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お魚な王様
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表立っては動きたくないものの、あまり被害も増やしたくなくて、城で情報収集をするアルトのもとに、次々と情報がもたらされる。
中でも、父王の側近だったローが持ってきたものは最悪だった。
「西の戦場で父王がケセルに囚われました」
・・・ばっきゃろー!
「リュートは?2歳児は!」
「お二人とも無事です。戦闘で陣が破られたわけではないので、兵力も無事です。
移動中の橋に罠があり、輿が濁流に落とされました」
あのボケおやじ!戦中に大将が罠にかかるとか、イノシシか?お魚か?どこまで迷惑かけりゃ気が済むんだ!
「敵の要求は!どこの砦だ?」
「いえ、砦ではなくアルト王子の身柄と交換を要求しております」
「はぁ!?」
いっそただでくれてやりたい位なのに?と出かかったのをぐっと飲み込み、同時にケセルの意図に思い当って顔をしかめる。
あ。試されているな、こりゃ。
年々父王のわきの甘さはごまかせなくなり、周辺国は、レグラムの繁栄の要とやらを探り始めている。その要は、軍備と農政を支える英知を持った隠された英雄、というポジションらしく、あちこちの国が探りを入れてくる。要にもっとも近いのは、セリナとトールが残した技術であってアルトではないのだが、今となっては、その技術全部を自在に扱えるのはアルトだけだ。ちなみに、父王は、セリナ存命中から適当にごまかされているので、なんとなく自分が扱えている気分になっているが口先だけ。他の国からすら「お前じゃ無理だろ」と思われているというのにめでたいことだ。
そんな事情で、今やレグラムの要は賞金首扱い。
もちろんアルトにも要疑惑はかかっている。
長年アルト自身はなんの手柄も立てていないことになっているはずだが、いかんせん周りがひどすぎるからだ。
ケセルとは小競り合いとはいえ数回軍を戦わせた。国境の戦場では勝ちすぎてはいないはずだし、山越えの作戦は「先師」の功が巨大でアルトは何もしてないことになっている。とはいえ、作戦行動ができないほどひどい王子ではないことはバレたと思う。あの山でまで莫迦のふりをしていたら自分ごと死んでいるのである程度はやむを得ないと思う。
剣技だけが優れた頭の残念な王子。それを覆す証拠はない。アルトが要だと、確信を持てるほどの証拠はどこにも存在しないはずだ。
でもな。証拠だけが確信を呼ぶわけじゃないよな。
わざわざ間抜けな罠で父王をかっさらっていくあたりも、こいつは無能だろ、バレてるぜ、のアピールな気がしてきた。
やだなー。逃げてしまおうか。
父王が処刑されたところで、うちの国たいして困らないぞ。
でもなぁ。
女癖も悪いし無能だしほんとうに腹立つのだが、セリナも「パパって可愛いいでしょ」と言っていたし。臣下にも大量の側妃にも甘いし、自分の幼少期も会うたびに甘やかされた記憶しかない。自分にも甘いが他人にも甘いタイプで憎めないというか、積極的に死んでほしいとは思わない。
一方、アルトがなりふり構わなければ、力ずくでも父王は奪還できる。が、アルトの人脈から研究施設からバレまくる。せっかく育ってきた後継は頭脳優先。軍人でもマッチョでもないわけで、暗殺者が山と送られてきた日には、そうそうもたない。
彼らが消えれば、セリナとトールの築いた科学成果は奪われ、レグラムの繁栄も終わる。それはイヤだな。悪いが父親より断然母親への情が勝ってる。
じゃぁ、アルトがレグラムの全権を把握して、矢面にたって、全身全霊をかけて国ごと守りぬくか?皇太子として?セリナはそんな生き方をしろとは言わなかった。・・・こっちも正直ごめんだ。
全部嫌なら、佃煮王子たちにどっぷり埋没したイナゴの一匹に徹して、無難にやり過ごすしかない。
ただ、アルトが十数人いる中の特徴もない無能な王子なら、そしてレグラム王がお話にならないほど無能だと認めるのでもなければ。
王の奪還のためにアルトをさし出すのは自然だ、ということになる。
いやだなぁ。拷問とかされたりしそう。でも、レグラムに潜入させている仲間もいるし、数か月単位で考えれば、自力で脱出できるだろうか。
とりあえずアイツとアイツを・・・
アルトが、思考の海に沈んだのを、サクシアに怯えたとおもったのか、ローが矢継ぎ早に情報を投げ込んでくる。
「ケセル王は、アルト王子が協力的ならば命は奪わないと申しておりまして・・・」
「ぜんっぜん信用できねーぞ。お前らに任せたら俺が死ぬわ」
今後の申し送り内容を組み立てるのに必死で、アルトはいい加減に言葉を返し、ローがますます焦っていく。
「協力の証に、先師の技術をアルト様から聞けるなら丁重にもてなすとっ。で、ですから、先師の遺品を携えていけばきっとっ」
「・・・遺品?」
アルトがすべての思考を止めて聞き返すと、ローは自分の言葉の響きに初めて気付いたように息をのみ、真っ青になって首を振り始める。
「い、い、いえ、ち、ちょこれーとの言い間違い・・・」
「なぜ、遺品といった?」
一瞬の後にはローの襟首を掴み上げ、執務机にあおむけに投げ落としていた。
そのままローの喉元に拳をのせる。
ごふっ、という耳障りな音を無視して、顔を近づける。
「答えろ」
「せ、戦局には関係なく」
拳を軽くめり込ませると、ローはひどくむせて白目をむきかけたが、気絶などさせない。ローのつま先にブーツの硬いかかとを載せる。
「二度と歩けない足にされたいか!判断するのは俺だ。言え!」
ひゅーひゅーいう呼吸音がうるさいので、襟をもって強引に上半身を上げさせ、ローのつま先に体重をかけ始める。
「お、おやめください!流砂の砂漠で、と、とある部隊が、緑の髪の女性を、捕縛しようとい・・」
捕縛?勝手なことをっ。
「それで!」
「と、逃亡中に、侍女と巻き毛の黒髪をもつ背の高い男に抱かれて流砂に身を投げたと」
・・・・聞いて、いない。
薄緑の銀髪をした先師の噂は、辺境のはじまでレグラムを駆け巡っていたし、アルトだって情報収集に手は尽くしていた。だが、流砂に身を投げた情報などかけらも入ってきてはいなし、他の国の情報ラインにも、そんなことは流れていない。
落ち着け。
そんな希少性の高い情報が、父王だのローだのの、3周回おくれの情報網に引っかかるか?
いや・・・。冷たい汗が背中を流れる。
引っかかることはなくても、捕縛命令自体が、ローや王の独断だったら。
ローの出自は砂漠の部族長の家柄だ。レグラムからみれば辺境も辺境で。
そこから先はパセルの民以外踏み込めない空白地帯。流砂が出るほどの奥地になればどこの国でもなく、ほぼパセルだ。目撃者など存在するはずがない。
もし勝手に捕縛命令をだして失敗し、死なせたとしたら。
失敗した本人たちは、口が裂けても言わない。
あの二人がパセルの要人なら・・セリナの知識を持っている時点でアルトにとっては確定事項だが・・パセルに知られたら開戦理由だ。正式な命令なら軍事裁判もの、極秘命令ならこっそり始末、どう考えても命はないので、どんなに無能でも秘匿できる。
巻き毛の黒髪・・・ミセルの容姿等ローが知るはずもない。ルウイがパセルを目指していたことも知らない。
ルウイが死んだ?ミセルと一緒に流砂にのまれて?
「・・・お前らの部隊が、レグラムの恩人を流砂に追い落とした、と」
「っ、違います!そんなつもりはありませんでした!や、山越えの戦略を知り、わが軍に取り込めば値千金と思って捕縛の命をおうけしてっ。サクシアにも他国にもわたすわけにはいかないと追いましたが、流砂に突き落としたわけではっ」
すでに語るに落ちている上に、腹が立つほど、信ぴょう性の高い証言だと、アルトは思った。
別れ際の、ポリンに抱かれたルウイを思い出す。
ミセルと合流して、一刻を争って治療が必要な怪我だったろうに。あろうことかレグラムの部隊におわれて流砂に入るなど。
頭の芯から心臓を通って胃の腑まで、氷穴の様に冷たく黒い空洞ができて、そこを吐きそうなぐらいの嫌悪感と怒りが突き上げてくる。
これは、まずいヤツだ、とぼんやり思う。
離人感と、抑えようのない破壊衝動と、もう正気の側に戻っては来ないかもしれないという割り切りと。
ここへの入り口はリュートの死で、すっかり馴染みになった感覚。
セリナとトールを地表ごと吹き飛ばした神の意思とやらに感じる気が狂うほどの怒りと、自分の無力への憎悪の中で、なんとか生きていられたのは、リュートがいたから。
リュートが、同じ思いで、岩に当たっては爪を剥がし、怨嗟のうめきで血を吐いて、それでも俺の名を呼び続けてくれたからだ。
そのリュートも俺の前で倒れた。そして、敵の姿も見えないまま、しおれて、弱って、小さくなって死んだ。最後の家族が、神の意志に枯らされていくのを、何もできないまま、俺はただただ見ていた。
リュートが死んだあと、自分がどういう状態だったかわからない。
怒りに目がくらんで、周りを殺しつくして立っている夢をよく見た。
正気に返るたびに、俺の周りにいた人間が減っていたから、何人も死んだはずだ。お前が殺したと言われれば、そうかもしれないと思う程度には、記憶があいまいだ。
どうやって、正気の時間が増えていったか覚えていない。
ただ、軍の連中が、やたらと俺の名前を呼ぶから。
セリナの玩具を一緒に触っていた連中が、王をも退けてがむしゃらに俺を待つから。
俺も何かを待とうと思った。
そしてやっと、奇跡のようなルウイを見た。
神の意志を、誰よりも知ってなお、気分悪いのよ!と吐き捨てたやつ。
体の中で、俺を枯らそうとしていた神の国の破片を、ただのやっつけ仕事のようにポイっと捨てたやつ。
セリナよりもセリナで、トールよりもトールで、リュートよりもリュートな唯一。
それが、こんなモノに害されて消えた?
俺を助けたせいで弱り、こんなにもくだらない意図にからまって?
ロバの背を折る藁の一本。
せめて、こいつらを一掃すれば、一瞬なりと楽に息ができるだろうか。
「お心をしっかりお持ちください。流砂に身を投げた以上もはや先師は、どこの国も利用することはできません。アルト王子の持っている先師の知識はアルト様だけの・・っ」
机からずり落ちてへたり込むローから、数歩離れる。ローを殴り殺しそうな衝動をやり過ごすのに必要だったからだ。
視界からローがはずれると、力が抜けた。
いっそ。俺が消えたい。
どこかで投げやりはだめだと、薄っぺらい突っ込みが入るが、われながら弱弱しい。
別にこの国が特別好きなわけではない。
嬉しそうに俺を見る兵がいたから、そいつらのそばに居ようとおもっただけだ。
セリナが大事そうにしていたから、作物を実らせ続けただけだ。
セリナの残り物を、守るだけならば。
次が一番、簡単な仕事。
心のどこかでは、しっかりしろと声がするけれど、それでも。
この声が一番大きい。次が一番、簡単な仕事。
父王に代わってケセルの前に行き、無様をさらすだけでいい。何もせず、簡単に死んでしまえば完璧だ。誰もアルトが要だったなんて思わない。
干ばつの凌ぎ方の指導はすでに去年で終わっているから、アルトが消えても豊作は続く。各国は居もしないレグラムの要を警戒してむこう10年はレグラムに手を出してこないだろう。
「・・・要求を飲むと言え」
中でも、父王の側近だったローが持ってきたものは最悪だった。
「西の戦場で父王がケセルに囚われました」
・・・ばっきゃろー!
「リュートは?2歳児は!」
「お二人とも無事です。戦闘で陣が破られたわけではないので、兵力も無事です。
移動中の橋に罠があり、輿が濁流に落とされました」
あのボケおやじ!戦中に大将が罠にかかるとか、イノシシか?お魚か?どこまで迷惑かけりゃ気が済むんだ!
「敵の要求は!どこの砦だ?」
「いえ、砦ではなくアルト王子の身柄と交換を要求しております」
「はぁ!?」
いっそただでくれてやりたい位なのに?と出かかったのをぐっと飲み込み、同時にケセルの意図に思い当って顔をしかめる。
あ。試されているな、こりゃ。
年々父王のわきの甘さはごまかせなくなり、周辺国は、レグラムの繁栄の要とやらを探り始めている。その要は、軍備と農政を支える英知を持った隠された英雄、というポジションらしく、あちこちの国が探りを入れてくる。要にもっとも近いのは、セリナとトールが残した技術であってアルトではないのだが、今となっては、その技術全部を自在に扱えるのはアルトだけだ。ちなみに、父王は、セリナ存命中から適当にごまかされているので、なんとなく自分が扱えている気分になっているが口先だけ。他の国からすら「お前じゃ無理だろ」と思われているというのにめでたいことだ。
そんな事情で、今やレグラムの要は賞金首扱い。
もちろんアルトにも要疑惑はかかっている。
長年アルト自身はなんの手柄も立てていないことになっているはずだが、いかんせん周りがひどすぎるからだ。
ケセルとは小競り合いとはいえ数回軍を戦わせた。国境の戦場では勝ちすぎてはいないはずだし、山越えの作戦は「先師」の功が巨大でアルトは何もしてないことになっている。とはいえ、作戦行動ができないほどひどい王子ではないことはバレたと思う。あの山でまで莫迦のふりをしていたら自分ごと死んでいるのである程度はやむを得ないと思う。
剣技だけが優れた頭の残念な王子。それを覆す証拠はない。アルトが要だと、確信を持てるほどの証拠はどこにも存在しないはずだ。
でもな。証拠だけが確信を呼ぶわけじゃないよな。
わざわざ間抜けな罠で父王をかっさらっていくあたりも、こいつは無能だろ、バレてるぜ、のアピールな気がしてきた。
やだなー。逃げてしまおうか。
父王が処刑されたところで、うちの国たいして困らないぞ。
でもなぁ。
女癖も悪いし無能だしほんとうに腹立つのだが、セリナも「パパって可愛いいでしょ」と言っていたし。臣下にも大量の側妃にも甘いし、自分の幼少期も会うたびに甘やかされた記憶しかない。自分にも甘いが他人にも甘いタイプで憎めないというか、積極的に死んでほしいとは思わない。
一方、アルトがなりふり構わなければ、力ずくでも父王は奪還できる。が、アルトの人脈から研究施設からバレまくる。せっかく育ってきた後継は頭脳優先。軍人でもマッチョでもないわけで、暗殺者が山と送られてきた日には、そうそうもたない。
彼らが消えれば、セリナとトールの築いた科学成果は奪われ、レグラムの繁栄も終わる。それはイヤだな。悪いが父親より断然母親への情が勝ってる。
じゃぁ、アルトがレグラムの全権を把握して、矢面にたって、全身全霊をかけて国ごと守りぬくか?皇太子として?セリナはそんな生き方をしろとは言わなかった。・・・こっちも正直ごめんだ。
全部嫌なら、佃煮王子たちにどっぷり埋没したイナゴの一匹に徹して、無難にやり過ごすしかない。
ただ、アルトが十数人いる中の特徴もない無能な王子なら、そしてレグラム王がお話にならないほど無能だと認めるのでもなければ。
王の奪還のためにアルトをさし出すのは自然だ、ということになる。
いやだなぁ。拷問とかされたりしそう。でも、レグラムに潜入させている仲間もいるし、数か月単位で考えれば、自力で脱出できるだろうか。
とりあえずアイツとアイツを・・・
アルトが、思考の海に沈んだのを、サクシアに怯えたとおもったのか、ローが矢継ぎ早に情報を投げ込んでくる。
「ケセル王は、アルト王子が協力的ならば命は奪わないと申しておりまして・・・」
「ぜんっぜん信用できねーぞ。お前らに任せたら俺が死ぬわ」
今後の申し送り内容を組み立てるのに必死で、アルトはいい加減に言葉を返し、ローがますます焦っていく。
「協力の証に、先師の技術をアルト様から聞けるなら丁重にもてなすとっ。で、ですから、先師の遺品を携えていけばきっとっ」
「・・・遺品?」
アルトがすべての思考を止めて聞き返すと、ローは自分の言葉の響きに初めて気付いたように息をのみ、真っ青になって首を振り始める。
「い、い、いえ、ち、ちょこれーとの言い間違い・・・」
「なぜ、遺品といった?」
一瞬の後にはローの襟首を掴み上げ、執務机にあおむけに投げ落としていた。
そのままローの喉元に拳をのせる。
ごふっ、という耳障りな音を無視して、顔を近づける。
「答えろ」
「せ、戦局には関係なく」
拳を軽くめり込ませると、ローはひどくむせて白目をむきかけたが、気絶などさせない。ローのつま先にブーツの硬いかかとを載せる。
「二度と歩けない足にされたいか!判断するのは俺だ。言え!」
ひゅーひゅーいう呼吸音がうるさいので、襟をもって強引に上半身を上げさせ、ローのつま先に体重をかけ始める。
「お、おやめください!流砂の砂漠で、と、とある部隊が、緑の髪の女性を、捕縛しようとい・・」
捕縛?勝手なことをっ。
「それで!」
「と、逃亡中に、侍女と巻き毛の黒髪をもつ背の高い男に抱かれて流砂に身を投げたと」
・・・・聞いて、いない。
薄緑の銀髪をした先師の噂は、辺境のはじまでレグラムを駆け巡っていたし、アルトだって情報収集に手は尽くしていた。だが、流砂に身を投げた情報などかけらも入ってきてはいなし、他の国の情報ラインにも、そんなことは流れていない。
落ち着け。
そんな希少性の高い情報が、父王だのローだのの、3周回おくれの情報網に引っかかるか?
いや・・・。冷たい汗が背中を流れる。
引っかかることはなくても、捕縛命令自体が、ローや王の独断だったら。
ローの出自は砂漠の部族長の家柄だ。レグラムからみれば辺境も辺境で。
そこから先はパセルの民以外踏み込めない空白地帯。流砂が出るほどの奥地になればどこの国でもなく、ほぼパセルだ。目撃者など存在するはずがない。
もし勝手に捕縛命令をだして失敗し、死なせたとしたら。
失敗した本人たちは、口が裂けても言わない。
あの二人がパセルの要人なら・・セリナの知識を持っている時点でアルトにとっては確定事項だが・・パセルに知られたら開戦理由だ。正式な命令なら軍事裁判もの、極秘命令ならこっそり始末、どう考えても命はないので、どんなに無能でも秘匿できる。
巻き毛の黒髪・・・ミセルの容姿等ローが知るはずもない。ルウイがパセルを目指していたことも知らない。
ルウイが死んだ?ミセルと一緒に流砂にのまれて?
「・・・お前らの部隊が、レグラムの恩人を流砂に追い落とした、と」
「っ、違います!そんなつもりはありませんでした!や、山越えの戦略を知り、わが軍に取り込めば値千金と思って捕縛の命をおうけしてっ。サクシアにも他国にもわたすわけにはいかないと追いましたが、流砂に突き落としたわけではっ」
すでに語るに落ちている上に、腹が立つほど、信ぴょう性の高い証言だと、アルトは思った。
別れ際の、ポリンに抱かれたルウイを思い出す。
ミセルと合流して、一刻を争って治療が必要な怪我だったろうに。あろうことかレグラムの部隊におわれて流砂に入るなど。
頭の芯から心臓を通って胃の腑まで、氷穴の様に冷たく黒い空洞ができて、そこを吐きそうなぐらいの嫌悪感と怒りが突き上げてくる。
これは、まずいヤツだ、とぼんやり思う。
離人感と、抑えようのない破壊衝動と、もう正気の側に戻っては来ないかもしれないという割り切りと。
ここへの入り口はリュートの死で、すっかり馴染みになった感覚。
セリナとトールを地表ごと吹き飛ばした神の意思とやらに感じる気が狂うほどの怒りと、自分の無力への憎悪の中で、なんとか生きていられたのは、リュートがいたから。
リュートが、同じ思いで、岩に当たっては爪を剥がし、怨嗟のうめきで血を吐いて、それでも俺の名を呼び続けてくれたからだ。
そのリュートも俺の前で倒れた。そして、敵の姿も見えないまま、しおれて、弱って、小さくなって死んだ。最後の家族が、神の意志に枯らされていくのを、何もできないまま、俺はただただ見ていた。
リュートが死んだあと、自分がどういう状態だったかわからない。
怒りに目がくらんで、周りを殺しつくして立っている夢をよく見た。
正気に返るたびに、俺の周りにいた人間が減っていたから、何人も死んだはずだ。お前が殺したと言われれば、そうかもしれないと思う程度には、記憶があいまいだ。
どうやって、正気の時間が増えていったか覚えていない。
ただ、軍の連中が、やたらと俺の名前を呼ぶから。
セリナの玩具を一緒に触っていた連中が、王をも退けてがむしゃらに俺を待つから。
俺も何かを待とうと思った。
そしてやっと、奇跡のようなルウイを見た。
神の意志を、誰よりも知ってなお、気分悪いのよ!と吐き捨てたやつ。
体の中で、俺を枯らそうとしていた神の国の破片を、ただのやっつけ仕事のようにポイっと捨てたやつ。
セリナよりもセリナで、トールよりもトールで、リュートよりもリュートな唯一。
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ロバの背を折る藁の一本。
せめて、こいつらを一掃すれば、一瞬なりと楽に息ができるだろうか。
「お心をしっかりお持ちください。流砂に身を投げた以上もはや先師は、どこの国も利用することはできません。アルト王子の持っている先師の知識はアルト様だけの・・っ」
机からずり落ちてへたり込むローから、数歩離れる。ローを殴り殺しそうな衝動をやり過ごすのに必要だったからだ。
視界からローがはずれると、力が抜けた。
いっそ。俺が消えたい。
どこかで投げやりはだめだと、薄っぺらい突っ込みが入るが、われながら弱弱しい。
別にこの国が特別好きなわけではない。
嬉しそうに俺を見る兵がいたから、そいつらのそばに居ようとおもっただけだ。
セリナが大事そうにしていたから、作物を実らせ続けただけだ。
セリナの残り物を、守るだけならば。
次が一番、簡単な仕事。
心のどこかでは、しっかりしろと声がするけれど、それでも。
この声が一番大きい。次が一番、簡単な仕事。
父王に代わってケセルの前に行き、無様をさらすだけでいい。何もせず、簡単に死んでしまえば完璧だ。誰もアルトが要だったなんて思わない。
干ばつの凌ぎ方の指導はすでに去年で終わっているから、アルトが消えても豊作は続く。各国は居もしないレグラムの要を警戒してむこう10年はレグラムに手を出してこないだろう。
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