さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと

文字の大きさ
28 / 29

第27話 裏切りの予兆

しおりを挟む
外務官試験に無事合格したセリーヌは、卒業を間近に控えながらも、これまでと変わらず外務官室での補佐を続けていた。慌ただしくも充実した日々の中で、時折、時間の隙間を縫うようにしてライナルトが迎えに来ることもあった。

それはほんの短い時間であっても、いつも少しぎこちなく、けれど確かに二人の間にあたたかなものを育てていた。

(少しずつ……戻ってきてる)ライナルトはセリーヌの表情から、かつて、こぼれてしまった想いの欠片たちが、またセリーヌの中で育ってる――そんな気がしていた。

そして卒業式の朝。
ついに、その日がやってきた。

式の最中、壇上では首席卒業のアレクサが代表としての祝辞を述べていた。
セリーヌは静かに胸に手を当て、誰にも聞こえぬほど小さく呟いた。

「大丈夫よ……」

明日からはマデラン伯爵家での新しい暮らしが始まる。卒業の翌日、籍を入れよう――それがライナルトの願いだった。

けれど、やはりというか、案の定というか。
最近正式に団長に就任したライナルトは、多忙を極めていた。

卒業式後のパーティーも、彼の姿はなかった。
そんな気がしていた、そう分かっていたはずだ。

パーティーには父・サミエルを伴って出席した。恋人か婚約者をエスコートにするのが通例ではあるが、セリーヌの隣は空席のまま。

その空間にそっと足を踏み入れたのは、意外な人物だった。

「セリーヌ、踊って頂けますか?」

外務大臣シモン――そしてアレクサの父でもある彼が、差し出した手のひら。

セリーヌは驚きつつも、微笑んでその手に自らの指を添えた。

「えぇ、喜んで」

音楽が始まり、二人は静かにステップを踏み出す。
場に馴染むように、言葉少なに踊っていたが、セリーヌはふいにその耳元へ顔を寄せ、囁いた。

「……思い出しましたの、シモン様。あなたを愛していたこと。かつて婚約者だったことも」

シモンは一瞬にして体をこわばらせた。
「……い、いつ、思い出したんだ」

「事故後の記憶は曖昧でした。でも――あなたを看病していて、寝落ちして、目が覚めたとき。わたくし、気づいたんです。無意識にあなたを助けたいと動いていた、その気持ちに」

「じゃあ……全部、知っていて……?」

「えぇ。でも、今日で決着をつけるつもりでしたから秘密にしてましたの。でも、あなたには、きちんと伝えておきたくて」

「……何が決着なんだ?」

「ひ・み・つ、ですわ」

そうして、音楽が終わると同時に、優雅な一礼。
セリーヌは何もなかったかのように笑い、シモンと共に父・サミエルの元へ戻った。

その夜、帰りの馬車の中で、セリーヌはふと困ったような顔をして口を開いた。

「お父様、実は…マデラン伯爵家に先に送った荷物の中に、友人から借りた本が入っていたみたいで……明朝には彼女、領地に戻ってしまうんですの。今夜、ちょっとだけ取りに寄っても良いかしら」

「そうか、それぐらいのことなら構わないよ」と、サミエルは軽く頷いた。

マデラン伯爵家に到着すると、執事のアイザックが慌てて玄関まで出迎えた。

「ごめんなさい。ほんの少しだけ、本を取りに来ただけですの。わたくしの部屋にあると思いますので」

「私が取りに伺います。どのような本で――」

「大丈夫よ。女性の荷物を開けるなんて、礼儀知らずでしょう?」

セリーヌは柔らかく微笑んだ。

「お父様、ついでにわたくしの部屋もご覧になります? これから住む部屋ですし」

父と並んで廊下を進んでいると、ふと隣の部屋――ライナルトの部屋から、妙な声が漏れてきた。

いや、声というより……喘ぎ声。

セリーヌは足を止め、扉に手をかける。

「……」

開いた先にいたのは、肌を重ね合う二人の男女。
そのうち一人は、ライナルト。
そしてもう一人は――あの時、巻き戻る前に「卒業パーティーの時は残念だったわね、彼と一緒にベッドにいたのよ」とセリーヌに告げた女。

「お父様、これは……浮気になるのかしら?」

裸のままで、しどろもどろなライナルトが

「セ、セリーヌ、こ、これは……!」

「お気になさらずに。わたくしに会えない時間を、どう過ごしていたかは知っておりましたので」

そう言って微笑んだその顔は、どこか空虚だった。

「……ああ、そうでしたわ。もう一人、今夜のゲストをお呼びしていましたの。どうぞ、お入りになって」

静かに入ってきたのは、近衛騎士団の元団長・ジーク。

状況を目にした途端、彼は血相を変えて女へと詰め寄り、躊躇なくその頬を打った。

「貴様……!ずっと俺を、裏切っていたのか……!」

そしてライナルトにも殴りかかった。何度も、何度も。

セリーヌはただ無表情のまま、冷たい声で言った。

「身勝手なあなた。もう二度と、お会いすることはありませんわ。――さようなら」

そう言い残し、部屋を出た。

廊下にいたアイザックが、俯いたまま顔を上げられずにいた。

「荷物は、ライナルト様からいただいたものばかり。もういりませんの。処分しておいてちょうだい」

その言葉を残して、セリーヌはマデラン伯爵家を後にした。

馬車の中、サミエルは怒りと戸惑いを抱えながら問いかけた。

「セリーヌ……お前、あの場のことを、どうして知っていたんだ?」

娘は、淡々と――あまりにも静かに答えた。

「元団長の奥様が、わたくしに教えてくださったの。“卒業パーティーにお相手がいなくて、残念ね”と。……“ライナルトは、あなたより私の方が好きみたい”とも」

「そんな……」

「今日だけじゃありません。何度もそうおっしゃっていたので、ジーク様にもお伝えしましたの。“奥様は今夜もライナルト様とご一緒のようですよ”と」

その言葉に、父は膝の上で拳を握りしめ、顔を歪めた。

「……そんな男だったなんて……」

セリーヌは、どこか乾いたように微笑んだ。

「籍を入れる前で良かった……そう思いましょう」

彼女の瞳には、涙はなかった。ただ、穏やかな別れの色が滲んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか

ラムネ
恋愛
侯爵令嬢リオナは、婚約者アルベルトが「幼馴染が可哀想だから」と約束を破り続ける日々に耐えていた。領地再建の帳簿も契約も、実はリオナが陰で支えていたのに、彼は「君は強いから」と当然のように扱う。決定的な侮辱の夜、リオナは怒らず泣かず、完璧な笑顔で婚約指輪だけを返して屋敷を去った――引継ぎは、何一つ残さずに。 翌日から止まる交易、崩れる資金繰り、露出する不正。追いすがるアルベルトを置き去りに、リオナは王立監査院の臨時任官で辺境へ。冷徹と噂される監察騎士レオンハルトと共に、数字と契約で不正を断ち、交易路を再生していく。 笑顔で去っただけなのに、泣くのは捨てた側だった。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお
恋愛
「干渉しないでくださいませ。その代わり、私も干渉いたしません」 崩れかけた侯爵家に嫁いだ私は、夫と“白い結婚”を結んだ。 助けない。口を出さない。責任は当主が負う――それが条件。 焦りと慢心から無謀な契約を重ね、家を傾かせていく夫。 私は隣に立ちながら、ただ見ているだけ。 放置された結果、彼は初めて自分の判断と向き合うことになる。 そして―― 一度崩れかけた侯爵家は、「選び直す力」を手に入れた。 無理な拡張はしない。 甘い条件には飛びつかない。 不利な契約は、きっぱり拒絶する。 やがてその姿勢は王宮にも波及し、 高利契約に歪められた制度そのものを立て直すことに――。 ざまあは派手ではない。 けれど確実。 焦らせた者も、慢心した者も、 気づけば“選ばれない側”になっている。 これは、干渉しない約束から始まる静かな逆転劇。 そして、白い結婚を終え、信頼で立つ家へと変わっていく物語。 隣に立つという選択こそが、最大のざまあでした。

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

処理中です...