白い結婚の行方

宵森みなと

文字の大きさ
5 / 26

第4話 鋼のメンタルと、静かな逆襲

サラスティナが正式に、生徒会の「会計兼書記」として任命された。
その仕事ぶりは目を見張るものがあり、書類の整理、予算の計算、各部への連絡――どれを取っても完璧。
誰もが認めざるを得ないほどの有能さだった。

……もっとも、それが面白くない者たちもいた。

特に、第二王子アイザックの取り巻きの令嬢たち。
彼に近づける立場にいるサラスティナが、地味な見た目のくせに堂々と生徒会で働いている――それがどうにも癇に障るらしい。

最初のうちは、小さな嫌がらせだった。
教科書にインクをこぼされ、ページが黒く滲んでも、サラスティナは何事もなかったように拭き取り、くしゃくしゃのまま使用を続けた。
「どうせ中身が読めればいいんですもの」と、微笑んで。

それでは効果がないと見たのか、今度は教科書そのものを燃やされた。
すると翌日、彼女はどこからか古びた教材を手に入れて登校してきた。
「先輩が譲ってくださったんです。歴史ある教科書って、味がありますわね」

次は、廊下の窓から水をかけられた。
制服はびしょ濡れになったが、サラスティナはハンカチで軽く顔を拭い、そのまま授業を受けた。
寒さに震える様子すら見せず、板書を取り続ける彼女に、加害者たちの方が次第に落ち着かなくなっていった。

極めつけは、わざとぶつかって転ばせたとき。
膝を擦りむき、血がにじんでも、サラスティナは一言「失礼」とだけ言い、立ち上がって席に戻った。
――泣きも、怒りもしない。
まるで、心に鋼を宿しているようだった。

やがて、嫌がらせはいつの間にか止んでいた。
誰も彼女を揺さぶることができなかったのだ。


---

そんなある日の午後。
サラスティナは、先輩であるイライザ公爵令嬢に廊下で呼び止められた。
開口一番に
「あなた、生徒会役員を今すぐ辞めなさい!」
自称王族の婚約候補と目される家柄の娘で、華やかさも自信も人一倍の令嬢だ。

サラスティナはイライザを見上げて、穏やかに問い返した。
「辞めろと仰るのは結構ですが……では、イライザ様が会計と書記をなさるのですか?」

「ええ、もちろんよ。どうせ貴女ができるくらい簡単な仕事なのでしょう? わたくし、優秀ですもの」

「それは頼もしいですわね」
サラスティナは柔らかく微笑んだ。
「では放課後、生徒会室へいらしてください。生徒会を希望される方がいらっしゃるなら、まとめてお話を伺います。会長にもお伝えしておきますので」

そう言い残し、静かにその場を去った。


---

放課後、生徒会室には妙な緊張が漂っていた。
机の上には厚い書類の束――過去十年分の会計記録が積み上げられている。

集まったのはイライザを筆頭に、アイザック目当てのご令嬢たち八名。
ハリス達生徒会メンバーは後方で様子を見守っている。アイザックは奥の部屋で待機をしていた。

サラスティナは、にこやかに一礼した。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。生徒会の仕事は、単に王子殿下の側に立つためのものではございません。
ここにあるのは、過去十年分の各部からの会計報告です。八名いらっしゃいますので、お一人一年分を。わたくしは二年分を担当いたします。優秀な方ばかりですから、きっとすぐ終わるでしょう」

「……な、何を言っているの?」
イライザが呆然と呟くが、サラスティナは涼しい顔で続けた。
「皆様の方が優秀と伺っておりますので、成果を拝見できるのを楽しみにしておりますわ。――会長、始めてくださいませ」

「……えっと、は、はい。では開始」
ハリスが半ば面白がりながら合図を出す。

ほどなくして、令嬢たちの間に悲鳴にも似た溜息が響いた。
難解な数字、違う形式の書式、抜け落ちた計算。
どれをどうすればいいか分からず、誰もが手を止めてしまった。

一方、サラスティナは迷いなく手を動かし、ものの三十分で二年分を整理し終えた。
ハリスに報告書を差し出すと、他の令嬢たちに向き直って言った。

「皆様、手が止まっておりますわよ? どうぞ続けて」

「こんなの分かるわけないじゃない!」
イライザが机を叩き、顔を真っ赤にした。
「貴女、生徒会を辞めないために、わざと難しくしてるんでしょ!?」

サラスティナはため息をつき、柔らかく微笑んだ。
「いえ、違いますわ。皆様がお持ちの書類は、各部からの会計報告書です。
現在、生徒会では“報告書”に加え、“予算計画書”の提出もお願いしております。何のためにか、お分かりになりますか?」

誰も答えない。サラスティナは淡々と続けた。

「わたくしたちは学んでいます。将来、領地を治め、あるいは国を動かす立場となる者として――民の税をどう使うべきかを。
もし私的に使えば、財は尽き、民は不満を募らせ、やがて暴動が起こる。
領主の責務は、民の暮らしを守ることです。
この学園で学ぶ意義とは、その“責務”を知り、果たすためのものです」

その口調に、室内の空気が凍った。
ひとり、またひとりと俯く令嬢たち。
サラスティナは最後に淡々と告げた。

「もし本当に会計の仕事をなさりたいのなら、この書類を最後までまとめてください。
それができないのなら、王子殿下に近づく方法を他でお探しくださいませ。
ですが、せっかくお集まり頂いたのですから…
あ、そうだ――殿下、そろそろお出ましいただけますか?」

奥の部屋の扉が開き、アイザックが姿を現した。
令嬢たちの顔が一斉に青ざめた。
聞かれていた――そう悟ったのだ。

「では、右端の二学年Cクラス、マイラ嬢から殿下へ愛の告白をどうぞ」
にこやかに促すサラスティナ。サラスティナが学年やクラス、名前を知っている事に驚愕した。

「そ、そんな……無理です!」
マイラは涙目で頭を下げ、そのまま逃げ出した。

次々に他の令嬢たちも「わたくしにも無理です!」と逃げていく。
あっという間に部屋に残ったのは、イライザひとりだけになった。

「では――三学年Dクラス、イライザ様。どうぞ」
サラスティナはあくまで事務的に促した。

イライザは唇を噛みしめ、顔を上げた。
「アイザック殿下……お慕い申し上げます。どうか、この想いにお応えを」

「……無理だ」
アイザックの声は低く冷たかった。
「婚約者候補といっても、正式な話などない。妃を名乗るなら、せめて特A科の首席を取ってから言ってくれ。自分を省みずに、他を責める者は嫌いだ」

イライザの瞳に涙が溜まり、その場に立ち尽くした。
誰かが慰めるかと思いきや、誰も動かなかった。

ハリスが小声でサラスティナに耳打ちした。
「……慰めてやらないのか?」

「必要ありませんわ」
サラスティナはペンを走らせながら淡々と答えた。
「泣いてる自分を可哀想だと思っているだけです。時間が経てば、勝手に現実を受け入れます。私たちは観客――ただ、それだけですわ」

結局、イライザは誰にも声をかけられず、涙の跡を残したまま部屋を出て行った。
静寂が戻ると、ハリスが息をついた。
「……いや、なんというか。君の撃退法、発想が斬新すぎるな」

「合理的なだけですわ」
サラスティナは顔を上げずに答えた。

アイザックはそんな彼女を見て、苦笑をこぼした。
「助かったよ、サラスティナ。……あれだけ堂々と断れるとは思わなかった」

その言葉に、サラスティナはようやく手を止め、ちらりと彼を見た。
「お役に立てたのなら、幸いですわ。――では、残りの報告書をまとめますね」

その声は穏やかで、まるで何事もなかったかのようだった。
だがその背中に宿る静かな強さは、誰よりも頼もしく見えた。

あなたにおすすめの小説

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

【本編完結】初恋のその先で、私は母になる

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。 王宮で12年働き、気づけば28歳。 恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。 優しく守ろうとする彼。 けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。 揺れる想いの中で、彼女が選んだのは―― 自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。 これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。 ※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。

【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

【完結】無関心夫の手を離した公爵夫人は、異国の地で運命の香りと出会う

佐原香奈
恋愛
建国祭の夜、冷徹な公爵セドリック・グランチェスターは、妻セレスティーヌを舞踏会に残し、早々に会場を後にした。 それが、必死に縋り付いていた妻が、手を離す決意をさせたとも知らず、夜中まで仕事のことしか考えていなかった。 セドリックが帰宅すると、屋敷に残されていたのは、一通の離縁届と脱ぎ捨てられた絹の靴。そして、彼女が置いていった嗅いだことのない白檀の香りだけだった。 すべてを捨てて貿易都市カリアへ渡った彼女は、名もなき調香師「セレス」として覚醒する。 一方、消えた妻を追うセドリックの手元に届いたのは、かつての冷たい香りとは似て非なる、温かな光を宿した白檀の香水。 「これは、彼女の復讐か、それとも再生か——」 執念に駆られ、見知らぬ地へ降り立った公爵が目にしたのは、異国の貿易王の隣で、誰よりも自由に、見たこともない笑顔で微笑む「他人」となった妻の姿だった。 誤字、修正漏れ教えてくださってありがとうございます!