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第2章 厄介事は向こうから
第4話:情報は足元から漏れていた
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「──まさか、そんなところに落とし穴があるとはね」
私は、領主館の厨房で手帳を開きながら、半ば呆れたようにつぶやいた。
一見、何の変哲もない台所。
でも、この場所がすべての“発信源”だったと分かったとき、私の中ではパズルのピースが一気に繋がった。
事の発端は些細な違和感だった。
* * *
数日前、私は例によって資料整理と聞き取りをしていた。
出発時間、積荷の内容、通行ルート、馬車の準備状況――すべてを項目に分けて書き出していたとき、ふと気がついた。
「この“紙”、全部……同じ人の筆跡だな」
そう。馬車の手配記録も、出発確認書も、積荷一覧も。
“部署が違うはず”の帳票が、同一人物の文字で記載されていたのだ。
もちろん、同じ人が複数の業務を兼務していることはある。
けれど、これは偶然のレベルじゃなかった。
私はすぐに、クラウス男爵に調査許可をもらい、当該部署の記録係を調べた。
すると、“厨房”の下働きとして働く中年の女性使用人が、いつの間にか“記録係”まで兼任していたことが判明した。
「なんで、食材の発注係が、荷車の出発確認書まで書いてるの?」
私がそう問うと、現場の若手は口を濁した。
「……あの人、文字が書けるってだけで、頼まれると断れない性格で……いつの間にか、いろんな仕事が回ってきてしまってて……」
「断れない人が、こんなに重要な情報を“勝手に”一手に?」
「……いえ、その……“あの方”の命令があったから、って……」
──“あの方”?
その瞬間、背中を冷たいものが走った。
* * *
私は厨房に向かった。
厨房の出入り口には、使用人が慌ただしく動いている。
けれど、その一角で野菜を刻んでいたその女性──【マルタ】だけは、まるでその動きとは無縁の空気を纏っていた。
「……あなたが、“記録係”をしていた方ですね?」
「……はい。お嬢さん、まさか……そのことで何か……?」
「“あの方”って、誰ですか?」
一瞬、彼女の手が止まった。
「それは……私は……何も……」
「嘘つきなれてないですね」
私は静かに言った。
怒りでも、非難でもなく。
ただ、“見抜いた”という事実を、提示するように。
「あなたが“直接”盗賊と関わっていたわけじゃないのは、見ればわかります。でも、“命令”されたんですね。情報を書けと」
「……お願いでした。命令なんかじゃなくて……“誰にも言わないでください”って、“少しだけでいいから”って」
「その“少し”が、街道で命を落としかけた人の命綱になるんですけど?」
「でも……でも……あの方は、優しい方で……“家族のことで困ってるんだ”って、“町のために必要な資金なんだ”って……」
“町のため”。
その言葉に、私の中で一つ、確信が浮かび上がった。
「……役人だ。地元の、しかも役付きの。町のためなんて言葉を、都合よく使える立場の人間」
私は踵を返し、足早にその場を去った。
* * *
その夜。
報告を終えたあと、ルーファスと並んで領主館の中庭を歩いていた。
「……調査にあたった使用人の証言は、録音も記録もされている。情報を回していた“役人”を追えば、盗賊団との内通者も割り出せるはずだ」
「うん。……はぁ、これでまた“仕事”が増えるわけね」
「だが、君がいなければ、内部の繋がりには誰も気づけなかった」
「もうそれ、褒め言葉じゃないからね?」
私は溜息まじりに答えながらも、どこか心の底で——少しだけ、満たされていた。
“信じてくれた人がいた”。
“役に立ったことが、認められた”。
それは、異世界での居場所が、少しずつ形になっているような感覚だった。
ルーファスがぽつりと言った。
「君の“目”と“頭”は、鋭い。……だが、それ以上に“人を見ている”」
「……どういう意味?」
「君が言葉にする前に、判断しているのは、“事実”じゃない。“人”だ。……それは、簡単そうで、一番難しいことだ」
私は黙った。
たぶんそれは、“わかる”からこそ、重かった。
「……それでも、私はただの事務員だったんだよ。本当はね」
「……今は?」
「……迷い中」
そう答えると、ルーファスは珍しく、ほんの少しだけ口角を上げた。
それが微笑だったのか、ただの気のせいだったのか――
そのときの私は、たぶん、ちょっとだけ笑い返していた。
そして、情報漏洩事件の黒幕へと、物語は静かに動き出していく。
私は、領主館の厨房で手帳を開きながら、半ば呆れたようにつぶやいた。
一見、何の変哲もない台所。
でも、この場所がすべての“発信源”だったと分かったとき、私の中ではパズルのピースが一気に繋がった。
事の発端は些細な違和感だった。
* * *
数日前、私は例によって資料整理と聞き取りをしていた。
出発時間、積荷の内容、通行ルート、馬車の準備状況――すべてを項目に分けて書き出していたとき、ふと気がついた。
「この“紙”、全部……同じ人の筆跡だな」
そう。馬車の手配記録も、出発確認書も、積荷一覧も。
“部署が違うはず”の帳票が、同一人物の文字で記載されていたのだ。
もちろん、同じ人が複数の業務を兼務していることはある。
けれど、これは偶然のレベルじゃなかった。
私はすぐに、クラウス男爵に調査許可をもらい、当該部署の記録係を調べた。
すると、“厨房”の下働きとして働く中年の女性使用人が、いつの間にか“記録係”まで兼任していたことが判明した。
「なんで、食材の発注係が、荷車の出発確認書まで書いてるの?」
私がそう問うと、現場の若手は口を濁した。
「……あの人、文字が書けるってだけで、頼まれると断れない性格で……いつの間にか、いろんな仕事が回ってきてしまってて……」
「断れない人が、こんなに重要な情報を“勝手に”一手に?」
「……いえ、その……“あの方”の命令があったから、って……」
──“あの方”?
その瞬間、背中を冷たいものが走った。
* * *
私は厨房に向かった。
厨房の出入り口には、使用人が慌ただしく動いている。
けれど、その一角で野菜を刻んでいたその女性──【マルタ】だけは、まるでその動きとは無縁の空気を纏っていた。
「……あなたが、“記録係”をしていた方ですね?」
「……はい。お嬢さん、まさか……そのことで何か……?」
「“あの方”って、誰ですか?」
一瞬、彼女の手が止まった。
「それは……私は……何も……」
「嘘つきなれてないですね」
私は静かに言った。
怒りでも、非難でもなく。
ただ、“見抜いた”という事実を、提示するように。
「あなたが“直接”盗賊と関わっていたわけじゃないのは、見ればわかります。でも、“命令”されたんですね。情報を書けと」
「……お願いでした。命令なんかじゃなくて……“誰にも言わないでください”って、“少しだけでいいから”って」
「その“少し”が、街道で命を落としかけた人の命綱になるんですけど?」
「でも……でも……あの方は、優しい方で……“家族のことで困ってるんだ”って、“町のために必要な資金なんだ”って……」
“町のため”。
その言葉に、私の中で一つ、確信が浮かび上がった。
「……役人だ。地元の、しかも役付きの。町のためなんて言葉を、都合よく使える立場の人間」
私は踵を返し、足早にその場を去った。
* * *
その夜。
報告を終えたあと、ルーファスと並んで領主館の中庭を歩いていた。
「……調査にあたった使用人の証言は、録音も記録もされている。情報を回していた“役人”を追えば、盗賊団との内通者も割り出せるはずだ」
「うん。……はぁ、これでまた“仕事”が増えるわけね」
「だが、君がいなければ、内部の繋がりには誰も気づけなかった」
「もうそれ、褒め言葉じゃないからね?」
私は溜息まじりに答えながらも、どこか心の底で——少しだけ、満たされていた。
“信じてくれた人がいた”。
“役に立ったことが、認められた”。
それは、異世界での居場所が、少しずつ形になっているような感覚だった。
ルーファスがぽつりと言った。
「君の“目”と“頭”は、鋭い。……だが、それ以上に“人を見ている”」
「……どういう意味?」
「君が言葉にする前に、判断しているのは、“事実”じゃない。“人”だ。……それは、簡単そうで、一番難しいことだ」
私は黙った。
たぶんそれは、“わかる”からこそ、重かった。
「……それでも、私はただの事務員だったんだよ。本当はね」
「……今は?」
「……迷い中」
そう答えると、ルーファスは珍しく、ほんの少しだけ口角を上げた。
それが微笑だったのか、ただの気のせいだったのか――
そのときの私は、たぶん、ちょっとだけ笑い返していた。
そして、情報漏洩事件の黒幕へと、物語は静かに動き出していく。
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