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13 アレロケミカル
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レノに打たれた注射の中身が何かは、なかなかわからなかった。
部族の有力者たちにマワさせる予定だったのだ。潜伏期間が短い病原体ではない気がする。
一応マッドさんにウィルス感染から、麻薬の類、寄生虫の卵まで、調べてもらったが、現状それらは陰性だった。
自覚症状もほぼないし、発熱などもなかった。
案の定、ではある。
あの長老とやらの言葉を信じるなら、あかりの役割は、シューバの母親の死と絡められた洗脳のイニシエーターだ。
そう伝えると、マッドさんにしては珍しく忌々しげな顔をして、脳神経が専門のノーキンさんを連れて来て、長い時間検査をした。
結果、あかりの体からは、自分の不安や恐怖を脳で増強させ、恐怖を感じた時の体臭というか警報フェロモンみたいなものを増やすエンハンサーが見つかった。中身は人工核酸と多糖類の徐放基材らしく、すっかり体内に広がった後だった。
顕著な効果は、恐怖を感じた時に通った脳神経の部分に信号が流れやすくなることだそうだ。一度感じた恐怖がなかなか消えず、何度も思い出し、勝手に増幅する。
そうしてもう一つの効果。その恐怖を感じ続けると、人為的な体臭変化がおきる。
結構高度な技術で、レノとラノンがもっていた洗脳技術の派生版らしい。
ノーキンとマッドさんは、人為的な体臭とやらの元を、アレロケミカルと表現した。
普通、同種族を誘引したり、警戒させたりするために出す物質はフェロモンと呼ぶらしい。だけど、木が蛾の匂いをさせて呼ぶとか、異種族を操る場合はアレロパシー。そのもとになる化合物がアレロケミカル。
私もシューバも彼のお母さんも人間って言う括りは一緒なわけで、ほんとうは、アレロケミカルって表現は変なのだけれど、その物質を感知した時の反応が、作り手側の勝手な都合で設計されているので、フェロモンではないのだと。
どちらかと言うと、寄生生物が宿主の脳を乗っ取るときに使う系統?
で、想像に難くなく、このアレロケミカルの質が悪かった。
恐怖心を伝染させた挙句、脳内伝達物質のレセプターを変形させて、自尊心とか、反抗心とか、怒りとか、そういった興奮が伴う自発的な心を折るのだと。
簡単にいうと、ひとりの人間を恐怖させるだけで、周りの人間も恐怖で服従させることができる統制システム?
恐怖におののき続ける個体が居れば、ラノンのそばで彼に跪く人間は、全員、心から恐れ入っているわけだ。
外面だけ崇拝するふりをして、裏で笑われているかもとか、面従腹背を心配する必要はない。
気の毒なシューバの母に振られた役割は、甚振られ、恐怖でその変なアレロケミカルを産むことだったのかもしれない。
そしてあかりに打たれた量は、一度に打たれるにしてはかなり多いらしい。
ひと月もあれば、増幅していく恐怖に耐えられなくなり、自分の首を掻き切る羽目になるレベルだそうだ。
恐怖でズタズタにしてシューバのもとに返した後、間違っても生き延びることがないよう、念には念を入れたと言うと感じだろうか。
何というか、もう、ラノンの歪みっぷりは、サディスト云々というカテゴリーに入るかすら怪しいと思う。
ラノンは、優すら認める頭の良い男で、奇跡的な成功を納めたホゴラシュの英雄だったはずなのに。
なんだって裏で笑われているかもとか、ミクロン単位の不確定が許せないのだか。
レノは、そんな父親と母親を持ったシューバを自分の操り人形にすべく、洗脳だか暗示だかを仕掛けた。
それだけ悪趣味な下地があれば、シューバに、母親を殺しただの、恨まれていただの、生まれながらの怪物だのと思い込ませるのも、その絶望からの解放を餌にレノに跪かせることも、腹が立つほど簡単だろう。
強姦だの暴力だのでもうろうとしたあかりに、この恐怖はシューバのせいだと刷り込めばどうなったとおもうかと、ノーキンは聞いた。
簡単だ。あかりはシューバを見るたびに恐怖を強め、母親が死ぬ前と同じ匂いをさせながら、シューバの洗脳の蓋を開ける。
あかりはシューバの絶望に、シューバはあかりの恐怖になる。
母親とあかりと。
自分を救ってくれると信じていた人間、無条件に愛して良いはずの人間が、自分に恐怖して死んでいく。
その罪悪感と絶望と苦痛と。
シューバが、それから逃れるためには、レノへの服従あるのみ、といったところか。
だからレノは、ホゴラシュの実質的な王が、自分にだけは無力な子どもなのだと信じられたのだ。自分はシューバを操り人形にできる。キュニ人は、タキュ人を支配できる。と。
計算としてはたぶんそんなところだ、と、ノーキンは肩をすくめた。
さとるによる救出が早くて、あかりがシューバに恐怖を感じる前に逃げ出せたからと言って、あかりに注射されたエンハンサーが消えたわけではない。
きっかけは、拉致と暴行だけで十分かもしれない。
性的な接触を恐れたら?男を恐れたら?
始まりは些細でも、勝手に脳内の信号は繰り返し、時間と共に恐怖は蓄積しかねない。
結局あかりは、ホワイト・プログラムを使って、自分の記憶と恐怖心の方を切った。
それはもう早急に、大雑把に。
コンピューターウィルスの侵入を防ぐためにネット回線をぶっこぬく感じで、物理的に抵抗したのだ。
エンハンサー自体がいつまで続くかは個体差もあってはっきりしないが、所詮人工核酸と人工多糖。効果はもって数年。激烈なのは、2年程度で、その後は、体内で消化されて終わるはず。
だから、一旦シューバから引いた。
自分が乱暴されたメンタルの回復なんておまけだ。
日本に帰ってまで距離をあけ、記憶を消してまで時間をあけ。
ホワイト・プログラムで恐怖のもとになりそうな記憶を消し、さらに恐怖を感じる脳そのものを鈍らせて、世界で最も安全といわれる日本で、警戒はボディーガード慣れした親戚に任せて。
せいぜい大学の単位を落とすのが怖い、という環境の中で、2年半。
できることは全てした。
そりゃ、勘も鈍るし、そんな警戒感のなさでホゴラシュをほてほてと歩けば死に損なうに決まっている。
だが、あかりが怖がったのは、一つだけ。
自分がシューバを恐怖して彼に絶望を呼ぶこと。
やれやれ、我ながらけなげなことだ。
そして、だんだんと手足の先に熱が、心に感情がもどってきて・・・大きなため息をひとつ。
あー、だから、シューバを。
部族の有力者たちにマワさせる予定だったのだ。潜伏期間が短い病原体ではない気がする。
一応マッドさんにウィルス感染から、麻薬の類、寄生虫の卵まで、調べてもらったが、現状それらは陰性だった。
自覚症状もほぼないし、発熱などもなかった。
案の定、ではある。
あの長老とやらの言葉を信じるなら、あかりの役割は、シューバの母親の死と絡められた洗脳のイニシエーターだ。
そう伝えると、マッドさんにしては珍しく忌々しげな顔をして、脳神経が専門のノーキンさんを連れて来て、長い時間検査をした。
結果、あかりの体からは、自分の不安や恐怖を脳で増強させ、恐怖を感じた時の体臭というか警報フェロモンみたいなものを増やすエンハンサーが見つかった。中身は人工核酸と多糖類の徐放基材らしく、すっかり体内に広がった後だった。
顕著な効果は、恐怖を感じた時に通った脳神経の部分に信号が流れやすくなることだそうだ。一度感じた恐怖がなかなか消えず、何度も思い出し、勝手に増幅する。
そうしてもう一つの効果。その恐怖を感じ続けると、人為的な体臭変化がおきる。
結構高度な技術で、レノとラノンがもっていた洗脳技術の派生版らしい。
ノーキンとマッドさんは、人為的な体臭とやらの元を、アレロケミカルと表現した。
普通、同種族を誘引したり、警戒させたりするために出す物質はフェロモンと呼ぶらしい。だけど、木が蛾の匂いをさせて呼ぶとか、異種族を操る場合はアレロパシー。そのもとになる化合物がアレロケミカル。
私もシューバも彼のお母さんも人間って言う括りは一緒なわけで、ほんとうは、アレロケミカルって表現は変なのだけれど、その物質を感知した時の反応が、作り手側の勝手な都合で設計されているので、フェロモンではないのだと。
どちらかと言うと、寄生生物が宿主の脳を乗っ取るときに使う系統?
で、想像に難くなく、このアレロケミカルの質が悪かった。
恐怖心を伝染させた挙句、脳内伝達物質のレセプターを変形させて、自尊心とか、反抗心とか、怒りとか、そういった興奮が伴う自発的な心を折るのだと。
簡単にいうと、ひとりの人間を恐怖させるだけで、周りの人間も恐怖で服従させることができる統制システム?
恐怖におののき続ける個体が居れば、ラノンのそばで彼に跪く人間は、全員、心から恐れ入っているわけだ。
外面だけ崇拝するふりをして、裏で笑われているかもとか、面従腹背を心配する必要はない。
気の毒なシューバの母に振られた役割は、甚振られ、恐怖でその変なアレロケミカルを産むことだったのかもしれない。
そしてあかりに打たれた量は、一度に打たれるにしてはかなり多いらしい。
ひと月もあれば、増幅していく恐怖に耐えられなくなり、自分の首を掻き切る羽目になるレベルだそうだ。
恐怖でズタズタにしてシューバのもとに返した後、間違っても生き延びることがないよう、念には念を入れたと言うと感じだろうか。
何というか、もう、ラノンの歪みっぷりは、サディスト云々というカテゴリーに入るかすら怪しいと思う。
ラノンは、優すら認める頭の良い男で、奇跡的な成功を納めたホゴラシュの英雄だったはずなのに。
なんだって裏で笑われているかもとか、ミクロン単位の不確定が許せないのだか。
レノは、そんな父親と母親を持ったシューバを自分の操り人形にすべく、洗脳だか暗示だかを仕掛けた。
それだけ悪趣味な下地があれば、シューバに、母親を殺しただの、恨まれていただの、生まれながらの怪物だのと思い込ませるのも、その絶望からの解放を餌にレノに跪かせることも、腹が立つほど簡単だろう。
強姦だの暴力だのでもうろうとしたあかりに、この恐怖はシューバのせいだと刷り込めばどうなったとおもうかと、ノーキンは聞いた。
簡単だ。あかりはシューバを見るたびに恐怖を強め、母親が死ぬ前と同じ匂いをさせながら、シューバの洗脳の蓋を開ける。
あかりはシューバの絶望に、シューバはあかりの恐怖になる。
母親とあかりと。
自分を救ってくれると信じていた人間、無条件に愛して良いはずの人間が、自分に恐怖して死んでいく。
その罪悪感と絶望と苦痛と。
シューバが、それから逃れるためには、レノへの服従あるのみ、といったところか。
だからレノは、ホゴラシュの実質的な王が、自分にだけは無力な子どもなのだと信じられたのだ。自分はシューバを操り人形にできる。キュニ人は、タキュ人を支配できる。と。
計算としてはたぶんそんなところだ、と、ノーキンは肩をすくめた。
さとるによる救出が早くて、あかりがシューバに恐怖を感じる前に逃げ出せたからと言って、あかりに注射されたエンハンサーが消えたわけではない。
きっかけは、拉致と暴行だけで十分かもしれない。
性的な接触を恐れたら?男を恐れたら?
始まりは些細でも、勝手に脳内の信号は繰り返し、時間と共に恐怖は蓄積しかねない。
結局あかりは、ホワイト・プログラムを使って、自分の記憶と恐怖心の方を切った。
それはもう早急に、大雑把に。
コンピューターウィルスの侵入を防ぐためにネット回線をぶっこぬく感じで、物理的に抵抗したのだ。
エンハンサー自体がいつまで続くかは個体差もあってはっきりしないが、所詮人工核酸と人工多糖。効果はもって数年。激烈なのは、2年程度で、その後は、体内で消化されて終わるはず。
だから、一旦シューバから引いた。
自分が乱暴されたメンタルの回復なんておまけだ。
日本に帰ってまで距離をあけ、記憶を消してまで時間をあけ。
ホワイト・プログラムで恐怖のもとになりそうな記憶を消し、さらに恐怖を感じる脳そのものを鈍らせて、世界で最も安全といわれる日本で、警戒はボディーガード慣れした親戚に任せて。
せいぜい大学の単位を落とすのが怖い、という環境の中で、2年半。
できることは全てした。
そりゃ、勘も鈍るし、そんな警戒感のなさでホゴラシュをほてほてと歩けば死に損なうに決まっている。
だが、あかりが怖がったのは、一つだけ。
自分がシューバを恐怖して彼に絶望を呼ぶこと。
やれやれ、我ながらけなげなことだ。
そして、だんだんと手足の先に熱が、心に感情がもどってきて・・・大きなため息をひとつ。
あー、だから、シューバを。
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