『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと

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第2章 厄介事は向こうから

第5話:正義と現実の、その狭間で

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「──証拠は揃いました。あとは、本人に問うだけです」

クラウス男爵の声は、静かだが決然としていた。

会議室に集められたのは、私、ルーファス、そして男爵夫妻。
長机の上には、使用人マルタの供述記録と、金貨が封入された“例の封筒”、さらに数枚の帳票の複写。

その筆跡の一致、出入り記録、供述の一致。
すべてが示していた。

──“内通者”は、町役人の一人、レナード・カンベル。

年は五十手前、温厚な物腰で町人にも信頼が厚い“財務管理役”の男だった。

「……信じがたいが……私の下で十年働いてきた男だ」

クラウス男爵の目が伏せられる。
男爵領という小さな社会において、長く共に働いてきた部下が裏切っていた事実は、さすがに堪えるものがあるらしい。

私は、複雑な感情を抱えながらも、冷静に尋ねた。

「領主様……これ、本当に“告発”するんですか?」

「当然だろう。町の民を危険に晒した。その責任は、重い」

「……でも、あの人がいなくなったら、この町の財務は誰が?」

「……」

「誰も代わりがいない。それくらい、周囲は“依存”してた。見て見ぬふりをしてた。……今回の件、たぶん“初めて”じゃないと思います」

 

言ってしまってから、私は苦笑した。

ああ、まただ。
私はまた、変なところで“空気を読まず”に踏み込んでしまう。

でも、事務所の空気も、町の空気も、異世界の空気だって、私は基本的に信用してない。

それよりも信じるべきは──事実と、人。

 

「呼びますか、レナードを」

ルーファスの問いに、男爵は頷いた。

間もなく、部屋にレナードが通された。

 

* * * 

 

「……さて、これは何だと思う?」

クラウス男爵が封筒を差し出す。
中には、手書きの指示と、小さな袋に分けられた金貨。

レナードは、その紙に目を落とすなり、わずかに目を見開いた。
が、すぐに顔を伏せた。

「……なるほど。すでに、ご存知で」

「レナード。なぜだ」

「……町を、守るためでした。領主様」

低く、搾り出すような声だった。

「今の税制では、どうあがいても維持できない。収支の均衡を取るには、“外貨”が必要だった。……賊に情報を渡す代わりに、町を見逃してもらえるなら──と思ったのです」

「その結果、商人が被害に遭い、命が奪われたかもしれない」

「それでも、町を守れると……信じたのです」

 

私は、レナードの顔を見た。

落ち着いた表情。けれど、どこか苦しげな目。

おそらく、彼は“最初は善意”だったのだ。
盗賊をただの悪と切り捨てられず、金で交渉できると思った。
町の生活を、町の顔を守るために。

──だが、それは結局、誰かを切り捨てる選択だった。

 

「あなたのやったことは、私情じゃない。理屈がある。……でも、それは“誰かの人生”の上に成り立ってる」

そう言った私に、レナードは穏やかに頭を下げた。

「ごもっともです。……それでも、私は、今も“悪いことをした”という確信が持てないのです」

 

クラウス男爵は目を閉じてから、低く命じた。

「ルーファス。レナード・カンベルを一時拘留とせよ。審問を経て、正式に処罰を下す」

「……はっ」

ルーファスの手に導かれ、レナードは静かに部屋を後にした。

誰も言葉を発さなかった。

 

* * * 

 

その日の夕方、私は屋敷の裏庭でぼんやりと空を眺めていた。
白い雲が流れていく。
静かな風に、木々がざわめく。

「……ねえ、ルーファス」

「ん?」

「“正しい”って、何だと思う?」

「……難しい問いだ」

「私も、そう思う。……職場でもそうだった。“正しい”ことを言うと、敵を作る。“空気”を読めって、怒られる。でも黙ってたら、自分のこと嫌いになりそうで」

「君は、間違っていない」

「……ありがとう。だけど、間違ってなかったら、誰かが得して誰かが損をするっていうの、やっぱりしんどいよね」

 

風が吹いた。

ルーファスは、ほんの少しだけ間を置いて、言った。

「君は、働きたくないと言っていた」

「うん。今もそう思ってる」

「だが、誰よりも“働いている”。誰かのために」

 

私は目を見開いた。

──この人、いつからそんなに言葉が巧くなったの?

「……あー、もう、それ言われたら何も言えないじゃん……」

「事実だ。君は、今もここで、町を救っている」

「……くそ、真面目な人に真顔で言われると、ダメージが倍なんですけど……」

私は思わず笑ってしまった。
涙が出そうだったけど、笑ってごまかした。

 

正義は、誰かを救って、誰かを裁く。
それでも、何かを選ばなくてはいけないなら──

私は、自分が選んだことを、悔やまない自分でいたい。

そう、少しだけ思った。

 

そして、事件の本筋は収束に向かう一方で──
別の場所で、また“厄介ごと”の種が芽吹き始めていた。

 

平穏なんて言葉は、どうしてこうも遠いのだろう。

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