23 / 42
本編
19
しおりを挟む「………………ん?」
我ながら間抜けな声だったと思う。遠藤もそう思ったのだろう、俺の言葉に「だ、だから……っ」と珍しく狼狽えていた。
「よく分からない男に体を明け渡すくらいなら、素性のわかっている俺を選んだ方が良くないですかって、……そう言ってるんです!」
「お、怒るなよ……ごめん」
「別に、怒っていません」
明らかにふてくされたような、むすっとした顔で眉を潜め、遠藤は腕を組んだ。その様子からしてどう見ても怒っているように思えるが、それ以上詰めることはせずに俺はそもそもの認識を遠藤に尋ねるために口を開く。
「でも遠藤ってβだよな?気持ちは嬉しいけど、俺が求めているのはαの男で……」
「βじゃないですよ」
「え?でも、うちの会社に入ったってことは……てっきりβかと……」
「それこそバース差別です。……それに、吾妻さんだってβじゃなくてΩじゃないですか」
「……うん」
断るべくして出てくる言葉に淡々と切り返され、あっけなく言い負けてしまった。五紀はともかく年下の遠藤にも口では敵わないのだと思うと、俺は自分に少し虚しさを感じる。
「俺も自分のバース性を言ったことはないですけど、吾妻さんはわかっているかと思ってました」
「いや、俺は人事じゃないし履歴書とかは見てないから……でも、βじゃないなら……α、なのか?」
思えば、いくらでも遠藤がαだと気付ける部分はあった。明らかに他の新入社員よりも仕事をこなすスピードが早く正確で、人付き合いだっていつも自分から話題を提供して……いつも遠藤は人の中心にいた。しかし、努力の結果なんだと納得していたんだ。五紀のように恵まれた環境と努力の結果で、αにも匹敵するようなβなのだと思っていた。
何故なら、俺を貶さず見下さず、普通の後輩として頼ってきてくれたから。もし遠藤がαだったのなら、Ωである俺に何かを聞いたり仕事を教わることに少なからず嫌悪感を抱くはずだと思っていた。それこそ、学生時代に俺を鼻で笑ったα達のように。俺の中のαの知り合いの傾向が偏っていることはわかっているが、それでも遠藤にはα特有の威圧感のようなものが感じられないように思えた。
「……まあ、よく言われます。αに見えないって。俺も自分でそう思ってますし」
自嘲するように薄く笑みを浮かべる遠藤を見て、αであっても俺のようにバース性に苦しめられることがあるのだろうかと、ふと思った。
だからというわけじゃないが、俺は気付けば誰にも言えなかった学生時代のことを口に出していた。
「悪い、俺の中のαの認識が悪すぎたんだと思う。……俺、Ωにしては地味で長身だろ?昔から何かと馬鹿にされることが多くて……だから、αだったら当然俺のことを馬鹿にして見下してくるもんだと思ってたんだ。だけど遠藤は俺のことを馬鹿にしてこないし素直に接してくれるから……てっきりβなんだと思って」
「……最低ですね。吾妻さんのことを貶したやつら、全員。自分のバース性に驕って周りが見えない奴なんて、吾妻さんが気にすることないです。それに、そんな見る目のないα……絶対仕事できない奴ですよ。あと絶対モテません」
「何だその理論」
真面目な顔で言い切る遠藤に思わず吹き出すように笑い出せば、遠藤もそんな俺の様子に声をあげて笑い始めた。俺たちは何がおかしくて笑い出したのかも忘れてしまうほど笑い、そして息も絶え絶えになりながら顔を見合わせる。
「あれ、何の話してたんだっけ」
「えーと、ちょっと待ってください……あ!そう、吾妻さんが夜の相手を探している話ですよ」
「如何わしく言うなよ」
「実際如何わしいんですよ」
こほん、とわざとらしく咳払いをした遠藤は先ほどまでの笑顔を引っ込め、真剣な表情で背筋を伸ばして俺を真っ直ぐ見据えた。そんな遠藤につられるように俺も背筋を伸ばす。
「吾妻さん、吾妻さんのことを俺に抱かせてください」
「言い方……。いや、そもそも遠藤が俺を抱くメリットがないだろう。無理して提案することないよ」
「無理なんてしてないです!そもそも、嫌だったら吾妻さんがマッチングアプリやっていることを問い詰めたりしません。俺、吾妻さんがゲイだってわかった時……正直チャンスだと思いました」
テーブルの上に投げ出していた手に、遠藤の大きく温かな手が重なる。急なことに俺の体は跳ねるが、遠藤は気にしない様子で言葉を続けた。
「……好きです、吾妻さん。本当はこんな形じゃなくて、もっとロマンチックに言えたらよかったんですけど……好きなんです。会社説明会の時、初めてあなたを見た時からずっと……好きでした」
遠藤は耳まで赤くして、少し怒ったような顔でそう言った。緊張を隠すとき、怒ったようにムッとした表情を作ってしまうのが遠藤の癖なのかもしれないと、そんなどうでもいいことを思ってしまう。驚くほど……驚くほどに、俺の心は落ち着いていた。遠藤に告白されたことを確かに驚いているのに、心は動かない。
こうして他人に触れられていると改めて実感してしまう。……俺にとって、どれだけ五紀が特別な存在なのか。
「……遠藤の気持ちは、本当に嬉しい。でも、俺はその気持ちを受け取れることはないと思う」
「どうしてですか?吾妻さん、マッチングアプリで相手を探すくらいだから、恋人はいないですよね?だったら、試すだけでもいいんです……試した上で、俺のことを判断してくれませんか。それくらいのチャンスを、もらえませんか」
俺のようなΩにどうしてここまで食い下がるのか、正直理解ができなかった。俺は五紀と別れるための口実に抱いて欲しくて相手を探しているだけなのに、適当に理由を誤魔化したまま遠藤の気持ちを利用して抱いてもらうのは絶対に違うだろう。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる