『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと

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第1章

第3話:領主夫妻と初対面

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「——ほんとうに、森の中で目を覚ましたらこの世界だったんです。」

私は、出されたハーブティーの湯気を眺めながら、正面の夫妻にそう告げた。
実際は、自宅までの道を歩いていたらきりが出て…などの説明は面倒だったので簡潔にまとめて答えた。
あまりにも自然に会話できるから不自然にも思わなかったが、これは異世界あるあるの言語翻訳か言語チートか何かだろうか?さりげなく町の文字も読めたし…。

豪奢すぎない落ち着いた応接間の中、私の目前には年配の男女。
柔らかな目元の女性と、厳格そうでいてどこか優しい印象を残す男性。
この二人が、この地の領主夫妻だった。

「……不思議なこともあるものですね」

先に口を開いたのは、奥様だった。年齢は五十を過ぎているだろうが、気品ある笑みと声には温かみがあった。

「私はエレーナ。こちらが夫のクラウス・エルマー。私たちはこの町を任されております」

「男爵ですので、立派なもんではありませんがね。クラウスとお呼びくださって構いません」

領主という言葉に身構えていた私は、その“人の良さそうな”声色に逆に困惑していた。
もっとこう、鼻持ちならない貴族様が出てくると思ってたのに。
貴族って、こう……やたらマントを翻したり、女中を足蹴にしたりするんじゃなかったっけ?(偏見)

 

——それにしても、部屋があったかい。

座らされたソファもふかふかで、乾いた毛布が肩にかけられている。
いつの間にか履かされた靴下は、ふわふわの毛糸のもの。
着替えまで用意してくれていたけれど、さすがにドレスは丁重にお断りした。

「……あの、できれば……シャツと、パンツみたいな動きやすいのが……」

「まぁ、シャツに……ズボンというのかしら? それで良いのね。分かったわ、仕立て屋に頼んでおきましょうね」

エレーナ夫人は、まるで娘の要望を聞くように頷いた。

……正直に言えば、ちょっと涙腺にきた。
私、今までこうやって“ただ自分の好きなものを伝えて、それが否定されずに通る”こと、どれだけあった?

職場では、何を言っても「空気読め」とか「若いから」だの「古株なんだから」だの……。
一度たりとも、“まどか”として扱われたことなんてなかった気がする。

「……ありがとうございます」

声が震えたのは、気温のせいじゃない。

 

クラウス男爵が椅子から立ち上がると、低い声で言った。

「君が“転移者”であるかどうか……正直、我々には判断できん。だが、森に倒れていた者をそのまま見捨てるような町ではないと自負している」

「すぐに宿を、というのも不安でしょうし、しばらくはこの屋敷にいてくださって構いませんよ。必要なものはできるだけ用意します」

「え……いいんですか? 私、ほんとに身一つで来ちゃってて、何の見返りも……」

「何を言ってるの。困った人を助けるのに、理由が必要だなんて思いませんよ」

 

——そう言われて、私はなんだか、泣きたくなった。

けれど、それを出すことはできなかった。
私は泣けない人間だ。昔から、感情を押し込めて、冷静に振る舞って、なんでも一人でこなしてきた。

泣いたら、きっと崩れてしまう。

だから私は、代わりに笑った。
そして、いつもどおりに、皮肉交じりのひと言をつぶやく。

「はぁ……まいったな。あったけぇ異世界とか、聞いてないんだけど……」

 

エレーナ夫人が、小さく微笑んだ。

「ようこそ、芹澤まどかさん。あなたの新しい世界へ」

その言葉は、たぶん私の人生でいちばん優しい歓迎の言葉だった。

 

* * * 

 

その日の夜、私に用意された客室は広すぎて、逆に落ち着かなかった。
けれど、熱い湯で身体を洗って、温かい湯気に包まれて、ふかふかのベッドに寝転んだとき。
私は、やっと安心したように深く深く、眠りに落ちていった。

スマホはまだ圏外だったけれど。
通知もアラームもない世界に、私は少しずつ馴染み始めていた。

 

——今はまだ、知らなかった。
この世界が、そんなに“甘い”だけじゃないことを。
平穏の裏には、必ず“厄介ごと”が転がっていることを。

 

でも、このときの私はただひたすらに——
「もう働きたくない」と、心からそう願いながら、異世界の夜に包まれていた。
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