海月のこな

白い靴下の猫

文字の大きさ
33 / 48

ヨナの覚醒

しおりを挟む
その頃ルウイは、証拠集めに奔走していた。汚染水源の特定、投げ込まれた物証の探索、投石機のトレース、生き証人の確保。
サクシアでの証拠集めが一段落すると、ためらいなくシヨラ内部にまで手をのばす。
「さて、行く?」
サジルは自分が行くと言った。
「ルウイ様は、どうぞお近づきになりませんように。発疹が出るほどひどくなりましたら、サクシアでのような対症療法ではお命に触ります。どうしてもとおっしゃるなら、王宮内の秘薬を入手してまいります。どうぞお待ちください」
「入手はいいわ。私自身にはいらないし」
「は?」
サジルの前で、秘薬のドライフラワーをくるりと回す。
「身内の分だけ薬を持っているから、民も他国も疫病まみれにしようって根性が気に入らない。あの花は人工栽培ができない。どうやったって量が足りないでしょうに」
パセルには、危険だったり量的に極小しかできなかったりで、表に出していない技術がたくさんある。この花の栽培もそのうちの一つだ。王宮にある秘薬のストックもせいぜい数人分だろう。
ルウイが大量にばらまいた薬は、シヨラの秘薬ではない。どちらかというと対症療法の薬だ。
ではなぜサクシアでは、その薬でも劇的な効果が出たのか。
簡単だ。サクシアの一般の民の生活が、シヨラよりも格段に豊かだったからだ。レグラムに至ってはもっと治りが早いだろう。栄養状態がしっかりした個体なら、症状さえ緩和して時間を稼いでやれれば自力で免疫をつけて菌を駆逐するのだ。
ルウイは、サジルに断言した。
「あの手の疫病を根絶するのは、貴重な秘薬じゃない。日々の食事だよ。ま、今回の場合は、特に内分泌腺の発達期の栄養状態で感染の有無が決まるのだけど、その頃もふくめて私は万全!」
ルウイはそう言って一向にひるまない。
愚かなシヨラ王よ。
自国の民が飢えた歴史が、他国への驚異になるとでも思ったのか。
シヨラでは租税を払いきれない多くの民が、水はけの悪い土地に追いやられ、慢性的に低栄養状態で、過酷な労働を強いられ、過密状態で生活していた。
疫病に蔓延してくれと言っているような環境だっただけだ。
ルウイは、シヨラの複数の箇所で、疫病患者の遺体を汚物にまみれさせて梱包し、次々と運び出している証拠を記録しはじめた。
そして、サクシアとシヨラで集めた証拠をサジルに持たせて、レグラムへおくった。それから「ごめん。治療じゃなくて生き証人の確保分しかないわ」と言いながら、ルウイは、死骸置き場から、まだ生きている人間を拾って手持ちの秘薬を与え、数人を蘇生させることに成功した。
ヨナとアルトは、手紙に導かれて生き証人に合い、遺体を梱包する光景を見ることになる。
ヨナが刑を執行されていた村は、すでにこの世の光景とは思われなかった。村人で、二本足で立てる者は残っていなかったのだ。
よりひどい症状で死んだ個体を探す実験場。
なんという、ことを。
ヨナの瞳が怒りに燃える。
病に苦しみながらヨナに自分の薬を分けてくれようとした。
ヨナを生かそうと必死に水を運んでくれた。
彼らの亡骸を汚物に塗れさせ、敵国の水源に投石器で投げ入れようだと?!
自国の民に対する敬愛の思いをどこに捨ててきた。
誰のせいで、疫病がはやったと思っているのか。
風土病だと?自分たちには秘薬があるだと?
王よ。あなたが、死ぬべきだった。もっと早くに。彼らの遺体やシヨラそのものを侮辱する前に。
自ら埋葬と薬の手配を指揮するヨナの横顔をアルトが盗み見る。
ほーお。これはなかなか。
ヨナの気迫は、アルトの予想以上だった。
確かにこれならついてくる民は多いだろう。
アルトは、ヨナに言質を与えた。
「いいだろう。お前が王となるのなら、レグラムはお前とシヨラに協力しよう。パセルはすでに意思表示をしたのも同然だしな」
ルウイは反対しない。絶対に。シヨラ王の汚い策略を公開する気もない。シヨラを潰す気がないのだから。

「王を拘束せよ」
ヨナはもう迷わなかった。
サクシアで疫病をばら撒いた記録と証言、レグラムに持ち込まれた投石器と梱包された汚物まみれの死骸。
シヨラが薄汚く策略を巡らせ、無差別の害悪を近隣にたれ流そうとした証拠は、既に他国に握られているのだ。
それを、近隣の国に公にするかどうかの決定権がシヨラにはないことを、側近たちに突きつけた。
「戦になっても、どの国もシヨラに味方などせぬ。我々はそれだけ同属への義を汚した!近隣中のそしりを受けながら、汚辱の中に分割されるか?!抑えられるのは、私だけだ。従え!」
側近たちの生存への欲求は強かった。ヨナの後ろにアルトを見、アルトの後ろにレグラムを見た。
王座は主を変えたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

トラガール

詩織
恋愛
商社に4年務め、社内恋愛をして別れたら、社内では私が振られたということで、面白がってうわさ広める人さえも…。そんな環境に疲れ転職した先はトラックの運転手!!

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

消えた記憶

詩織
恋愛
交通事故で一部の記憶がなくなった彩芽。大事な旦那さんの記憶が全くない。

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

極上の彼女と最愛の彼 Vol.3

葉月 まい
恋愛
『極上の彼女と最愛の彼』第3弾 メンバーが結婚ラッシュの中、未だ独り身の吾郎 果たして彼にも幸せの女神は微笑むのか? そして瞳子や大河、メンバー達のその後は?

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

処理中です...