25 / 27
24話「昔話」
しおりを挟む
温室の中は外よりもはるかに暖かく、まるで春のようだった。見たことのない果実を実らせた木や、道端に咲いていそうな小さな花まで、すべての草花が凛々しく生きている。
……誰かが毎日手入れをしているのね……。限られた人間しかここに来られないのなら、執事長とかかしら?
「リリアンさん、花好きでしょ?奥の方で色鮮やかな薔薇を栽培してるんだけど、いる?」
わたくしが見たことのない美しい花に見惚れていると、横に立ったスパーク様がなんてことのないようにそう言う。
「え……いいえ、とんでもございませんわ。この温室で育てられているものは貴重ですもの。わたくしの私情で持ち帰ることなんて、できませんわ」
「そう?奥の薔薇は僕が試験的に育てているものだから、別に自由に持っていっても……」
「え?スパーク様が!?」
驚きのあまり大きな声を出してしまった後、ハッと我に返って口を手で抑える。わたくしのそんな様子を目を瞬かせて見ていたスパーク様は、ふっと小さく息を吐き出すようにして笑い声をあげた。立て続けにスパーク様に醜態を見せてしまったわたくしは、恥ずかしさに彼から顔を逸らす。
「……この温室の植物はね、僕がメインで面倒を見ているんだよ。兄さんや信頼のおける庭師なんかもたまに来るけどね」
いつも軟派で軽薄な言葉を吐いてばかりの彼の口から、珍しく真剣な色を帯びた言葉が出てくる。「ここはね、」と彼はどこか遠くを見つめるように言葉を続けた。
「この温室はね、僕だけの楽園なんだ。……わざわざ僕がここに招いてあげたのは、この学園でリリアンさんだけだよ」
かろうじて聞こえるほどの、本当に小さな声でそう呟いたスパーク様は、瞬きをした次の瞬間にはいつもの調子で笑顔を作り「じゃ、ランチにしよっか?」とわたくしの手をとった。
手を引かれて連れてこられたのは、美しい彫刻が施されている正円のテーブルと小さな椅子が2脚置かれている静かな空間だった。スパーク様はテーブルの上にバスケットを置き、わたくしに椅子に座るように手で合図した。
わたくしは彼に素直に従って控えめに背もたれのついた、小さく可愛らしい椅子へ腰を下ろす。普段お茶会で使われるテーブルや椅子よりも小さく作られているものだから、物珍しくてついまじまじと座った椅子を見てしまう。
植物のツタをモチーフにしたような有機的な彫刻は美しく、椅子もテーブルも芸術作品のように思えるほどだった。温室の美しい植物がより一層雰囲気を高めているからかもしれない。
「いいでしょ?このテーブルセット。僕が職人にオーダーして作ってもらったんだ」
「……綺麗ね。この温室にぴったりだと思いますわ」
「だよね?よかった……見て、ここに薔薇の彫刻も入れてもらってるんだ」
子供の頃のように無邪気な笑顔を浮かべながら、スパーク様は誇らしげにテーブルの彫刻の1部を指差した。指差されたテーブルの縁を見てみれば、確かに薔薇の花弁が美しく彫刻され色付けられている。普段から数多くの彫刻を目にする機会の多いわたくしには、この些細な彫刻がどれほど高度な技術を必要とするかがわかった。
「素晴らしい技術ですわ……それにこんなに色鮮やかな赤の調合は、誰にでもできるものではないわよね……」
「そう、そうなんだ!この彫刻を施してくれた職人はちょっと気難しいんだけど、それでもかなりいい仕事をしてくれるんだよね。……『お前のような奴には、どれだけ金を積まれても絶対に作らん!』なんてさ、初めて仕事をお願いしに行った時の剣幕、リリアンさんにも見て欲しいくらいだったよ」
「ふふ、スパーク様がそこまでおっしゃられるなら、さぞかし怖いお方だったんでしょうね。ですが、職人は往々にして気難しいものですわ」
「あはは!確かに一理あるかも」
本当に楽しそうに笑うスパーク様を見て、わたくしも肩の力を抜いた。
……思えば、スパーク様は幼い頃から植物や彫刻に興味を示していたわね。わたくしも小さい頃から花や芸術品が好きだったから、こうしてよく一緒に花や絵を見て話をしたかしら……。
わたくしが懐かしい日々の思い出を頭の中で振り返っていると、スパーク様は慣れた手つきでバスケットから食器を取り出しテーブルへ並べ始めた。
「あ、わたくしが……」
「いいのいいの。僕の方が慣れてるから」
帝国の皇子に使用人のようなことをさせるわけにはいかないと手を出そうとすれば、やんわりと断られてしまい、わたくしの手はあわあわと宙を彷徨うことになってしまった。その間にスパーク様は手際良く食器を並べ、飲み物をカップへ注ぎ、軽食のサンドウィッチをそれぞれの食器の上へ置いていた。
「あ、そうだ。ちょっと待ってね」
あれよあれよという間に全ての用意を済ませてしまったスパーク様は、そう言うと立ち上がって温室の奥へと姿を消してしまった。取り残されたわたくしは行き場なく彷徨っていた手を膝へ置き、大人しくスパーク様を待つことにした。
……誰かが毎日手入れをしているのね……。限られた人間しかここに来られないのなら、執事長とかかしら?
「リリアンさん、花好きでしょ?奥の方で色鮮やかな薔薇を栽培してるんだけど、いる?」
わたくしが見たことのない美しい花に見惚れていると、横に立ったスパーク様がなんてことのないようにそう言う。
「え……いいえ、とんでもございませんわ。この温室で育てられているものは貴重ですもの。わたくしの私情で持ち帰ることなんて、できませんわ」
「そう?奥の薔薇は僕が試験的に育てているものだから、別に自由に持っていっても……」
「え?スパーク様が!?」
驚きのあまり大きな声を出してしまった後、ハッと我に返って口を手で抑える。わたくしのそんな様子を目を瞬かせて見ていたスパーク様は、ふっと小さく息を吐き出すようにして笑い声をあげた。立て続けにスパーク様に醜態を見せてしまったわたくしは、恥ずかしさに彼から顔を逸らす。
「……この温室の植物はね、僕がメインで面倒を見ているんだよ。兄さんや信頼のおける庭師なんかもたまに来るけどね」
いつも軟派で軽薄な言葉を吐いてばかりの彼の口から、珍しく真剣な色を帯びた言葉が出てくる。「ここはね、」と彼はどこか遠くを見つめるように言葉を続けた。
「この温室はね、僕だけの楽園なんだ。……わざわざ僕がここに招いてあげたのは、この学園でリリアンさんだけだよ」
かろうじて聞こえるほどの、本当に小さな声でそう呟いたスパーク様は、瞬きをした次の瞬間にはいつもの調子で笑顔を作り「じゃ、ランチにしよっか?」とわたくしの手をとった。
手を引かれて連れてこられたのは、美しい彫刻が施されている正円のテーブルと小さな椅子が2脚置かれている静かな空間だった。スパーク様はテーブルの上にバスケットを置き、わたくしに椅子に座るように手で合図した。
わたくしは彼に素直に従って控えめに背もたれのついた、小さく可愛らしい椅子へ腰を下ろす。普段お茶会で使われるテーブルや椅子よりも小さく作られているものだから、物珍しくてついまじまじと座った椅子を見てしまう。
植物のツタをモチーフにしたような有機的な彫刻は美しく、椅子もテーブルも芸術作品のように思えるほどだった。温室の美しい植物がより一層雰囲気を高めているからかもしれない。
「いいでしょ?このテーブルセット。僕が職人にオーダーして作ってもらったんだ」
「……綺麗ね。この温室にぴったりだと思いますわ」
「だよね?よかった……見て、ここに薔薇の彫刻も入れてもらってるんだ」
子供の頃のように無邪気な笑顔を浮かべながら、スパーク様は誇らしげにテーブルの彫刻の1部を指差した。指差されたテーブルの縁を見てみれば、確かに薔薇の花弁が美しく彫刻され色付けられている。普段から数多くの彫刻を目にする機会の多いわたくしには、この些細な彫刻がどれほど高度な技術を必要とするかがわかった。
「素晴らしい技術ですわ……それにこんなに色鮮やかな赤の調合は、誰にでもできるものではないわよね……」
「そう、そうなんだ!この彫刻を施してくれた職人はちょっと気難しいんだけど、それでもかなりいい仕事をしてくれるんだよね。……『お前のような奴には、どれだけ金を積まれても絶対に作らん!』なんてさ、初めて仕事をお願いしに行った時の剣幕、リリアンさんにも見て欲しいくらいだったよ」
「ふふ、スパーク様がそこまでおっしゃられるなら、さぞかし怖いお方だったんでしょうね。ですが、職人は往々にして気難しいものですわ」
「あはは!確かに一理あるかも」
本当に楽しそうに笑うスパーク様を見て、わたくしも肩の力を抜いた。
……思えば、スパーク様は幼い頃から植物や彫刻に興味を示していたわね。わたくしも小さい頃から花や芸術品が好きだったから、こうしてよく一緒に花や絵を見て話をしたかしら……。
わたくしが懐かしい日々の思い出を頭の中で振り返っていると、スパーク様は慣れた手つきでバスケットから食器を取り出しテーブルへ並べ始めた。
「あ、わたくしが……」
「いいのいいの。僕の方が慣れてるから」
帝国の皇子に使用人のようなことをさせるわけにはいかないと手を出そうとすれば、やんわりと断られてしまい、わたくしの手はあわあわと宙を彷徨うことになってしまった。その間にスパーク様は手際良く食器を並べ、飲み物をカップへ注ぎ、軽食のサンドウィッチをそれぞれの食器の上へ置いていた。
「あ、そうだ。ちょっと待ってね」
あれよあれよという間に全ての用意を済ませてしまったスパーク様は、そう言うと立ち上がって温室の奥へと姿を消してしまった。取り残されたわたくしは行き場なく彷徨っていた手を膝へ置き、大人しくスパーク様を待つことにした。
0
あなたにおすすめの小説
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
9時から5時まで悪役令嬢
西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」
婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。
ならば私は願い通りに動くのをやめよう。
学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで
昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。
さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。
どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。
卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ?
なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか?
嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。
今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。
冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。
☆別サイトにも掲載しています。
※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。
これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
他小説サイトにも投稿しています。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜
As-me.com
恋愛
事業の失敗により借金で没落寸前のルーゼルク侯爵家。その侯爵家の一人娘であるエトランゼは侯爵家を救うお金の為に格下のセノーデン伯爵家に嫁入りすることになってしまった。
金で買われた花嫁。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。
「きっと、辛い生活が待っているわ」
これまでルーゼルク侯爵家は周りの下位貴族にかなりの尊大な態度をとってきた。もちろん、自分たちより下であるセノーデン伯爵にもだ。そんな伯爵家がわざわざ借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだが────。
義母「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!」
義妹「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてぇっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!」
義父「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)」
なぜか私を大歓喜で迎え入れてくれる伯爵家の面々。混乱する私に優しく微笑んだのは夫となる人物だった。
「うちの家族は、みんな君の大ファンなんです。悪役令嬢エトランゼのね────」
実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ですって?!
────えーと、まず、悪役令嬢ってなんなんですか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる