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第4話
しばらく顔を見られなかったせいか、エリーナの胸は朝からそわそわと落ち着かなかった。
理由は単純――マイラに会える日が、ようやくやって来たからだ。
今日は特別な贈り物も用意している。それを胸に抱きしめ、潮風の匂いが漂う港町の道を抜け、「海辺書房兼・人生相談所」の扉を開いた。
奥のカウンターでは、見慣れた亜麻色の髪が陽の光を受け、柔らかくきらめいている。
机に広げた書類から顔を上げたマイラは、少しだけ目を細めて口角を上げた。
「おう、エリーナ。久しぶりだな」
「本当に。なかなか会えなかったわね」
「長期の案件に入ってたからな。それで、今日は?」
「……用事がなければ来ちゃだめかしら? 久しぶりにマイラに会いたかったのと、これを渡したくて」
そう言って差し出した包みを、マイラは受け取り、器用に包み紙を剥がす――が、その手が途中でぴたりと止まった。
中から現れたのは、鮮やかな青薔薇の装丁が印象的な一冊の本。
「今、王都で大流行しているの。『青薔薇の献身』っていう小説よ」
エリーナの声はどこか弾んでいる。
「この間ね、偶然にも作中で描かれている“あの場面”に立ち会ったの。……ミレーヌ様がアルベルト王子に婚約を破棄される瞬間よ。それで、この本を読んだとき、あの時のミレーヌ様の想いが胸に迫ってきて……何度も読み返してしまったの。マイラにもぜひ読んでほしくて」
マイラは引きつった笑みを浮かべ、内心で声にならない悲鳴を上げた。
――まさか、その場にエリーナもいたとは。しかも、その自作小説を本人からプレゼントされるとは……。
「……あ、ありがとう。後でゆっくり読ませてもらうよ」
「でね、今日はこの本の“聖地巡礼”をしてから、ここに来たの」
「……聖地巡礼?」
「そうなの。このお話、ただの悲恋で終わらないのよ。本を読んだ人たちがミレーヌ様のお墓参りをして、本の印税が寄付されている孤児院に足を運んで、ゆかりの場所を巡るの。最近は舞台化もされて、私も見に行ったけど、本当に涙が止まらなかったわ」
――舞台も、出版も、裏で動かしているのはマイラの部下。
影の一座の臨時団員として、掛け持ちで運営していることを、エリーナは知る由もない。
マイラは頬を引きつらせつつ咳払いし、話題を切り替えた。
「……まあ、元気そうで何よりだ。とりあえず、お茶でも出そう」
ベルの音と共に現れたのは、地味で落ち着いた雰囲気の侍女だった。
エリーナは思わず首を傾げる。
「この前の可愛らしい侍女さんはお休みなの?」
「いや、同じ奴だ。変装の訓練中でな」
「えっ、同じ方なの? ……じゃあ、本来の姿はどっち?」
「教えるわけないだろ。変装は商売道具だ」
「じゃあ、マイラは? 今のマイラも違うの?」
「私は私だ。この姿が本物。今さら隠すこともない」
「よかった。私の知ってるマイラで」
そして、ふと思い立ったように、エリーナは身を乗り出した。
「ねえ、今度一緒に聖地巡礼を――」
「断る」即答だった。
「ちょっとぐらい付き合ってくれても……」
「本当に忙しいんだ。次の案件も詰まってる。……落ち着いたら、今度ゆっくりカフェにでも誘うよ」
その言葉に、エリーナの顔がぱっと明るくなる。
「本当に? 絶対よ。ちゃんと連絡してね。なかなか会えなくて寂しかったんだから」
「分かりましたよ、お姫様」
そう言って笑うマイラの顔は、エリーナにとって何よりも嬉しい“再会の証”だった。
理由は単純――マイラに会える日が、ようやくやって来たからだ。
今日は特別な贈り物も用意している。それを胸に抱きしめ、潮風の匂いが漂う港町の道を抜け、「海辺書房兼・人生相談所」の扉を開いた。
奥のカウンターでは、見慣れた亜麻色の髪が陽の光を受け、柔らかくきらめいている。
机に広げた書類から顔を上げたマイラは、少しだけ目を細めて口角を上げた。
「おう、エリーナ。久しぶりだな」
「本当に。なかなか会えなかったわね」
「長期の案件に入ってたからな。それで、今日は?」
「……用事がなければ来ちゃだめかしら? 久しぶりにマイラに会いたかったのと、これを渡したくて」
そう言って差し出した包みを、マイラは受け取り、器用に包み紙を剥がす――が、その手が途中でぴたりと止まった。
中から現れたのは、鮮やかな青薔薇の装丁が印象的な一冊の本。
「今、王都で大流行しているの。『青薔薇の献身』っていう小説よ」
エリーナの声はどこか弾んでいる。
「この間ね、偶然にも作中で描かれている“あの場面”に立ち会ったの。……ミレーヌ様がアルベルト王子に婚約を破棄される瞬間よ。それで、この本を読んだとき、あの時のミレーヌ様の想いが胸に迫ってきて……何度も読み返してしまったの。マイラにもぜひ読んでほしくて」
マイラは引きつった笑みを浮かべ、内心で声にならない悲鳴を上げた。
――まさか、その場にエリーナもいたとは。しかも、その自作小説を本人からプレゼントされるとは……。
「……あ、ありがとう。後でゆっくり読ませてもらうよ」
「でね、今日はこの本の“聖地巡礼”をしてから、ここに来たの」
「……聖地巡礼?」
「そうなの。このお話、ただの悲恋で終わらないのよ。本を読んだ人たちがミレーヌ様のお墓参りをして、本の印税が寄付されている孤児院に足を運んで、ゆかりの場所を巡るの。最近は舞台化もされて、私も見に行ったけど、本当に涙が止まらなかったわ」
――舞台も、出版も、裏で動かしているのはマイラの部下。
影の一座の臨時団員として、掛け持ちで運営していることを、エリーナは知る由もない。
マイラは頬を引きつらせつつ咳払いし、話題を切り替えた。
「……まあ、元気そうで何よりだ。とりあえず、お茶でも出そう」
ベルの音と共に現れたのは、地味で落ち着いた雰囲気の侍女だった。
エリーナは思わず首を傾げる。
「この前の可愛らしい侍女さんはお休みなの?」
「いや、同じ奴だ。変装の訓練中でな」
「えっ、同じ方なの? ……じゃあ、本来の姿はどっち?」
「教えるわけないだろ。変装は商売道具だ」
「じゃあ、マイラは? 今のマイラも違うの?」
「私は私だ。この姿が本物。今さら隠すこともない」
「よかった。私の知ってるマイラで」
そして、ふと思い立ったように、エリーナは身を乗り出した。
「ねえ、今度一緒に聖地巡礼を――」
「断る」即答だった。
「ちょっとぐらい付き合ってくれても……」
「本当に忙しいんだ。次の案件も詰まってる。……落ち着いたら、今度ゆっくりカフェにでも誘うよ」
その言葉に、エリーナの顔がぱっと明るくなる。
「本当に? 絶対よ。ちゃんと連絡してね。なかなか会えなくて寂しかったんだから」
「分かりましたよ、お姫様」
そう言って笑うマイラの顔は、エリーナにとって何よりも嬉しい“再会の証”だった。
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