解放

かひけつ

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第2章 ■なきゃ

sin

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☆side流行
私は我を忘れて、泣いて、いて、き続けた…………。涙も、無慈悲に過ぎるも、無言のは憔悴しきった私を癒してはくれない。

 でも、少しずつ冷静さを取り戻す……

 〈冷たくなった彼を救う術を持ち合わせていない?〉〈何のために医学を学んだの?!〉〈彼が死ぬまでずっと迷惑をかけ続けた……〉〈何が『ただの親しい友人』です、よ……。こんなに不幸をこすりつける奴なんか……〉〈やっぱり、会わなかった方が…………〉

 パタッリ……

気が付くと床に手をついていた。施設だ。私はさっきも寝ていたのにも関わらず、再び睡魔が理性を蝕んでいるのだろうか。それともあまりにもショックだったが故の脱力か………。

 <冷静になろう……>

深呼吸をして狭くなった視界を広げようと、一瞬だけ瞼を閉じる。



瞬き程度のほんの一瞬で、明らかに日常とはかけ離れた光景が目に焼き付く。

 「………は?」

科学でもこうはならないと確信を抱き、これが夢だという結論に至る。

 <早く戻らなきゃ……>

そう口にはしてしまうが、「急ぐ必要はない」とナニかが囁く。

 「「大丈夫、ここは刹那の回想だよ。現実ではほんの0.000001秒だって」」

 <………>

 「「ま、戻ってもできることないけどね。カーセ家が持っているような最先端の医療器具なんてないし、道具もない、力もない。なにかある?」」

その言葉が全て自分の声だったのはいいとし、事実であることを直感する。足場はなく、私は浮いている上、空気という概念がないようだ。呼吸も、五感も必要ない。恐らく、想像すればなんでもできる夢だから……。眼前には多数のモニターのようなものがあり、私の半生を映し出しているようだ。

 「これは……」

目の前のモニターが映し出すのは……龍成との楽しかった時間だ。

 [ここでの選択肢を間違いましたか?]

 「それはない……」

迷いなく言った。いや、迷わないために強く言い切った。私が答えると映像が乱れ切り替わる。そして、見覚えのあるドアが現れる。児童期の龍成の部屋のものだった……。

 つまり、大神にキレて走る直前。龍成と問答を繰り広げた場所

 [ここでの選択肢を間違いましたか?]

 「……9割は違うと言える……」

私は少し俯いて夢の進展を待った。私の決断が間違ってないことを信じたいから……。多少時間を空けて……また、映像が切り替わったようだが、私は俯いて画面を見ないようにする。

 <恐らく、この映像の順番は時間に沿っていて……、校庭で暴れたのが映るんだろうな…………。自分のせいで傷付く龍成を見たくない……>

 「飛ばして……」

ぼそりと呟いた小言は、強要するような強気ではなく、懇願こんがんや懺悔の色が強かった。私の願いが通じたのか、小さな雑音が短く鳴ると足元を照らしていた光は変容する。顔を上げて映像が目に映る。

 『カーセ家』で密かにを強要された部屋である。

 [ここでの選択肢を間違いましたか?]

無機質な文字が宙に浮いている。私は即答する。

 「いいえ」

ここで間違えたとは到底思えない。すぐに映像が切り替わる。私の大っ嫌いなアピスが隣にいた。

 《お前さんの言う通り、記憶を曖昧にしてやったぜ。この状態なら簡易的な記憶の改変偽造はできるだろうな。だが、気をつけろよ。そう何度もできるもんじゃねぇ……。今回限りだと思え》

忘れるはずもないその言葉を一言一句、脳内でなぞる。記憶の私が記憶のアピスに答える。

 《…ありがと……》

視点はアピスが準備してくれた部屋に入り、椅子に座った龍成の背後に回り込む。記憶の私は悶え苦しみながら言葉を零している……。

 [ここでの選択肢を間違いましたか?]

 「……変えてよ」

私の言動、心情を予測していたのか、すぐに画面は切り替わり龍成の虚ろな眼と視線が合う。

 「ぁ…………あぁあ……」

そのあまりにも生気を感じさせない死んだ眼は、私に後悔を覚えさせる。龍成が私と離れて、施設に入り浸ることになったのだが……。バカや大人、社会をより詳しくなったせいで、消極的かつ客観的、ザ・理系男子になったのを私は陰から見たりした…………。

 その変化は必然的と言えた。

No.2に話を聞くと『隣人』に下手に知識を与えないため『辞書』を持たせないようだ。ただの人間の時は『辞書』を持っているが、『隣人』になると剝奪はくだつされるということは、よくあるらしい。

 「『隣人人外』にもなると学ぶ機会を失う」なんて言ってたけど、ホント何様だよ…

『隣人』は施設で自己PRと言える善人アピールをすることで学習の権利が与えられる。要は危ない奴じゃないなら、好きな学問勉強していいよってだけ。ここで言う学習の権利は勉学の知識を得られる場所の提供をされるだけで『辞書』は持たされない。

 話を戻すと、龍成は『辞書』を持っておらず、世界の醜さや人間関係の吐き気を知らなかったのだ

悩みのはけ口も相談相手もいないまま育ってしまった。そんな彼に同情する。痛く共感するから……。

 <眼を……見たこと………なかった………。こうも辛かったなんて…………>

 「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…………」

私は再度、俯く。いや、この世界に上下も特にないため、私は身を縮めながら鬱な気分になる。永いスノーノイズ砂嵐の後……。きらびやかな光の差し込みが私にアピールをするのだ。また映像が切り替わったようだ。そう思うより早く、酷い既視感を覚えた。何気なく顔を上げた。

 「あぁ……やっぱり……綺麗だなぁ………」

それは鏡や水晶などを売っているお店だった。





《☆side流行
私は『カーセ家』で強く生きていた。約10年間もいたが仲の良い友人隣人ができることもなく、ただ独りで生きていた。龍成を知らない頃の私なら苦でもなかった。彼さえいれば、と何度思ったことか……。龍成に反芻思考だと言われた私は大人になっても考えすぎるクセは治ることはなく、頻繁に彼への罪悪感でいっぱいになっていた……。


 頭が日に日に重くなっていく


そんなある日、ある光に魅せられた。なんてことない、普通の、どこにでもあるようなお店。無心だった。心おもむくままに水晶を購入した。第一印象は龍成に似ているように感じた。無機物に重ねるのも可笑しな話だが、水晶を見れば心が安らいだ。安らぎを感じると涙が出るのがどうしようもなくて、辛かった。


 心が乾いていく


私と『カーセ家』との約束事も7割達成していた。そんな時に、No.2からの情報で龍成の昇格を聞き、持ちあわせた医学の知識で施設の科学チームの医学分野へ編入に尽力した。そこで見てしまったのだ。アイナと言う女性に……。彼女は一目で分かった。同じ境遇だと哀れんだ。同情の目を向けもしたが、彼女の周りが妙に明るいことから、違和感を覚えた。結局、その感情の正体も分からないまま、その空間を去ってしまった。


 近いのに遠い。進んでいるのに果てしなく遠い


久々に龍成と再会すると、サングラスをしていてかなり雰囲気が変わっていた。それはいい意味で。無邪気とまではいかないが、感受性豊かな彼がそのまま成長している様をみて、心底嬉しかった。


 不幸で可哀想なアイナと子供がデキ、家族で『カーセ家』から逃げると言っていた


別に、何も悪くない……。そう龍成が幸せならいいとすら思っている。でも……私は……浮かばれないのかなって思っちゃうんだよ……。分かっていた。龍成にとって妹のような存在なだけでそれ以上にはなり得ない。アイナは『カーセ家』に狙われていることを知った。


 でも………私は寧ろアイナの方が恵まれているって思ってしまう……


私だって好きで『カーセ家』に好かれたわけじゃないのに。こんなに我慢しても、どんなに辛くても、『龍』は来ないのだから……。




それは決定的で、極めて致命的な気づき。むしろ何故考えもしなかったのかが、今となっては不思議でならないものだった。

 「……間に合って……」

龍成から頼られているからするという使命感に突き動かされ、気持ちが揺らいでいた。きちんとは叶え、命令以上の働きはしたつもりだった。そんなぐちゃぐちゃになった心情があいつらにバレたのだろうか……。それとも、もっと前から警戒されていたのか、知る由もない。

 「………………」

 「……………………」

音のない世界だった。龍成の家の正面。彼が泣き叫ぶ様を陰から見ていた。亡くなってしまったアイナさんを抱いて、ただ独りで………絶望していた。悲痛に満ちた慟哭どうこくに射抜かれた。その穴が広がり続けて、私なんかが感情を持つことは許されないって思った。せめてもの償いとして、心に栄養を与えないようにと、無意味だってわかり切った贖罪をしていた。私に龍成の気持ちが分かるなんて口が裂けても言えない。


 私は裏切ってしまったのだ


龍成も、龍児もこんな末路を追いやられたのは全て私のせいである。龍成のを聞くだけに留まらず、逃走日を聞いてしまった……のが一番の失態なんだと思う。彼は疑うことを知らないため、子供のように素直に話してくれた。私もまた疑えなかった……。自身の環境を見誤ったのだ。アピスらあいつらがやった手法は盗聴器や自白剤などを用いたのだろう。悪いのは、私でしかないが》



一連の出来事を思い出し、深いため息を漏らす。

 「フゥーーーーーーーーーー」

全部、『カーセ家』が悪いんだと心のどこかに仕舞っていた。

 <一番、悪いのは私じゃないか!>

自然と笑いが込み上げてくる。体は宙を舞い、ゆっくりではあるが、回転し始める。

 「アッハハハハハハ」

 とんだピエロだ

 <龍成にとって一番の敵は無能で愚かなだって笑えるわ>

 「ハァぁ…………私さえいなければ龍成が幸せだったなんて……。簡単な話だった。もっと早く消えるべき存在だった」

目の前のモニターは逆再生のごとく過去の映像に急速にさかのぼる。まぁそうだとしても関係ないのだが……。気が付けば手元にナイフがあった。想像すれば、出てくる。夢だから。

 「もう龍成はいないけど……これは贖罪」

首元にナイフを当て、力を込めていく。モニターは逆再生を止め再生される。

 「ぁぁ……」

力が緩んだ。

 <自決じけつする直前に見せるのね……>

 [自決…①他者に左右されず、自身で決めること。②自s]

雑音を排除する。その映像に引き込まれる。それは初めて会った時の…泥だんごと共に見せた歳相応の笑顔。

 [ここでの選択肢を間違いましたか?]

冷酷に告げる文面は私の自決の覚悟を再度奮い立たせる。

 「あぁ……間違えたのかもね………」

悔いしかない。でも、何もする気が起きない。私には大切な人の邪魔しかできなかったのだ。もう龍成とは会えない。現世ここにいる限り。

 「あっ……あっちに行っても迷惑かけちゃうのかな………」

ふとそう思いもしたが、首を振る。

 「自分勝手でごめんね……。こんな世界でこれ以上、生きたくないよ………」

今度はちゃんと見るだけだから。そう心に誓って、ナイフを再び首に添え力を入れる。そして、そのまま頸動脈けいどうみゃくを切るつもりだった。しかし切れなかった。ナイフが動かなかった。

 そんなことはどうでもいい。大事なのはナイフを止めた人影で…

 「なんで来たの?龍成」

 「君が言ったじゃないか。『相談してくれ』って……。君は抱え込みすぎなんだよ」

涙は洪水を引き起こし、世界がゆがまされる。龍成だ。間違いない。私が殺したと言っても過言でない。それなのに……。心まで犯罪者になった気持ちだった。

 <謝罪よりも先に……醜いエゴが会えて良かったと喜んでいる>

 「ちがうよ……。私なんかより……龍成の方がずっと辛い思いしているよ……」

 「はぁぁ……ったく」

龍成はため息を吐く。呆れたように。

 「そう言うと思ったよ……。だから来た」

彼は『夢』の暗い色をパァっと変える笑顔を見せた。それは初めて見せてくれた笑顔を思い出させる程、無邪気なものだった。
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