手負いですが恋愛してみせます ~ 痛がり2 ~

白い靴下の猫

文字の大きさ
13 / 67

13 アレロケミカル

しおりを挟む
レノに打たれた注射の中身が何かは、なかなかわからなかった。
部族の有力者たちにマワさせる予定だったのだ。潜伏期間が短い病原体ではない気がする。

一応マッドさんにウィルス感染から、麻薬の類、寄生虫の卵まで、調べてもらったが、現状それらは陰性だった。
自覚症状もほぼないし、発熱などもなかった。

案の定、ではある。
あの長老とやらの言葉を信じるなら、あかりの役割は、シューバの母親の死と絡められた洗脳のイニシエーターだ。
そう伝えると、マッドさんにしては珍しく忌々しげな顔をして、脳神経が専門のノーキンさんを連れて来て、長い時間検査をした。

結果、あかりの体からは、自分の不安や恐怖を脳で増強させ、恐怖を感じた時の体臭というか警報フェロモンみたいなものを増やすエンハンサーが見つかった。中身は人工核酸と多糖類の徐放基材らしく、すっかり体内に広がった後だった。

顕著な効果は、恐怖を感じた時に通った脳神経の部分に信号が流れやすくなることだそうだ。一度感じた恐怖がなかなか消えず、何度も思い出し、勝手に増幅する。
そうしてもう一つの効果。その恐怖を感じ続けると、人為的な体臭変化がおきる。

結構高度な技術で、レノとラノンがもっていた洗脳技術の派生版らしい。
ノーキンとマッドさんは、人為的な体臭とやらの元を、アレロケミカルと表現した。

普通、同種族を誘引したり、警戒させたりするために出す物質はフェロモンと呼ぶらしい。だけど、木が蛾の匂いをさせて呼ぶとか、異種族を操る場合はアレロパシー。そのもとになる化合物がアレロケミカル。

私もシューバも彼のお母さんも人間って言う括りは一緒なわけで、ほんとうは、アレロケミカルって表現は変なのだけれど、その物質を感知した時の反応が、作り手側の勝手な都合で設計されているので、フェロモンではないのだと。

どちらかと言うと、寄生生物が宿主の脳を乗っ取るときに使う系統?
で、想像に難くなく、このアレロケミカルの質が悪かった。

恐怖心を伝染させた挙句、脳内伝達物質のレセプターを変形させて、自尊心とか、反抗心とか、怒りとか、そういった興奮が伴う自発的な心を折るのだと。

簡単にいうと、ひとりの人間を恐怖させるだけで、周りの人間も恐怖で服従させることができる統制システム?
恐怖におののき続ける個体が居れば、ラノンのそばで彼に跪く人間は、全員、心から恐れ入っているわけだ。

外面だけ崇拝するふりをして、裏で笑われているかもとか、面従腹背を心配する必要はない。
気の毒なシューバの母に振られた役割は、甚振られ、恐怖でその変なアレロケミカルを産むことだったのかもしれない。

そしてあかりに打たれた量は、一度に打たれるにしてはかなり多いらしい。
ひと月もあれば、増幅していく恐怖に耐えられなくなり、自分の首を掻き切る羽目になるレベルだそうだ。
恐怖でズタズタにしてシューバのもとに返した後、間違っても生き延びることがないよう、念には念を入れたと言うと感じだろうか。

何というか、もう、ラノンの歪みっぷりは、サディスト云々というカテゴリーに入るかすら怪しいと思う。

ラノンは、優すら認める頭の良い男で、奇跡的な成功を納めたホゴラシュの英雄だったはずなのに。
なんだって裏で笑われているかもとか、ミクロン単位の不確定が許せないのだか。

レノは、そんな父親と母親を持ったシューバを自分の操り人形にすべく、洗脳だか暗示だかを仕掛けた。

それだけ悪趣味な下地があれば、シューバに、母親を殺しただの、恨まれていただの、生まれながらの怪物だのと思い込ませるのも、その絶望からの解放を餌にレノに跪かせることも、腹が立つほど簡単だろう。

強姦だの暴力だのでもうろうとしたあかりに、この恐怖はシューバのせいだと刷り込めばどうなったとおもうかと、ノーキンは聞いた。

簡単だ。あかりはシューバを見るたびに恐怖を強め、母親が死ぬ前と同じ匂いをさせながら、シューバの洗脳の蓋を開ける。
あかりはシューバの絶望に、シューバはあかりの恐怖になる。

母親とあかりと。
自分を救ってくれると信じていた人間、無条件に愛して良いはずの人間が、自分に恐怖して死んでいく。
その罪悪感と絶望と苦痛と。
シューバが、それから逃れるためには、レノへの服従あるのみ、といったところか。

だからレノは、ホゴラシュの実質的な王が、自分にだけは無力な子どもなのだと信じられたのだ。自分はシューバを操り人形にできる。キュニ人は、タキュ人を支配できる。と。

計算としてはたぶんそんなところだ、と、ノーキンは肩をすくめた。

さとるによる救出が早くて、あかりがシューバに恐怖を感じる前に逃げ出せたからと言って、あかりに注射されたエンハンサーが消えたわけではない。

きっかけは、拉致と暴行だけで十分かもしれない。
性的な接触を恐れたら?男を恐れたら?
始まりは些細でも、勝手に脳内の信号は繰り返し、時間と共に恐怖は蓄積しかねない。

結局あかりは、ホワイト・プログラムを使って、自分の記憶と恐怖心の方を切った。
それはもう早急に、大雑把に。
コンピューターウィルスの侵入を防ぐためにネット回線をぶっこぬく感じで、物理的に抵抗したのだ。

エンハンサー自体がいつまで続くかは個体差もあってはっきりしないが、所詮人工核酸と人工多糖。効果はもって数年。激烈なのは、2年程度で、その後は、体内で消化されて終わるはず。

だから、一旦シューバから引いた。
自分が乱暴されたメンタルの回復なんておまけだ。
日本に帰ってまで距離をあけ、記憶を消してまで時間をあけ。

ホワイト・プログラムで恐怖のもとになりそうな記憶を消し、さらに恐怖を感じる脳そのものを鈍らせて、世界で最も安全といわれる日本で、警戒はボディーガード慣れした親戚に任せて。
せいぜい大学の単位を落とすのが怖い、という環境の中で、2年半。
できることは全てした。

そりゃ、勘も鈍るし、そんな警戒感のなさでホゴラシュをほてほてと歩けば死に損なうに決まっている。

だが、あかりが怖がったのは、一つだけ。
自分がシューバを恐怖して彼に絶望を呼ぶこと。

やれやれ、我ながらけなげなことだ。
そして、だんだんと手足の先に熱が、心に感情がもどってきて・・・大きなため息をひとつ。

あー、だから、シューバを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺

NOV
恋愛
俺の名前は『五十鈴 隆』 四十九歳の独身だ。 俺は最近、リストラにあい、それが理由で新たな職も探すことなく引きこもり生活が続いていた。 そんなある日、家に客が来る。 その客は喪服を着ている女性で俺の小・中学校時代の大先輩の鎌田志保さんだった。 志保さんは若い頃、幼稚園の先生をしていたんだが…… その志保さんは今から『幼稚園の先生時代』の先輩だった人の『告別式』に行くということだった。 しかし告別式に行く前にその亡くなった先輩がもしかすると俺の知っている先生かもしれないと思い俺に確認しに来たそうだ。 でも亡くなった先生の名前は『山本香織』……俺は名前を聞いても覚えていなかった。 しかし志保さんが帰り際に先輩の旧姓を言った途端、俺の身体に衝撃が走る。 旧姓「常谷香織」…… 常谷……つ、つ、つねちゃん!! あの『つねちゃん』が…… 亡くなった先輩、その人こそ俺が大好きだった人、一番お世話になった人、『常谷香織』先生だったのだ。 その時から俺の頭のでは『つねちゃん』との思い出が次から次へと甦ってくる。 そして俺は気付いたんだ。『つねちゃん』は俺の初恋の人なんだと…… それに気付くと同時に俺は卒園してから一度も『つねちゃん』に会っていなかったことを後悔する。 何で俺はあれだけ好きだった『つねちゃん』に会わなかったんだ!? もし会っていたら……ずっと付き合いが続いていたら……俺がもっと大事にしていれば……俺が『つねちゃん』と結婚していたら……俺が『つねちゃん』を幸せにしてあげたかった…… あくる日、最近、頻繁に起こる頭痛に悩まされていた俺に今までで一番の激痛が起こった!! あまりの激痛に布団に潜り込み目を閉じていたが少しずつ痛みが和らいできたので俺はゆっくり目を開けたのだが…… 目を開けた瞬間、どこか懐かしい光景が目の前に現れる。 何で部屋にいるはずの俺が駅のプラットホームにいるんだ!? 母さんが俺よりも身長が高いうえに若く見えるぞ。 俺の手ってこんなにも小さかったか? そ、それに……な、なぜ俺の目の前に……あ、あの、つねちゃんがいるんだ!? これは夢なのか? それとも……

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...