かない場所に行ってしまう気がして……応援なんて、できない。できそうにないんだ」
低く、震える声。彼は深く息を吐いて、言葉を継いだ。
「だから……式は延期でもいい。けど、籍は先に入れたい。セリーヌが、誰かに奪われる前に。……好きだ、セリーヌ」
その告白は、あまりにも切実で、幼さすら感じさせるほどに真っ直ぐだった。
セリーヌは視線を落とし、そっと目を閉じた。
「……ライナルト様。正直に申し上げます。わたくし、あなたを待つことに、疲れてしまっていました」
ライナルトの手が一瞬びくりと震えた。
「たしかに、かつては恋をして、愛して、でも……その想いは一方通行のままでした。尽きてしまったんです。今残っているのは、その欠片だけ。もう一度、あなたを同じように愛せるかは……わかりません」
目を伏せたままの彼女に、ライナルトは懇願するように言った。
「セリーヌ……君を、失いたくない。どうか、チャンスをくれ」
けれど彼女の声は、静かに揺れていた。
「ライナルト様が望まれるのなら、籍を入れ、夫婦になります。ですが、それは書面の上だけのこと。今のままでは、心までは結ばれておりません」
「でも俺は――」
「3年です」セリーヌは遮るように言った。「3年、白い結婚をしましょう。その間に互いに努力し、愛を育めたなら……その時、式を挙げましょう。もし、それでも気持ちが戻らなかったら――離縁します」
ライナルトの顔が青ざめる。
(まさか…覚えているのか?)
巻き戻る前、自分が口にした“白い結婚”という言葉を、今のセリーヌがそっくりそのまま投げ返してきたのだ。
けれど、否とは言えなかった。
「……わかった。ただし、籍を入れたら、セリーヌはマデラン伯爵家に住んでくれ。式はあとでもいい。でも、俺たちは夫婦だ。だから……他の誰かを想わないでくれ。俺だけを、見ていてほしい」
「当たり前ですわ。籍を入れたら、あなたは夫です。わたくしは、ライナルト様だけを見ます」
その一言とともに、ようやくセリーヌが微笑んだ。
ライナルトは、胸の奥から込み上げるものに抗えず――涙を流した。
「まぁ……どうされましたの?」と慌てる彼女が背中に手を添えると、彼はそのまま彼女を強く抱きしめた。
「セリーヌ……セリーヌ……君を、もう失いたくないんだ……」
肩に顔を埋め、しゃくり上げるように泣く彼に、セリーヌはそっと頷きながら、背を撫でた。
その手のぬくもりが、もう一度、ふたりの未来をあたため始めていた。
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