せんたくする魚

白い靴下の猫

文字の大きさ
18 / 26

新しい海域

しおりを挟む
移民が落ち着き、元の砂の国もすっかり大人しくなったころ、エラブ艦隊は久しぶりにまた未知の領海を目指して出航することになった。どうしたことかパールもついてくるという。リノが生まれる前はよく船に乗っていたというし、医術にも優れたパールは、どの船でも仕事がある。エラブはえらくご機嫌だった。
だが。鉄と女の島をでてからたった五日。
エラブ艦隊はひどく平らな島の近くで大きな渦に引っ張られ、船体を損傷した。
航行が不能になった船もあり、島に船をつけるしかなかった。
だがその島につけようとすると、さらに次々に渦ができて船体が引きちぎられていく。
島についたのは、ひどく傷ついた半数。リノもイリアも島についた方の船にいた。
数隻は渦に消え、残りは渦の力で島と逆方向に跳ね飛ばされた。島と逆方向に跳ね飛ばされた船の多くも、船体の傷み具合からいって、引き返すことはできなそうだった。
島につけるしかないが、渦の動きが読めない。
パールは沖に足止めされた方の船にいた。
渦の場所や大きさを必死に記録するが、信じられない程ランダムだった。
ただ、うずの継続時間は長くて数十分だ。
軽い艦はあっという間に渦に引きずり込まれる。
一方、重い艦なら、うずの近くではほとんど進めないものの、頑丈な錨を連なって下ろせば、中規模の渦までならなんとか係留した状態でやり過ごせる。
パール達は、軽い艦を重い艦に結索し、尺取虫のように錨をおろしながら、じりじりと島に近づいていった。

第一陣で島に打ちつけられた艦のほうが損傷はひどかった。しかし、島は潤沢な食料や水や木材に恵まれていて、船員たちの心は軽い。
海から少し入った段丘状の開けた更地には果物が木の枝が見えなくなるほどぎゅうぎゅうにできていた。
その周囲には、根っこがまんまるでツルツルとした奇妙な植物が生えている。まんまるな根っこは半透明のクリーム色で、中にはきれいな水がたっぷり。自然の水瓶だった。
イリアはその横で、不思議そうな顔をしていた。
こんなに都合のいいものばっかり揃って生えているものだろうか。
イリアは周囲の砂を少しとってぺろりと舐めた。
思ったとおり。かなりしょっぱい。これでは地下水が真水とは到底思えなかった。
とすると、この水瓶状の根っこ、すごすぎる。
船員たちは大はしゃぎで、根っこを切り出し、果物を運び込んできた。
イリアだけが、運び込まれる物資を前にうなっている。
やがてイリアは、物資についているのたくった跡をみつけた。かなり大きくて単調ではあるが、規則性がある。その気になれば、いくらでもみつかる。
これって、文字、じゃないの?イリアは腕を組んで見入った。
船員が自然のものだと思って集めてきた水入の根っこ、果物の束などに、明らかに自然にできるとは思えない跡が刻んであった。
この跡、というか文字はかなり昔に見た記憶がある。
母に連れられて宰相から逃げていたとき、渓谷の泥の中から出てきた粘土板に刻んであった。
山民という呼び名は、雑多な部族を総括して指しているだけだから、別部族同士では言葉や習慣が違うなど日常茶飯事だ。お互いの言語体系が簡単な対訳みたいなものを作ることもある。
あの粘土板も、対訳だったのだろう。
イリアがわかる少しの言葉と、こんな感じの、のたくったような釘跡状の字が並んでいた。
母に見せると、『うーん、大昔の言葉じゃないかなぁ。こんな字使ってる部族ないもの』と言い、取り敢えず、イリアが拾ったのは、結婚式のお祝いの手紙みたいだと教えてくれた。
なんとなくおめでたい感じで長いことお守りにしていた。宰相に言われて戦に出るときにおいてきたけれど。
パールに聞けばもう少しわかるかもしれない。
ゼノはどうだろう。
山側の人間と言っていたし、あの知識の傾向は結構基礎があると思うのだが。
イリアはそこまで考えると、リノの部屋に向かっていた足をくるっと反対に投げ出して、ゼノの部屋に向かった。
「うっわ。なつかし。子供の頃流行った。いろんな山民の対訳本に出てくるのに、どこの部族も使ってない文字だっていうんでミステリー心くすぐられて。・・・で、これがどうした?」
「集めてきた食料や水のあちこちに刻んである。ほとんど読めないけど」
ゼノは、飲み込みが早かった。
「・・・先住民族がいるのに、俺らが荒らしちゃったってことか?」
「わからない。居住跡とかはみあたらなかったんだけど。こんなに都合のいいもんばっかり並んでる植生なんておかしいでしょ。普通に考えたら農園だわ」
「まぁ、同意だなぁ。取り敢えず、この文字で謝る手紙ぐらい作って、民族がいる前提で、探して見るか?」
「うん」
手紙といっても、二人で一晩かけて書けたのは「ごめん。私。無知。」の三ワードだけだった。

イリアとゼノの進言で、翌日は食料の調達ではなく、潜んで先住民族がいないか見回ることになった。
半信半疑というか一信九疑で見回りに出た船員たちは、驚愕と吐き気と恐怖に打ちのめされることになる。
洞穴から出てきた、数百匹の、なんかつるんとした巨大な生物が整然と働いているではないか。
昨日彼らが食料を採集した場所は、イリアの見立てどおり農園だった。
まるい根っこは灌漑用水のようだ。鋭い槍のようなもので水入の根っこを突くと、農園の植物にピューっと飛び、しばらくすると透明な樹液で突いた跡はふさがってしまう。
船員が根っこを切り出してしまったせいだろう、洞窟からコルクで栓をした水入りの根っこをゴロンゴロンところがしてきて、水の量を増やす。
最悪でも人間の別部族だと思っていた船員は、本能的に攻撃態勢になる。
だが、その中で、イリアの感慨だけがまったく違った。
あ、この顔知ってる。とても懐かしい気分で、幸せに観察した。
両生類、かなぁ。
イグアナとサンショウウオを足して、背中に硬い殻を背負った感じだ。
直立は不可能ではないかもしれないが、基本四足。尻尾が長く持ち上がる角度も広範囲。先が四つ股に分かれた尻尾は、サソリの尻尾のように高い角度まで上がる。
声帯の分化はかなり進んでいて、声での意思疎通は多いようだ。
器用なのは長い舌と長い尻尾。
舌で文字を書くし、尻尾で道具を使う。
視界が広いので、背中の殻に乗せたものも見えるようだ。
その姿は、イリアには、懐かしくて安心できるものだった。
昔母から聞いたおとぎ話に出てくるペドロという生き物に似ている。
大きさの縮尺は違うけれど、坑道の壁画にもたくさん書いてあった。おとぎ話の中では、彼らは知恵があっていつも優しくて、困ったときには助けてくれるのだ。
まぁ、こんなに大きくはなかったけれども。
イリアは手紙を持って出て行きたがったけれども、リノに強烈にとめられて、手紙を農園の植物にぶら下げるだけで引き上げた。
残念ながら、リノを始め海民の大勢は、本能的にペドロを気持ち悪がった。
目が、皮膚が、大きさが、耐えられないのだという。
殲滅を口走る輩が多く出る。
そんな馬鹿な。相手は人間が彼らの財産を荒らしたのを知っていながら攻撃してくる気配すらないのに。
ゼノがイリアの味方についてくれなかったら、あっという間に討伐隊が出ていただろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

俺様系和服社長の家庭教師になりました。

蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。  ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。  冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。  「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」  それから気づくと色の家庭教師になることに!?  期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、  俺様社長に翻弄される日々がスタートした。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

処理中です...