18 / 26
第17話 学園生活といじめ
春の風がやわらかく庭を撫でる頃、サラスティナの学園入学の日が近づいていた。
本来ならば同級生たちと同じく寮生活を送るはずだったが、レーモンドが頑として首を縦に振らなかった。
「サラはうちの嫁になる身だ。虫がついたら困る。」
そう言って、マイラス侯爵家から通学させることを譲らなかったのだ。
デュランはサラスティナに学生らしい生活を送らせたかったが、レーモンドの言葉を聞くうちに、「まぁ、それも一理あるか」と考え直した。
結果、サラスティナは侯爵家から馬車で学園へ通うことになった。
服装を決める時も少々の騒動があった。
華やかなドレスを選ぼうとしたデュランと、地味な服を主張するレーモンド。
いつものように言い合いが始まったが、最後はレーモンドの「悪い虫が寄らぬように」という一言で、あっさり決着がついた。
「家の中だけ本当のサラを知っていれば、それでいい。」
その言葉にデュランも頷き、サラスティナは元々目立ちたくはなかったため、制服姿に眼鏡とお下げをした控えめな姿で学園生活を送り始めた。
彼女は勉学でも才覚を見せ、特Aクラスに所属しながら、空いた時間は図書館に通い詰め、先生方に質問を重ねていた。
努力を惜しまぬ姿勢に教師たちの信頼も厚く、誰もが口を揃えて「模範生」と評した。
一方で、レーモンドも騎士団の寮を出て侯爵家へ戻り、時間の許す限り、デュランと共にサラスティナと食卓を囲んだ。
休日には三人で領地へ出向き、施策を練ったり、未来の構想を語り合ったり。またレーモンドと2人で湖畔や街に出掛けたりして過ごした。
そんな穏やかな日々が続くうちに、サラスティナの中で「親戚のお兄ちゃん」という意識は、少しずつ変化していった。
最初は家族のような親しみだったが、やがて夫として敬意を払うように――自然と距離が変わっていったのだ。
二年に進級して間もなく、ある日の夕食の席で、サラスティナがふと口にした。
「わたくし、生徒会の書記と会計をお引き受けすることにしました」
その言葉に、デュランは目を丸くした。「サラ、それって……男子ばっかりの中に入るってことだろ?大丈夫なのか?」
「いえ、女性の方もひとりいらっしゃるそうです。ただ、まだお会いしていないだけで」
レーモンドも心配そうな表情を浮かべた。「サラ、それ……断れなかったのか?」
「いいえ、断ろうと思えば、できたんです。ただ――」
彼女は少しだけ言葉を選ぶようにしてから、ゆっくりと続けた。
「学費って、それぞれの家が領民から集めた税で払われていますよね。だからこそ、無駄なく、正しく使われているのかを見届けたいと思ったんです。レイが心配するようなことは、きっとありません。…でも、気をつけますね」
そう言って微笑んだ彼女を、ふたりはそれ以上強く止めることはできなかった。
けれど――それからしばらくして、事態は静かに、そして確実に、悪い方向へと転がっていった。
ある日、教科書が濡れて帰ってきた。
別の日には、鞄の金具が壊れた。
ひざを擦りむいて、何も言わずに帰ってきたこともあった。
最初は偶然だと思っていた。でも、あまりにも頻繁すぎた。
心配した侍女たちが、とうとう耐えきれず、ふたりに訴えてきた。
「どうか、私たちの若奥様をお守りください。あれは、どう見ても…いじめです」
レーモンドもデュランも、サラスティナにそれとなく聞いてみたが、彼女はやはり笑顔のままだった。
「大丈夫ですよ。本当に。心配いりません」
その言葉の裏に、何が隠れているのか――
ふたりはわかっていた。けれど、どうしてもそれ以上踏み込めなかった。
レーモンドは、今にも学園に乗り込もうかという勢いでいた。
そんな時だった。いつものように三人で食卓を囲んだその晩、サラスティナがぽつりと語り始めた。
「今日、生徒会の仕事を“わたくしの代わりにしたい”という方々を集めて、実際にどの程度できるのかお願いしてみたんです。けれど、皆さま途中で『無理です』って仰られて…」
どこか、他人事のような声だった。
「それでも、アイザック殿下に近づきたいなら、別の方法を探してみてくださいってお願いしましたの。あぁ、一人の令嬢が告白されてましたけれど、見事に玉砕されてましたわ。なので、今後はきっと煩わしいこともなくなりますわ。ご心配おかけしました…」
そう言って、小さく眉を下げた彼女は、まるで誰かに謝るような表情をしていた。
その瞬間、レーモンドは椅子を引いて立ち上がり、彼女のそばへ駆け寄った。そして、その小さな頭をそっと抱き寄せた。
「サラ……一人で抱え込むな。我慢なんかするな。頼ってくれ。…よく耐えたな」
その言葉に、サラスティナはふっと力を抜き、レーモンドの背に両腕をまわして、静かにしがみついた。
その姿を見つめながら、デュランは胸の奥で思った。
――サラスティナは、本当に大人びた思考をする。でも、まだ十四歳なんだ。もっと、心に寄り添ってやらなければ――と。
本来ならば同級生たちと同じく寮生活を送るはずだったが、レーモンドが頑として首を縦に振らなかった。
「サラはうちの嫁になる身だ。虫がついたら困る。」
そう言って、マイラス侯爵家から通学させることを譲らなかったのだ。
デュランはサラスティナに学生らしい生活を送らせたかったが、レーモンドの言葉を聞くうちに、「まぁ、それも一理あるか」と考え直した。
結果、サラスティナは侯爵家から馬車で学園へ通うことになった。
服装を決める時も少々の騒動があった。
華やかなドレスを選ぼうとしたデュランと、地味な服を主張するレーモンド。
いつものように言い合いが始まったが、最後はレーモンドの「悪い虫が寄らぬように」という一言で、あっさり決着がついた。
「家の中だけ本当のサラを知っていれば、それでいい。」
その言葉にデュランも頷き、サラスティナは元々目立ちたくはなかったため、制服姿に眼鏡とお下げをした控えめな姿で学園生活を送り始めた。
彼女は勉学でも才覚を見せ、特Aクラスに所属しながら、空いた時間は図書館に通い詰め、先生方に質問を重ねていた。
努力を惜しまぬ姿勢に教師たちの信頼も厚く、誰もが口を揃えて「模範生」と評した。
一方で、レーモンドも騎士団の寮を出て侯爵家へ戻り、時間の許す限り、デュランと共にサラスティナと食卓を囲んだ。
休日には三人で領地へ出向き、施策を練ったり、未来の構想を語り合ったり。またレーモンドと2人で湖畔や街に出掛けたりして過ごした。
そんな穏やかな日々が続くうちに、サラスティナの中で「親戚のお兄ちゃん」という意識は、少しずつ変化していった。
最初は家族のような親しみだったが、やがて夫として敬意を払うように――自然と距離が変わっていったのだ。
二年に進級して間もなく、ある日の夕食の席で、サラスティナがふと口にした。
「わたくし、生徒会の書記と会計をお引き受けすることにしました」
その言葉に、デュランは目を丸くした。「サラ、それって……男子ばっかりの中に入るってことだろ?大丈夫なのか?」
「いえ、女性の方もひとりいらっしゃるそうです。ただ、まだお会いしていないだけで」
レーモンドも心配そうな表情を浮かべた。「サラ、それ……断れなかったのか?」
「いいえ、断ろうと思えば、できたんです。ただ――」
彼女は少しだけ言葉を選ぶようにしてから、ゆっくりと続けた。
「学費って、それぞれの家が領民から集めた税で払われていますよね。だからこそ、無駄なく、正しく使われているのかを見届けたいと思ったんです。レイが心配するようなことは、きっとありません。…でも、気をつけますね」
そう言って微笑んだ彼女を、ふたりはそれ以上強く止めることはできなかった。
けれど――それからしばらくして、事態は静かに、そして確実に、悪い方向へと転がっていった。
ある日、教科書が濡れて帰ってきた。
別の日には、鞄の金具が壊れた。
ひざを擦りむいて、何も言わずに帰ってきたこともあった。
最初は偶然だと思っていた。でも、あまりにも頻繁すぎた。
心配した侍女たちが、とうとう耐えきれず、ふたりに訴えてきた。
「どうか、私たちの若奥様をお守りください。あれは、どう見ても…いじめです」
レーモンドもデュランも、サラスティナにそれとなく聞いてみたが、彼女はやはり笑顔のままだった。
「大丈夫ですよ。本当に。心配いりません」
その言葉の裏に、何が隠れているのか――
ふたりはわかっていた。けれど、どうしてもそれ以上踏み込めなかった。
レーモンドは、今にも学園に乗り込もうかという勢いでいた。
そんな時だった。いつものように三人で食卓を囲んだその晩、サラスティナがぽつりと語り始めた。
「今日、生徒会の仕事を“わたくしの代わりにしたい”という方々を集めて、実際にどの程度できるのかお願いしてみたんです。けれど、皆さま途中で『無理です』って仰られて…」
どこか、他人事のような声だった。
「それでも、アイザック殿下に近づきたいなら、別の方法を探してみてくださいってお願いしましたの。あぁ、一人の令嬢が告白されてましたけれど、見事に玉砕されてましたわ。なので、今後はきっと煩わしいこともなくなりますわ。ご心配おかけしました…」
そう言って、小さく眉を下げた彼女は、まるで誰かに謝るような表情をしていた。
その瞬間、レーモンドは椅子を引いて立ち上がり、彼女のそばへ駆け寄った。そして、その小さな頭をそっと抱き寄せた。
「サラ……一人で抱え込むな。我慢なんかするな。頼ってくれ。…よく耐えたな」
その言葉に、サラスティナはふっと力を抜き、レーモンドの背に両腕をまわして、静かにしがみついた。
その姿を見つめながら、デュランは胸の奥で思った。
――サラスティナは、本当に大人びた思考をする。でも、まだ十四歳なんだ。もっと、心に寄り添ってやらなければ――と。
あなたにおすすめの小説
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
【本編完結】初恋のその先で、私は母になる
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。
王宮で12年働き、気づけば28歳。
恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。
優しく守ろうとする彼。
けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。
揺れる想いの中で、彼女が選んだのは――
自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。
これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。
※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。
【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。
【完結】無関心夫の手を離した公爵夫人は、異国の地で運命の香りと出会う
佐原香奈
恋愛
建国祭の夜、冷徹な公爵セドリック・グランチェスターは、妻セレスティーヌを舞踏会に残し、早々に会場を後にした。
それが、必死に縋り付いていた妻が、手を離す決意をさせたとも知らず、夜中まで仕事のことしか考えていなかった。
セドリックが帰宅すると、屋敷に残されていたのは、一通の離縁届と脱ぎ捨てられた絹の靴。そして、彼女が置いていった嗅いだことのない白檀の香りだけだった。
すべてを捨てて貿易都市カリアへ渡った彼女は、名もなき調香師「セレス」として覚醒する。
一方、消えた妻を追うセドリックの手元に届いたのは、かつての冷たい香りとは似て非なる、温かな光を宿した白檀の香水。
「これは、彼女の復讐か、それとも再生か——」
執念に駆られ、見知らぬ地へ降り立った公爵が目にしたのは、異国の貿易王の隣で、誰よりも自由に、見たこともない笑顔で微笑む「他人」となった妻の姿だった。
誤字、修正漏れ教えてくださってありがとうございます!