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第27話 裏切りの予兆
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外務官試験に無事合格したセリーヌは、卒業を間近に控えながらも、これまでと変わらず外務官室での補佐を続けていた。慌ただしくも充実した日々の中で、時折、時間の隙間を縫うようにしてライナルトが迎えに来ることもあった。
それはほんの短い時間であっても、いつも少しぎこちなく、けれど確かに二人の間にあたたかなものを育てていた。
(少しずつ……戻ってきてる)ライナルトはセリーヌの表情から、かつて、こぼれてしまった想いの欠片たちが、またセリーヌの中で育ってる――そんな気がしていた。
そして卒業式の朝。
ついに、その日がやってきた。
式の最中、壇上では首席卒業のアレクサが代表としての祝辞を述べていた。
セリーヌは静かに胸に手を当て、誰にも聞こえぬほど小さく呟いた。
「大丈夫よ……」
明日からはマデラン伯爵家での新しい暮らしが始まる。卒業の翌日、籍を入れよう――それがライナルトの願いだった。
けれど、やはりというか、案の定というか。
最近正式に団長に就任したライナルトは、多忙を極めていた。
卒業式後のパーティーも、彼の姿はなかった。
そんな気がしていた、そう分かっていたはずだ。
パーティーには父・サミエルを伴って出席した。恋人か婚約者をエスコートにするのが通例ではあるが、セリーヌの隣は空席のまま。
その空間にそっと足を踏み入れたのは、意外な人物だった。
「セリーヌ、踊って頂けますか?」
外務大臣シモン――そしてアレクサの父でもある彼が、差し出した手のひら。
セリーヌは驚きつつも、微笑んでその手に自らの指を添えた。
「えぇ、喜んで」
音楽が始まり、二人は静かにステップを踏み出す。
場に馴染むように、言葉少なに踊っていたが、セリーヌはふいにその耳元へ顔を寄せ、囁いた。
「……思い出しましたの、シモン様。あなたを愛していたこと。かつて婚約者だったことも」
シモンは一瞬にして体をこわばらせた。
「……い、いつ、思い出したんだ」
「事故後の記憶は曖昧でした。でも――あなたを看病していて、寝落ちして、目が覚めたとき。わたくし、気づいたんです。無意識にあなたを助けたいと動いていた、その気持ちに」
「じゃあ……全部、知っていて……?」
「えぇ。でも、今日で決着をつけるつもりでしたから秘密にしてましたの。でも、あなたには、きちんと伝えておきたくて」
「……何が決着なんだ?」
「ひ・み・つ、ですわ」
そうして、音楽が終わると同時に、優雅な一礼。
セリーヌは何もなかったかのように笑い、シモンと共に父・サミエルの元へ戻った。
その夜、帰りの馬車の中で、セリーヌはふと困ったような顔をして口を開いた。
「お父様、実は…マデラン伯爵家に先に送った荷物の中に、友人から借りた本が入っていたみたいで……明朝には彼女、領地に戻ってしまうんですの。今夜、ちょっとだけ取りに寄っても良いかしら」
「そうか、それぐらいのことなら構わないよ」と、サミエルは軽く頷いた。
マデラン伯爵家に到着すると、執事のアイザックが慌てて玄関まで出迎えた。
「ごめんなさい。ほんの少しだけ、本を取りに来ただけですの。わたくしの部屋にあると思いますので」
「私が取りに伺います。どのような本で――」
「大丈夫よ。女性の荷物を開けるなんて、礼儀知らずでしょう?」
セリーヌは柔らかく微笑んだ。
「お父様、ついでにわたくしの部屋もご覧になります? これから住む部屋ですし」
父と並んで廊下を進んでいると、ふと隣の部屋――ライナルトの部屋から、妙な声が漏れてきた。
いや、声というより……喘ぎ声。
セリーヌは足を止め、扉に手をかける。
「……」
開いた先にいたのは、肌を重ね合う二人の男女。
そのうち一人は、ライナルト。
そしてもう一人は――あの時、巻き戻る前に「卒業パーティーの時は残念だったわね、彼と一緒にベッドにいたのよ」とセリーヌに告げた女。
「お父様、これは……浮気になるのかしら?」
裸のままで、しどろもどろなライナルトが
「セ、セリーヌ、こ、これは……!」
「お気になさらずに。わたくしに会えない時間を、どう過ごしていたかは知っておりましたので」
そう言って微笑んだその顔は、どこか空虚だった。
「……ああ、そうでしたわ。もう一人、今夜のゲストをお呼びしていましたの。どうぞ、お入りになって」
静かに入ってきたのは、近衛騎士団の元団長・ジーク。
状況を目にした途端、彼は血相を変えて女へと詰め寄り、躊躇なくその頬を打った。
「貴様……!ずっと俺を、裏切っていたのか……!」
そしてライナルトにも殴りかかった。何度も、何度も。
セリーヌはただ無表情のまま、冷たい声で言った。
「身勝手なあなた。もう二度と、お会いすることはありませんわ。――さようなら」
そう言い残し、部屋を出た。
廊下にいたアイザックが、俯いたまま顔を上げられずにいた。
「荷物は、ライナルト様からいただいたものばかり。もういりませんの。処分しておいてちょうだい」
その言葉を残して、セリーヌはマデラン伯爵家を後にした。
馬車の中、サミエルは怒りと戸惑いを抱えながら問いかけた。
「セリーヌ……お前、あの場のことを、どうして知っていたんだ?」
娘は、淡々と――あまりにも静かに答えた。
「元団長の奥様が、わたくしに教えてくださったの。“卒業パーティーにお相手がいなくて、残念ね”と。……“ライナルトは、あなたより私の方が好きみたい”とも」
「そんな……」
「今日だけじゃありません。何度もそうおっしゃっていたので、ジーク様にもお伝えしましたの。“奥様は今夜もライナルト様とご一緒のようですよ”と」
その言葉に、父は膝の上で拳を握りしめ、顔を歪めた。
「……そんな男だったなんて……」
セリーヌは、どこか乾いたように微笑んだ。
「籍を入れる前で良かった……そう思いましょう」
彼女の瞳には、涙はなかった。ただ、穏やかな別れの色が滲んでいた。
それはほんの短い時間であっても、いつも少しぎこちなく、けれど確かに二人の間にあたたかなものを育てていた。
(少しずつ……戻ってきてる)ライナルトはセリーヌの表情から、かつて、こぼれてしまった想いの欠片たちが、またセリーヌの中で育ってる――そんな気がしていた。
そして卒業式の朝。
ついに、その日がやってきた。
式の最中、壇上では首席卒業のアレクサが代表としての祝辞を述べていた。
セリーヌは静かに胸に手を当て、誰にも聞こえぬほど小さく呟いた。
「大丈夫よ……」
明日からはマデラン伯爵家での新しい暮らしが始まる。卒業の翌日、籍を入れよう――それがライナルトの願いだった。
けれど、やはりというか、案の定というか。
最近正式に団長に就任したライナルトは、多忙を極めていた。
卒業式後のパーティーも、彼の姿はなかった。
そんな気がしていた、そう分かっていたはずだ。
パーティーには父・サミエルを伴って出席した。恋人か婚約者をエスコートにするのが通例ではあるが、セリーヌの隣は空席のまま。
その空間にそっと足を踏み入れたのは、意外な人物だった。
「セリーヌ、踊って頂けますか?」
外務大臣シモン――そしてアレクサの父でもある彼が、差し出した手のひら。
セリーヌは驚きつつも、微笑んでその手に自らの指を添えた。
「えぇ、喜んで」
音楽が始まり、二人は静かにステップを踏み出す。
場に馴染むように、言葉少なに踊っていたが、セリーヌはふいにその耳元へ顔を寄せ、囁いた。
「……思い出しましたの、シモン様。あなたを愛していたこと。かつて婚約者だったことも」
シモンは一瞬にして体をこわばらせた。
「……い、いつ、思い出したんだ」
「事故後の記憶は曖昧でした。でも――あなたを看病していて、寝落ちして、目が覚めたとき。わたくし、気づいたんです。無意識にあなたを助けたいと動いていた、その気持ちに」
「じゃあ……全部、知っていて……?」
「えぇ。でも、今日で決着をつけるつもりでしたから秘密にしてましたの。でも、あなたには、きちんと伝えておきたくて」
「……何が決着なんだ?」
「ひ・み・つ、ですわ」
そうして、音楽が終わると同時に、優雅な一礼。
セリーヌは何もなかったかのように笑い、シモンと共に父・サミエルの元へ戻った。
その夜、帰りの馬車の中で、セリーヌはふと困ったような顔をして口を開いた。
「お父様、実は…マデラン伯爵家に先に送った荷物の中に、友人から借りた本が入っていたみたいで……明朝には彼女、領地に戻ってしまうんですの。今夜、ちょっとだけ取りに寄っても良いかしら」
「そうか、それぐらいのことなら構わないよ」と、サミエルは軽く頷いた。
マデラン伯爵家に到着すると、執事のアイザックが慌てて玄関まで出迎えた。
「ごめんなさい。ほんの少しだけ、本を取りに来ただけですの。わたくしの部屋にあると思いますので」
「私が取りに伺います。どのような本で――」
「大丈夫よ。女性の荷物を開けるなんて、礼儀知らずでしょう?」
セリーヌは柔らかく微笑んだ。
「お父様、ついでにわたくしの部屋もご覧になります? これから住む部屋ですし」
父と並んで廊下を進んでいると、ふと隣の部屋――ライナルトの部屋から、妙な声が漏れてきた。
いや、声というより……喘ぎ声。
セリーヌは足を止め、扉に手をかける。
「……」
開いた先にいたのは、肌を重ね合う二人の男女。
そのうち一人は、ライナルト。
そしてもう一人は――あの時、巻き戻る前に「卒業パーティーの時は残念だったわね、彼と一緒にベッドにいたのよ」とセリーヌに告げた女。
「お父様、これは……浮気になるのかしら?」
裸のままで、しどろもどろなライナルトが
「セ、セリーヌ、こ、これは……!」
「お気になさらずに。わたくしに会えない時間を、どう過ごしていたかは知っておりましたので」
そう言って微笑んだその顔は、どこか空虚だった。
「……ああ、そうでしたわ。もう一人、今夜のゲストをお呼びしていましたの。どうぞ、お入りになって」
静かに入ってきたのは、近衛騎士団の元団長・ジーク。
状況を目にした途端、彼は血相を変えて女へと詰め寄り、躊躇なくその頬を打った。
「貴様……!ずっと俺を、裏切っていたのか……!」
そしてライナルトにも殴りかかった。何度も、何度も。
セリーヌはただ無表情のまま、冷たい声で言った。
「身勝手なあなた。もう二度と、お会いすることはありませんわ。――さようなら」
そう言い残し、部屋を出た。
廊下にいたアイザックが、俯いたまま顔を上げられずにいた。
「荷物は、ライナルト様からいただいたものばかり。もういりませんの。処分しておいてちょうだい」
その言葉を残して、セリーヌはマデラン伯爵家を後にした。
馬車の中、サミエルは怒りと戸惑いを抱えながら問いかけた。
「セリーヌ……お前、あの場のことを、どうして知っていたんだ?」
娘は、淡々と――あまりにも静かに答えた。
「元団長の奥様が、わたくしに教えてくださったの。“卒業パーティーにお相手がいなくて、残念ね”と。……“ライナルトは、あなたより私の方が好きみたい”とも」
「そんな……」
「今日だけじゃありません。何度もそうおっしゃっていたので、ジーク様にもお伝えしましたの。“奥様は今夜もライナルト様とご一緒のようですよ”と」
その言葉に、父は膝の上で拳を握りしめ、顔を歪めた。
「……そんな男だったなんて……」
セリーヌは、どこか乾いたように微笑んだ。
「籍を入れる前で良かった……そう思いましょう」
彼女の瞳には、涙はなかった。ただ、穏やかな別れの色が滲んでいた。
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