手負いですが恋愛してみせます ~ 痛がり2 ~

白い靴下の猫

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26 ノーキンの心配

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キッチンルームでの会議が終わって、ノーキンとマッドとあかりは、医療機器研究室へ移動した。
わかりやすくはあるが、山積み出てくるだろう問題をどうクリアするかの説明もなく、鑑定書一枚でクルラを受け入れる気になってひきあげていくさとる達を、ノーキンはもの珍しげに観察していた。

「お人好し、ってか、無謀、だなぁ。クルラって子、頭ん中、相当さわられているだろうに」
洗脳、暗示、条件付け。ゴテゴテにこじれた自己認識。
ノーキンから見ると、あまり仲よくしないほうが良いパーソナリティだ。

「受け入れに反対かい?頭を開いてみたいなとか、言うと思ったけど?」
意外そうな顔でマッドが聞く。

「症例として気に食わないとは言ってない。が、珍しくお前が正気を失って見えるし、誰が抱えるのかっていう純粋な疑問。あかりは、シューバの愛人としてあの子を飼っとく覚悟でもあるわけか?」
ノーキンは、しゃべりながら視線をあかりにスライドさせる。

「あるわけないでしょ。ってか、彼女の状態、そんなにひどいの?正直、マッドさんが、もちょっと踏み込んでる予想だったけど、遠慮がちよね。シューバも彼女の抱え方硬いし、実情どうよ?」

あかりがごねれば、シューバはクルラを秘書にすることも、同居させることもなかっただろうが、3年前はそれが最善の緊急避難だった。

あの時のクルラは、シューバ以外の人間に預けられたらパニックになったと思う。

ただ父親に連れてこられ、甚振られる女たちを見せられ、冷たい目が揺らがないのをほめられて帰っていく子ども。そのシューバを、レノは自分たちと同じ加害者側として認識していたが、クルラにとっては自分側の被害者だった。

飼い主のレノに命令され、かろうじて、自分と同じ闇を持つシューバの元に這って行く。それがやっと。
長年の虐待で、クルラは心が潰える寸前で、生きるためのエネルギーとでもいうべき耐性が、もうほとんど残ってはいなかったのだ。

それでも、落ち着いてくれば、と。
レノの支配と虐待から逃れて、食べて寝てやさしい時間が過ぎれば、きっと、光のもとに放ってやれるだろうと。あかりとマッドは、そう考えていた。
だがどうやら、二人の考えは少々甘かったらしい。

「シューバが、マッドにクルラを会わせたがらないんだよ。メイが大丈夫ならさとるに夜の世話させるか?」
無遠慮なノーキンの発言に、眉をひそめたのはマッドの方で、あかりの疑問はより直接的だ。

「夜の世話って、え、クルラ、性依存も入ってんの?」
もしそうなら、当然今その相手をしているのは愛しのシューバという結論になるわけだが、普通に事実確認をしようとするあかりが、ノーキンには興味深くて仕方がない。

「ぷ。あかり、君、シューバにもその調子でいくわけ?普通の男なら逃げちゃうよ?」
「逃げれるもんなら逃げてみ・・・じゃなかった、どんどん脱線してるじゃないのよ、ノーキン。何が引っかかってるわけ?」
「んー?だからマッドのこの顔だってば」
そういって、ノーキンはマッドの鼻先に人差し指を突きつけた。

確かにマッドは、彼にしては本当に珍しく、途方に暮れたような、行動をためらうような、そんな顔をしていた。



じつはマッドは一度シューバのところに乗り込んでいる。
クルラの体は半年もたたずに正常に近づいたから、薬物依存の治療に入ろうとしたのだ。
「もうクルラがあなたの家に来て1年以上経ちました。大概クルラの治療に入りたいのですが。彼女は、どこですか?」

診察は、何度もした。
今のところクルラの薬物への依存度は、彼女のメンタルの安定に大きく左右されているように見える。
「・・・レノのところへ薬を取りに行った。すまない、どうしても本人が、行きたがった」
マッドとしては、シューバがクルラを誘導できるならあまり踏み込まずにいようと思っていたが、大概手を打たないと、心身の発達にひどい害が出かねない。
「いつまでそんなことを?あなたが無理なら、いいかげん、私が止めます」

シューバの瞳が揺れる。
「迎えに行くのは、やめてやってくれないか。本人も見られたくはないはずだ。薬をもらう前には必ず、再矯正されるといっていた。鞭打たれて這いつくばって薬を乞うところなど、見られたいはずがない」

「わかっていて行かせた?」
マッドの口ぶりに非難の響きが混ざる。

「いかせたくないに決まっている。だが、私の父親はな、私が薬を勝手に盛って、勝手に切り上げたから死んだ。あの我慢強いクルラが、もうだめだと言うのだぞ。止めたら、あいつも死んでしまうかもしれない」

はぁ。マッドがため息をつく。
やれやれ、あかりが手を離したシューバのメンタルはこんなにもヒビだらけか。彼は大丈夫だなどと、あかりの買い被りに思える。

「あなたの主張はわかりました。ショック症状にも自殺にも気を付けますし、万一のために集中治療室も開けておきます。つれもどしますね」

そういって屋敷を出て。
何のひねりもなく、まっすぐにレノの屋敷に向かう途中で、マッドはクルラに追いついた。

「こんにちは、クルラ。私を覚えていますか?」
「マッド先生・・」
シューバの家で何度も診察をした。覚えていないはずがない。それでも、警戒のまなざしと、硬い声。
「クルラ。どうしても今日、行かないとだめですか?私と一緒に、もう1日、頑張れるか試しませんか?」

「もう、むり、です」
首を横に振りながら、クルラが答える。
「レノのところへ行ったら、また意味もなく鞭でぶたれますよ」
「それでいいです」
「私が、してあげましょうか?」
「先生も、シューバさまも、やさしいから、むりです。まともな人は、みんな、むりです。」
「大丈夫ですよ。世間の人が言うには、私はサイコパスらしいですよ。気がまぎれるなら好きなだけ虐めてあげますから、帰りましょう?」
「夜も一緒にいてくれますか?」
「もちろんいいですよ。夜が怖いのですか?」
「はい、すごく」
「わかりました。おまかせなさい。ほら、いきますよ」
マッドはクルラを車に乗せて引きかえした。
家に着くまでに、クルラの体が何度も継続して震えた。

額に汗をうかべてうめき声を我慢しているクルラを、マッドは横抱きにかかえてシューバの家に入る。
膝上抱っこの状態でクルラに水を飲ませてやっているマッドを見て、その時はシューバも安心してドアを閉めた。

この日を境に、クルラは合法の薬でも禁断症状を我慢できるようになり、レノの屋敷に薬を取りに行くことはなくなった。

だがその一方で、クルラがひどくマッドにおびえるようになったのだ。
一体何をしたのか、マッドが説明することはなかった。

夜に悲鳴が上がった訳でも、血痕が残っていたわけでも、クルラの体に怪我ができた訳でもない。それでもシューバは、クルラの怯え具合から、さかのぼってマッドを警戒するようになった。
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