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ペドロの島から帰ります
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イリアの悲鳴を聞いたというリノの記憶をもとに探すと、エラブの艦のそばに、ペドロの洞窟から続く海側の出口が空いていた。
おお絶景ポイント兼釣りポイント。
渦の影響を心配したが、魚は面白いように釣れた。はじめのうちペドロは誰ひとり釣れなかったが、糸を直接舌で持つようにしたら面白いように釣れ始めた。
観念したのか、リノが積極的に協力してくれたので、針の作り方も紹介できた。
ハンサム・ペドロが粘土版を持ってきて指してくれる。
「嬉しい」「交換」
イリアも「嬉しい」と指したあと、「水」と「木材」を指して頭を下げた。
ハンサム・ペドロは、イリアを最初にみたのとは別の大きな農園に導いて、「りょーこそー」といった。
ペドロは気前がよく、物資の調達は順調だった。
それに水のたまる根っこの種は、イリアとリノをがぶりつき状態にさせた。塩分の高い土と海水の近くで、真水を作ることのできる植物。改良すれば、船の中で海水から真水をとれる日が来るかもしれない。
さすがにもらうものの方が多くて申し訳なくなったイリアは、せめて魚釣りを手伝うといったが、ペドロは自分で釣る方が楽しくなったようで、特に手伝うこともなかった。
ただ、船が直り、物資は積めても渦の動きは予想できなかった。
魚すら釣らなかったほどだ。農耕に特化したペドロは、渦についての情報をほとんど持っていない。
パールが観察した渦の記録をもとに、脱出計画を立てた。
基本的にはパールたちが島に近づいてきた方法の逆。
軽い船は重い船と結索し、各艦が連なるように錨をおろしながら尺取虫のように進む。
どうしても巻き込まれて持ちこたえられなそうな場合にはその艦を放棄して、前後の係留できている船に移動。ぶつかるのが中規模な渦までであれば、この方法で脱出できるはずだ。
渦がランダムなため、連なった船のどこで分断されるかわからない。
また、予想できない規模の渦もありうる。話し合いの末、墨の多い人間の中から判断が早く臨機応変との呼び声が高い人間を臨時に各艦の指揮官とすることになった。
先頭の船にパールが、一番状況連絡のつけやすい中央にエラブの艦が位置し、その二隻程後ろにリノとイリアが配置される。
マギは、しんがりの艦二隻の指揮を任されることに決定した。
ゼノもしんがりの艦に乗りたがったが、『あたしの出世を邪魔する気かい』とマギに凄まれて、仕方なく引き下がる。今回のミッションで必要とされる判断の早さや臨機応変さという点でいくと、墨の数を無視してでも、ゼノを支持する船員が大量に出る。墨の数が少ないのを盾にゼノは必至で抵抗し、最高責任者の地位回避してリノの艦にのった。マギのすぐ前の艦だったからだと思う。
しんがりで比較的重いマギの艦は、軽い艦とセットで出航する準備をしていた。
先の艦は順調に出航していく。
マギの艦も縦列に入るろうと進みはじめた。
だがその途端、マギの船は激しく跳ね飛ばされた。
なんだこれは。まさか座礁?
マギは激震の中を監視台に駆け上がり、予想外に陸に近いところで渦が起きようとしているのを見た。
暗礁などなかったはず、と過去の話をしても始まらない。岩のほうが近づいてきたのだ。
浅い海底が邪魔なのか、渦と呼べる形になるまでにはこれまで見たものより時間がかかりそうだ。その分剥ぎ取られるように何度も水位が上下し、突き刺さるように岩が船底を捉えていく。
水位が下がった時には結索された艦の重みで、不自然に艦がかしぐ。逆に起き始めた渦の中心は、結索された艦とは反対側にあり、水位が戻り始めると、艦は反対側にかしいだ。
船底をとらえた剣山のような岩はギリギリと音を立てて深くめり込んで行く。
「軽い方を脱出艦にする!墨がついてるやつは、こっちの船の主砲に枯葉詰めて錨を入れろ!ロープは脱出艦に結べ!終わったらとっとと乗り移れ!」
指示だけ出すと、マギは脱出艦とこの艦を結索してあるロープや鋲を外して回った。船体が激しく揺れるので、外したロープや引き抜けた鋲が周囲の板を裂きながら反動で激しく跳ね飛ぶ。いくつかはよけられなかった。いや、避けながら作業していたのではとても渦が広がる前に脱出艦を切り離せないのでよけることを諦めた。
あたた。マギは痛みに顔をしかめながらも、この艦にゼノがいないことにホッとする。流石にこんな場面に助けにはいられても助かりようがない。
終わった時には、マギの右半身は血まみれだった。右腕の付け根から吹き出す血を、見ている仲間の方が悲鳴を上げながら縛る。
だが、マギの声のハリは変わらない。
自分以外の全員を脱出艦に乗り移らせる。
「いいから!この艦が壊れるのは全然構わない。こちらに向けて取り敢えず大砲を弾があるだけ打ちつくして反動をとって。リノの艦から巻き上げが入るまでは漕げ。それが終わったら船室に戻ってひたすら体をくくりつけろっ!止まるなよ!三、二、一、GO!」
凄まじい音がして、マギの艦の中腹に穴があく。
同時に、串刺しになったマギの艦が渦を遮ってできた小さな隙間を縫うように、ふたまわりも小さな脱出艦は、砲撃の反動でエラブの艦に向かって進み始めた。渦の螺旋から外れていく。
「ひょぉっ。いったぁ」
揺れまくる艦の上で右半分を血に染めて。それでも明るく叫びながら、マギは今度は、自分の艦の大砲を前の艦に向けて打った。エラブの旗艦の次に大きく、リノとゼノの乗っている艦だ。枯葉を突き詰めて若干勢いを殺してある大砲から発射されたのは、ロープのついた錨。ロープの端はマギの船ではなく脱出艦に結んである。
錨がリノの艦の甲板に食い込んだ。よっしゃ。
船の損害を考えるとエラブには悪いが、リノの艦は大きさがある。
リノの艦が耐えられるように、脱出艦が渦の螺旋から外れてから錨を射ったし。リノの腕ならロープでつながったとしても自艦まで渦に巻き込まれるようなヘまはまずしない。それに艦にはゼノがいる。うぬぼれかもしれないが、マギが乗っていると思えば、脱出艦のロープを切ろうなんて案は、ゼノが叩き伏せるだろう。
潮の流れが変わるまでエラブの艦が係留されてくれれば脱出艦も助かるのだ。
錨を打った大砲の反動で、マギの艦は船底を引き裂きながら渦の方にずれた。浮力が消えて一時的に揺れがおさまり、その分酷い軋み音がする。もうしばらくすれば、艦は穴のあいた中腹から折れて渦の中に折りたたまれていくはずだ。
「ぷはぁー」
バリバリと音を立てながら、割れていこうとする甲板にどかっと腰を下ろして、マギは微笑んだ。
取り敢えず、やることやったあとは気持ちがいいものだ。
だが、そんな晴れやかな気分は数秒ともたなかった。
「やると思った」
明らかに自分の声ではない声。
しかも、聞きなれて、今、一番聞いてはいけない声。
ゼノ。なんで居る。
この船は、もうもたない。
助けにではなく死にに来るとは聞いてない。
真っ青になったマギに向かってゼノはいつもの声で呼びかけた。
「取り敢えず、お前のやることは邪魔してないぞ。気がすんだらちょっとこい」
ゼノは、直径三mはあろうかという大きな透明の水瓶から、コルク質のふたを押し上げて顔を出していた。ペドロからもらったあの半透明でまん丸の根っこだ。
半分ほどきれいな水が入っている。
できるなら、幻であってくれ。
祈りながら、マギがフラフラと近づく。
水瓶の外側には大雑把に足がかりが打ち込まれているが、怪我をしたマギが登るにはハードルが高かった。
だが、足がかりの一つにもたれるようにして目を閉じると、すごい力で引っ張り上げられた。
水瓶の中には、もう一つ小さな空の水瓶が浮かべられていて、マギはその中に下ろされた。コルクの蓋を占めて、蓋からのびた開閉用の紐をたどるように、ゼノが降りてくる。幻想的な光景ではあったが、残念ながら幻想ではない。
「なんで、こんなとこにいるのよ。ダメだろう。あんたは生きないと」
「この期に及んで、俺に説教しようとは、いい根性だな」
「あたしの、せいか?」
「俺がここにいる理由か?そりゃぁそうだろう」
「・・・悪かった、ね。何年も付き合わせた挙句こんなで」
「どういたしまして」
激しい音がして、周りが暗くなる。
もうすぐバラバラになるはずだ。
「まぁ、安心しろ。失敗したらちゃんと死ねるから。成功したらそれも良し。どっちの結果にしろ大した時間じゃないから付き合え」
マギはちょっと笑った。
「あんたが、あたしに付き合え、ねえ。初めてじゃないか?いいよ。いくらでも付き合う」
「じゃ、こんなのはどうだ?動じないと噂のゼノ君が、賭け事を前に心臓をバクバク言わせてる音。聞かせてやるから来いよ」
「ばか」
マギは言ったが、水瓶に浮かぶ小さな瓶のなかではどうくっつくかの問題に過ぎなかった。
ゼノに抱きかかえられると、本当に早くなっている心臓の音が聞こえる。
ひどく揺れて、何度も弾んで。マギたちが入っている瓶も水びたしだ。
落ちる。内蔵がせり上がる感覚がして、船が壊れたのがわかった。
周りが真っ暗になる。
ゼノには悪いけれど、こうして死ぬなら悪くない。
すっかり体をゼノに預けて、マギは力を抜いた。
薄暗い中で、コルクの天井がすごい速さでぐるぐる回るのがみえる。あれは現実だろうか。
ゼノとマギの乗っている小さな瓶は、その数十分の一もゆれて感じない。
船が壊れるときの突き飛ばすような揺れのあとは、ただゆらゆらとバランスをとるように小刻みに揺れる。
死ぬ前の時間は、人生を思い出して長く感じると聞いたことがあるが、そんな感じなのだろうかとマギは思った。
そんなに揺れて感じないけれど、きっと激しく揺れているはずだ。あの渦の中に呑まれたのだから。
きっと今は、死ぬ前に神様がくれた時間。揺れているなら、ちょっとぐらい、きっとバレない。
マギは目の前にあるゼノの胸の上に、心臓の音が一番聞こえる部分に、キスをした。
好きだったよ。ずっと。
マギは遠慮しなかった。半分、夢の中だと思っていたから。
だから、自分の額に、ゼノの唇の感触を覚えた時には、マギはとても驚いた。
あわてて目を開ける。
真っ暗だった周囲は、薄クリーム色に戻っていた。
死んだのか?それとも渦から出たのか?
死んだにしては、右半身の痛みがそのままというのはひどい話だ。
呆然としていると、ゼノが唇を重ねてくる。
あれえ?
死んでたら、これは拒んだらもったいない。
でも、生きてたら・・・いろいろ考えなければならないこともあるわけで。
「ちょ、っと、ちょっと待った。ねぇ、ゼノ?」
「ん?なに?トイレ?」
ばこっ。
左手でゼノの頭をはたきとばしてマギは我に返った。
このゼノの対応は、間違いなく現実だ!
「あのなぁ。夢か確かめるなら自分をはたけよ」
のんびりとしたゼノの声。
「生きてる?」
「知らなかったのかよ。ちぇ。珍しく迫ってくるからご褒美かと思ったら、保けてただけか」
「迫ってないっ。忘れてっ。今の!」
「わざわざ忘れなくたって、このまま漂流してたらいずれ死ぬって」
それはそうだ。神様がくれた死ぬ前の時間がちょっと伸びただけ。
客観的には、あのうずに巻き込まれて生きてるはずがない。生きているはずがない人間を、エラブは探さないだろう。一番近いはずのペドロの島は、もし方向がわかっても周りが渦だらけで帰れない。
だがそれでも、死の間際とは違うと思うのは、マギだけではないはずだ。
「あんたが死んでどうすんのよ!そういえばなんで来たのよ!とばっちりで死んだらただの莫迦でしょう?!」
思わず畳み掛けてしまう。
ゼノが、はいはいというふうに手を振った。
「大概ひどい言われようだな。取り敢えず、空気が淀むまえに蓋開けてみっか」
蓋からのびた紐を引っ張って器用に瓶を傾けると、ゼノは苦労して蓋を開けた。コルクをずらして少し平らなところを作り、そこにマギを座らせた。
周りは一面の海で、島も船も見えない。
「ケガ見せろ」
右半身は裂傷と激しく打ち付けたせいでよく動かない。だが出血のほとんどは腕と右肩の後ろあたりからだ。それもにじむレベルには収まってきている。ゼノは既にボロボロでぶらさがっているだけとなった右袖を破り取ると、傷を真水で洗った。
「リノの試作品らしいから効くかわからないけど一応くすりつけとく」
そういうと、腰に下げていた革袋から乾いた布を出し、布側に薬をつけてから腕と肩にまいた。不思議なことに、痛みが痺れに変わっていく。相変わらずリノは不思議なものを作る。
「ほかは?」
マギは、「ちょっとまって」といってあちこちやぶれた自分の服の中に頭を突っ込んで点検した。右胸から脇腹あたりにかけて細かい木片がいくつも刺さっているのを確認して、マギは「見ないでいい」と答える。
ゼノはギロリとマギを睨んで、いきなり服をはいだ。
「誰にも見えません」
「あんたガン見してるじゃない!」
「わかった。見ない」
そう言うとゼノは目をつぶり、唇と舌で木片を探った。見つけると吸い出す。
「きゃあ!」
「これぐらいの傷で悲鳴ってのは、らしくないんじゃないのか?」
傷は痛いが、気になるのはそっちじゃない。舌と唇と吸われる感触と。生々しいというかムズムズするというか。
木片の大き目のものはすぐに取れるが、小さく砕けて埋まったものは長く時間が掛かり、ゼノの感触でいっぱいになる。これは意識するなという方が無理だ。
「傷で叫んでるわけじゃない!」
マギは叫んだが、ゼノは木片を取り除くのをやめない。
「じゃ、なんだよ。他の男にされたかった?ルビ?」
「だれ?」
かなり本気の疑問形でマギが聞き返す。
「ルビだよ。マギの付き合っている男の中で珍しく手練れのやつ。伴侶候補だろ?」
そういえばやたらと熱心にいいよって来た砂の国の男がいたけれど、そんな名前だったかな?付き合っているというには浅い話だ。特に次に会う予定もしていない。
「名前忘れてた」
「あ、そ。じゃ、俺でいいじゃん」
俺でいい、だと?
「よく言う」
あんたに手を出さないためにどれだけ苦労したと思ってるんだ?マギは心の中で毒付く。
ゼノは、マギの体から顔を上げた。
残念ながら乾いた布はもうない。マギは絞っただけの服をずり上げた。
「さて、と。何日ぐらい生きてたい?」
軽い口調でゼノが聞く。
「四~五日かな。そのあとはまぁ、あんまり生きてたくない状態になるだろ」
マギはかなり楽観的な予想を答えた。実際はそこまで持つと思っていない。
いくら真水が大切でも、ずっと浸かっているわけには行かない。食べ物もないし、傷は膿むだろう。なにより体温が維持できていないのがわかる。ゼノを巻き込んだことを、マギはひたすら後悔した。たぶん自分は三日と持つまい。
「四~五日ね。そのあとがあったらマギは俺の伴侶でもいいわけか?」
「あの世の話?いくらでも付き合うけど、あんたはなるべく後からおいでよ。これ、あげるから」
マギは、腕輪を外して渡した。お守りだ。自害用の毒が入っている。マギはこれがあると安心できた。やることをやって、行けるところまで行って、どうしようもなくなったら、飲めばいいと思ってきた。
ゼノは、腕輪の意味をきっと間違わないだろう。これを持ったゼノが、マギが死んだあとも、ギリギリまで生きようとしてくれますように。
おお絶景ポイント兼釣りポイント。
渦の影響を心配したが、魚は面白いように釣れた。はじめのうちペドロは誰ひとり釣れなかったが、糸を直接舌で持つようにしたら面白いように釣れ始めた。
観念したのか、リノが積極的に協力してくれたので、針の作り方も紹介できた。
ハンサム・ペドロが粘土版を持ってきて指してくれる。
「嬉しい」「交換」
イリアも「嬉しい」と指したあと、「水」と「木材」を指して頭を下げた。
ハンサム・ペドロは、イリアを最初にみたのとは別の大きな農園に導いて、「りょーこそー」といった。
ペドロは気前がよく、物資の調達は順調だった。
それに水のたまる根っこの種は、イリアとリノをがぶりつき状態にさせた。塩分の高い土と海水の近くで、真水を作ることのできる植物。改良すれば、船の中で海水から真水をとれる日が来るかもしれない。
さすがにもらうものの方が多くて申し訳なくなったイリアは、せめて魚釣りを手伝うといったが、ペドロは自分で釣る方が楽しくなったようで、特に手伝うこともなかった。
ただ、船が直り、物資は積めても渦の動きは予想できなかった。
魚すら釣らなかったほどだ。農耕に特化したペドロは、渦についての情報をほとんど持っていない。
パールが観察した渦の記録をもとに、脱出計画を立てた。
基本的にはパールたちが島に近づいてきた方法の逆。
軽い船は重い船と結索し、各艦が連なるように錨をおろしながら尺取虫のように進む。
どうしても巻き込まれて持ちこたえられなそうな場合にはその艦を放棄して、前後の係留できている船に移動。ぶつかるのが中規模な渦までであれば、この方法で脱出できるはずだ。
渦がランダムなため、連なった船のどこで分断されるかわからない。
また、予想できない規模の渦もありうる。話し合いの末、墨の多い人間の中から判断が早く臨機応変との呼び声が高い人間を臨時に各艦の指揮官とすることになった。
先頭の船にパールが、一番状況連絡のつけやすい中央にエラブの艦が位置し、その二隻程後ろにリノとイリアが配置される。
マギは、しんがりの艦二隻の指揮を任されることに決定した。
ゼノもしんがりの艦に乗りたがったが、『あたしの出世を邪魔する気かい』とマギに凄まれて、仕方なく引き下がる。今回のミッションで必要とされる判断の早さや臨機応変さという点でいくと、墨の数を無視してでも、ゼノを支持する船員が大量に出る。墨の数が少ないのを盾にゼノは必至で抵抗し、最高責任者の地位回避してリノの艦にのった。マギのすぐ前の艦だったからだと思う。
しんがりで比較的重いマギの艦は、軽い艦とセットで出航する準備をしていた。
先の艦は順調に出航していく。
マギの艦も縦列に入るろうと進みはじめた。
だがその途端、マギの船は激しく跳ね飛ばされた。
なんだこれは。まさか座礁?
マギは激震の中を監視台に駆け上がり、予想外に陸に近いところで渦が起きようとしているのを見た。
暗礁などなかったはず、と過去の話をしても始まらない。岩のほうが近づいてきたのだ。
浅い海底が邪魔なのか、渦と呼べる形になるまでにはこれまで見たものより時間がかかりそうだ。その分剥ぎ取られるように何度も水位が上下し、突き刺さるように岩が船底を捉えていく。
水位が下がった時には結索された艦の重みで、不自然に艦がかしぐ。逆に起き始めた渦の中心は、結索された艦とは反対側にあり、水位が戻り始めると、艦は反対側にかしいだ。
船底をとらえた剣山のような岩はギリギリと音を立てて深くめり込んで行く。
「軽い方を脱出艦にする!墨がついてるやつは、こっちの船の主砲に枯葉詰めて錨を入れろ!ロープは脱出艦に結べ!終わったらとっとと乗り移れ!」
指示だけ出すと、マギは脱出艦とこの艦を結索してあるロープや鋲を外して回った。船体が激しく揺れるので、外したロープや引き抜けた鋲が周囲の板を裂きながら反動で激しく跳ね飛ぶ。いくつかはよけられなかった。いや、避けながら作業していたのではとても渦が広がる前に脱出艦を切り離せないのでよけることを諦めた。
あたた。マギは痛みに顔をしかめながらも、この艦にゼノがいないことにホッとする。流石にこんな場面に助けにはいられても助かりようがない。
終わった時には、マギの右半身は血まみれだった。右腕の付け根から吹き出す血を、見ている仲間の方が悲鳴を上げながら縛る。
だが、マギの声のハリは変わらない。
自分以外の全員を脱出艦に乗り移らせる。
「いいから!この艦が壊れるのは全然構わない。こちらに向けて取り敢えず大砲を弾があるだけ打ちつくして反動をとって。リノの艦から巻き上げが入るまでは漕げ。それが終わったら船室に戻ってひたすら体をくくりつけろっ!止まるなよ!三、二、一、GO!」
凄まじい音がして、マギの艦の中腹に穴があく。
同時に、串刺しになったマギの艦が渦を遮ってできた小さな隙間を縫うように、ふたまわりも小さな脱出艦は、砲撃の反動でエラブの艦に向かって進み始めた。渦の螺旋から外れていく。
「ひょぉっ。いったぁ」
揺れまくる艦の上で右半分を血に染めて。それでも明るく叫びながら、マギは今度は、自分の艦の大砲を前の艦に向けて打った。エラブの旗艦の次に大きく、リノとゼノの乗っている艦だ。枯葉を突き詰めて若干勢いを殺してある大砲から発射されたのは、ロープのついた錨。ロープの端はマギの船ではなく脱出艦に結んである。
錨がリノの艦の甲板に食い込んだ。よっしゃ。
船の損害を考えるとエラブには悪いが、リノの艦は大きさがある。
リノの艦が耐えられるように、脱出艦が渦の螺旋から外れてから錨を射ったし。リノの腕ならロープでつながったとしても自艦まで渦に巻き込まれるようなヘまはまずしない。それに艦にはゼノがいる。うぬぼれかもしれないが、マギが乗っていると思えば、脱出艦のロープを切ろうなんて案は、ゼノが叩き伏せるだろう。
潮の流れが変わるまでエラブの艦が係留されてくれれば脱出艦も助かるのだ。
錨を打った大砲の反動で、マギの艦は船底を引き裂きながら渦の方にずれた。浮力が消えて一時的に揺れがおさまり、その分酷い軋み音がする。もうしばらくすれば、艦は穴のあいた中腹から折れて渦の中に折りたたまれていくはずだ。
「ぷはぁー」
バリバリと音を立てながら、割れていこうとする甲板にどかっと腰を下ろして、マギは微笑んだ。
取り敢えず、やることやったあとは気持ちがいいものだ。
だが、そんな晴れやかな気分は数秒ともたなかった。
「やると思った」
明らかに自分の声ではない声。
しかも、聞きなれて、今、一番聞いてはいけない声。
ゼノ。なんで居る。
この船は、もうもたない。
助けにではなく死にに来るとは聞いてない。
真っ青になったマギに向かってゼノはいつもの声で呼びかけた。
「取り敢えず、お前のやることは邪魔してないぞ。気がすんだらちょっとこい」
ゼノは、直径三mはあろうかという大きな透明の水瓶から、コルク質のふたを押し上げて顔を出していた。ペドロからもらったあの半透明でまん丸の根っこだ。
半分ほどきれいな水が入っている。
できるなら、幻であってくれ。
祈りながら、マギがフラフラと近づく。
水瓶の外側には大雑把に足がかりが打ち込まれているが、怪我をしたマギが登るにはハードルが高かった。
だが、足がかりの一つにもたれるようにして目を閉じると、すごい力で引っ張り上げられた。
水瓶の中には、もう一つ小さな空の水瓶が浮かべられていて、マギはその中に下ろされた。コルクの蓋を占めて、蓋からのびた開閉用の紐をたどるように、ゼノが降りてくる。幻想的な光景ではあったが、残念ながら幻想ではない。
「なんで、こんなとこにいるのよ。ダメだろう。あんたは生きないと」
「この期に及んで、俺に説教しようとは、いい根性だな」
「あたしの、せいか?」
「俺がここにいる理由か?そりゃぁそうだろう」
「・・・悪かった、ね。何年も付き合わせた挙句こんなで」
「どういたしまして」
激しい音がして、周りが暗くなる。
もうすぐバラバラになるはずだ。
「まぁ、安心しろ。失敗したらちゃんと死ねるから。成功したらそれも良し。どっちの結果にしろ大した時間じゃないから付き合え」
マギはちょっと笑った。
「あんたが、あたしに付き合え、ねえ。初めてじゃないか?いいよ。いくらでも付き合う」
「じゃ、こんなのはどうだ?動じないと噂のゼノ君が、賭け事を前に心臓をバクバク言わせてる音。聞かせてやるから来いよ」
「ばか」
マギは言ったが、水瓶に浮かぶ小さな瓶のなかではどうくっつくかの問題に過ぎなかった。
ゼノに抱きかかえられると、本当に早くなっている心臓の音が聞こえる。
ひどく揺れて、何度も弾んで。マギたちが入っている瓶も水びたしだ。
落ちる。内蔵がせり上がる感覚がして、船が壊れたのがわかった。
周りが真っ暗になる。
ゼノには悪いけれど、こうして死ぬなら悪くない。
すっかり体をゼノに預けて、マギは力を抜いた。
薄暗い中で、コルクの天井がすごい速さでぐるぐる回るのがみえる。あれは現実だろうか。
ゼノとマギの乗っている小さな瓶は、その数十分の一もゆれて感じない。
船が壊れるときの突き飛ばすような揺れのあとは、ただゆらゆらとバランスをとるように小刻みに揺れる。
死ぬ前の時間は、人生を思い出して長く感じると聞いたことがあるが、そんな感じなのだろうかとマギは思った。
そんなに揺れて感じないけれど、きっと激しく揺れているはずだ。あの渦の中に呑まれたのだから。
きっと今は、死ぬ前に神様がくれた時間。揺れているなら、ちょっとぐらい、きっとバレない。
マギは目の前にあるゼノの胸の上に、心臓の音が一番聞こえる部分に、キスをした。
好きだったよ。ずっと。
マギは遠慮しなかった。半分、夢の中だと思っていたから。
だから、自分の額に、ゼノの唇の感触を覚えた時には、マギはとても驚いた。
あわてて目を開ける。
真っ暗だった周囲は、薄クリーム色に戻っていた。
死んだのか?それとも渦から出たのか?
死んだにしては、右半身の痛みがそのままというのはひどい話だ。
呆然としていると、ゼノが唇を重ねてくる。
あれえ?
死んでたら、これは拒んだらもったいない。
でも、生きてたら・・・いろいろ考えなければならないこともあるわけで。
「ちょ、っと、ちょっと待った。ねぇ、ゼノ?」
「ん?なに?トイレ?」
ばこっ。
左手でゼノの頭をはたきとばしてマギは我に返った。
このゼノの対応は、間違いなく現実だ!
「あのなぁ。夢か確かめるなら自分をはたけよ」
のんびりとしたゼノの声。
「生きてる?」
「知らなかったのかよ。ちぇ。珍しく迫ってくるからご褒美かと思ったら、保けてただけか」
「迫ってないっ。忘れてっ。今の!」
「わざわざ忘れなくたって、このまま漂流してたらいずれ死ぬって」
それはそうだ。神様がくれた死ぬ前の時間がちょっと伸びただけ。
客観的には、あのうずに巻き込まれて生きてるはずがない。生きているはずがない人間を、エラブは探さないだろう。一番近いはずのペドロの島は、もし方向がわかっても周りが渦だらけで帰れない。
だがそれでも、死の間際とは違うと思うのは、マギだけではないはずだ。
「あんたが死んでどうすんのよ!そういえばなんで来たのよ!とばっちりで死んだらただの莫迦でしょう?!」
思わず畳み掛けてしまう。
ゼノが、はいはいというふうに手を振った。
「大概ひどい言われようだな。取り敢えず、空気が淀むまえに蓋開けてみっか」
蓋からのびた紐を引っ張って器用に瓶を傾けると、ゼノは苦労して蓋を開けた。コルクをずらして少し平らなところを作り、そこにマギを座らせた。
周りは一面の海で、島も船も見えない。
「ケガ見せろ」
右半身は裂傷と激しく打ち付けたせいでよく動かない。だが出血のほとんどは腕と右肩の後ろあたりからだ。それもにじむレベルには収まってきている。ゼノは既にボロボロでぶらさがっているだけとなった右袖を破り取ると、傷を真水で洗った。
「リノの試作品らしいから効くかわからないけど一応くすりつけとく」
そういうと、腰に下げていた革袋から乾いた布を出し、布側に薬をつけてから腕と肩にまいた。不思議なことに、痛みが痺れに変わっていく。相変わらずリノは不思議なものを作る。
「ほかは?」
マギは、「ちょっとまって」といってあちこちやぶれた自分の服の中に頭を突っ込んで点検した。右胸から脇腹あたりにかけて細かい木片がいくつも刺さっているのを確認して、マギは「見ないでいい」と答える。
ゼノはギロリとマギを睨んで、いきなり服をはいだ。
「誰にも見えません」
「あんたガン見してるじゃない!」
「わかった。見ない」
そう言うとゼノは目をつぶり、唇と舌で木片を探った。見つけると吸い出す。
「きゃあ!」
「これぐらいの傷で悲鳴ってのは、らしくないんじゃないのか?」
傷は痛いが、気になるのはそっちじゃない。舌と唇と吸われる感触と。生々しいというかムズムズするというか。
木片の大き目のものはすぐに取れるが、小さく砕けて埋まったものは長く時間が掛かり、ゼノの感触でいっぱいになる。これは意識するなという方が無理だ。
「傷で叫んでるわけじゃない!」
マギは叫んだが、ゼノは木片を取り除くのをやめない。
「じゃ、なんだよ。他の男にされたかった?ルビ?」
「だれ?」
かなり本気の疑問形でマギが聞き返す。
「ルビだよ。マギの付き合っている男の中で珍しく手練れのやつ。伴侶候補だろ?」
そういえばやたらと熱心にいいよって来た砂の国の男がいたけれど、そんな名前だったかな?付き合っているというには浅い話だ。特に次に会う予定もしていない。
「名前忘れてた」
「あ、そ。じゃ、俺でいいじゃん」
俺でいい、だと?
「よく言う」
あんたに手を出さないためにどれだけ苦労したと思ってるんだ?マギは心の中で毒付く。
ゼノは、マギの体から顔を上げた。
残念ながら乾いた布はもうない。マギは絞っただけの服をずり上げた。
「さて、と。何日ぐらい生きてたい?」
軽い口調でゼノが聞く。
「四~五日かな。そのあとはまぁ、あんまり生きてたくない状態になるだろ」
マギはかなり楽観的な予想を答えた。実際はそこまで持つと思っていない。
いくら真水が大切でも、ずっと浸かっているわけには行かない。食べ物もないし、傷は膿むだろう。なにより体温が維持できていないのがわかる。ゼノを巻き込んだことを、マギはひたすら後悔した。たぶん自分は三日と持つまい。
「四~五日ね。そのあとがあったらマギは俺の伴侶でもいいわけか?」
「あの世の話?いくらでも付き合うけど、あんたはなるべく後からおいでよ。これ、あげるから」
マギは、腕輪を外して渡した。お守りだ。自害用の毒が入っている。マギはこれがあると安心できた。やることをやって、行けるところまで行って、どうしようもなくなったら、飲めばいいと思ってきた。
ゼノは、腕輪の意味をきっと間違わないだろう。これを持ったゼノが、マギが死んだあとも、ギリギリまで生きようとしてくれますように。
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