枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと

文字の大きさ
27 / 54

第26話 恋を知った日

しおりを挟む
クラリスは真っすぐな視線でライナルト団長を見上げ、静かに言葉を紡いだ。

「ライナルト団長様に、お願いがございます。重傷者の完全回復治療に関する技術を、他の治癒士の方々と共に学ぶ機会をいただけませんでしょうか?」

 その瞳には冗談や迷いの一切がなかった。団長が返答を考える間もなく、イザークがため息混じりに説明を引き取った。

「……今日の治療で、クラリスはなにか試したいことがあると話をして、自分の魔力を使ってみたんだ。普通の治癒士は傷を“外側から”捉えて治そうとする。でも、クラリスは“内側”の構造を把握してから、魔力を流し込んで……ただ修復するんじゃなくて、壊れた部分を一から“再構築”した。……それで、ゼノンの視力を完全に回復させた」

「……そんな報告は、受けてないんだが」

 ライナルトの声に、イザークは肩をすくめた。

「今、ちょうどサリエル医師たちが治癒士たちと、その説明をどうするか相談してる最中だ。あれは簡単に理解できる話じゃないからな」

 ふたりの会話が本格的になり始めた頃、クラリスは少し後ろに下がって椅子に腰を下ろし、大人しく話し合いの行方を待っていた。けれど、長引く議論の間に疲れが勝ったのか、ふと見ると彼女は小さく丸くなって静かに目を閉じていた。

「……寝てるな」

 イザークがそっと近づき、彼女の肩に自分の肩を貸そうと腕を回した瞬間だった。クラリスはその腕に自然と身を預け、まるで甘えるように抱きついてきた。細い腕が彼の首にまわされ、すっかり夢の中のようだ。

「いーくん……ごはん……やさい……」

 子どもが甘えるような、くぐもった声でそう呟いたクラリスは、イザークの首に頬をすり寄せてきて、そのまま静かになった。そんな姿に、ライナルトは一瞬だけ言葉を失い、そして少し間をおいて苦笑を浮かべた。

「……クラリス嬢も今日はよく頑張った。話はここまでにしよう」

「ああ。また、改めてな」

 イザークは、腕の中のクラリスをそっと横抱きにして立ち上がる。その仕草はまるで、宝石を扱うかのように慎重で、同時に大切なものを胸に抱く誇らしさと喜びがにじんでいた。

 それを見ていたライナルトは、思わず目を伏せた。どうして、自分ではダメだったのか――そんな思いが、胸の奥に残ったままだった。

 馬車の中でも、クラリスは目を覚ますことはなかった。彼女はただ、イザークの胸の中に身を預けたまま、安らかな寝息を立てている。その様子を見ながら、イザークはかすかに笑い、そして小さく囁いた。

「……クラリス、好きだよ」

 耳元に落ちるその言葉に、くすぐったそうに頬を緩めながら、クラリスはふふっと笑った。けれど、目を覚ます気配はない。

 やがてエルバーデ家に着き、彼女を送り届けたものの、クラリスは起きるどころか、イザークの首から腕を外そうとすると、寝たままイヤイヤと首を振って離れようとしない。どうにも困っていると、屋敷の中から現れた長兄アデルが苦笑しながら近づき、まるで慣れた様子で声をかけた。

「大丈夫、こういうときのクラリスは俺に任せて」

 そう言ってアデルは手際よくクラリスの腕を自分の首へと移し、そのまま抱きかかえて彼女の部屋へと連れて行った。家族たちは特に驚いた様子もなく、むしろ微笑ましく思っているようだった。

「クラリスは、普段ほとんど甘えないんですけど、泣きそうなときとか、寝ぼけたときは、ああして自然に出ちゃうんですよ」

 両親の話にイザークは頷きつつ、胸の奥にじんわりと熱を抱えていた。今日、自分の知らなかった彼女の一面を見た気がする――無邪気で、無防備で、素直な感情がそのまま表に出てくる彼女。それを抱きしめたときのぬくもりが、まだ腕の中に残っていた。

 別れ際、クラリスの様子を丁寧に伝え、明日また迎えに来る予定であることを告げて、屋敷を後にした。馬車に揺られながら、ふと腕を見つめる。

 たった今まで確かにいた、彼女の温もり――それがもうここにはないと思うと、胸の奥がきゅうっと締めつけられるようだった。

 こんなにも誰かの存在を求める気持ち。こんなにも、寂しいと感じること。

 ようやく、理解した。

「……これが、恋というものか」

 イザークは独り言のように呟きながら、そっと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

平山和人
恋愛
王国宰相の地位を持つ公爵ルカと結婚して五年。元子爵令嬢のフィリアは、多忙な夫の言葉「君は自由に生きていい」を真に受け、家事に専々と引きこもる生活を卒業し、突如として身一つで冒険者になることを決意する。 レベル1の治癒士として街のギルドに登録し、初めての冒険に胸を躍らせるフィリアだったが、その背後では、妻の「自由」が離婚と誤解したルカが激怒。「私から逃げられると思うな!」と誤解と執着にまみれた激情を露わにし、国政を放り出し、精鋭を率いて妻を連れ戻すための追跡を開始する。 冒険者として順調に(時に波乱万丈に)依頼をこなすフィリアと、彼女が起こした騒動の後始末をしつつ、鬼のような形相で迫るルカ。これは、「自由」を巡る夫婦のすれ違いを描いた、異世界溺愛追跡ファンタジーである。

処理中です...