ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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未知との遭遇(3)

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「ロキって、結構種類豊富だったりするのか……?」
 人波を割って出た先で一條が見たのは、これまでの犬型ではなかった。
 同じく全身黒一色だが、一回り程大きい為、ずんぐりとした体型がより威圧的に感じる。
――と言うか、ネズミかビーバー?
 その口部分からは歯の様な突起物も確認出来、少なくとも、齧歯類に相当する生物なのは確かだ。
「う、今度はタイマンかぁ」
 ため息をつこうとして、そのまま飲み込む。
「ジャ、ジャンヌ……」
「ジャンヌ・ダルク」
 幾人かが、呟いたのを一條は聞く。それにむず痒さを感じつつ、輪の中で敵と対峙した。
 この一匹を包囲はしているが、状況は良くない。
 そこかしこに武器が散乱、無事な物と折れた物が半々にあり、数人が倒れ伏している。他にも大小、怪我を負った者も居り、たかが一匹とは思えない損害だ。
 肝心の黒大鼠は、既に一條を新たな相手と認識したのか、真正面に捉えたまま、微動だにしない。それが、一層不気味さを引き立てている。
 先程の黒猪には及ばないだろうが、それでも手強さは同等位に感じるのも一條の気のせいではないだろう。
「剣、通るかな……」
 先程の戦闘を思い出して弱音を吐いた直後、一直線に鼠が突っ込んでくる。
 合わせて一條も前に出た。
 互いが一歩目から全力な為、一息で距離が詰まるが、それに臆する事無く眉間を狙っての初撃を繰り出す。
 が、避けるどころか、その目立つ前歯で逆に剣を受け止められる。
 瞬時にそれを狙う辺り、余程自慢出来るものであるらしい。
「うっ、そっ!」
 叫んだ次の瞬間には、剣の方が噛み砕かれていた。
――えー?
 剣が特別柔い訳ではない。
 ただ、歯の硬度に、剣の硬度が負けただけだ。剣の特質上、横からの圧に弱い事は知識として知っている。それでも、こうも易々と折られては苦笑いしか出来ない。
 すれ違い様の一合目で武器を失ったのは大きいが、当然、それで勝負を捨てる気は一條とてなかった。
「全く、厄介にも程があるぞ。ロキってのは」
 悪態を吐きながら、視線を正面から外さずに腰を落としていく。
 地面を手探りすれば、柄が半ばから折れただけの槍を確保。
――無いよりはマシ。
 体勢を戻しつつ、深呼吸。
 周囲は、皆息を殺している為、かなりの人数が居るにも関わらず、恐ろしい程に静かである。存在を消しているかの如く振る舞っているのは、誰もが邪魔をすまいと、固唾を呑んで見守っているからに他ならない。
「……っ」
 紀宝の見様見真似で、初動から全速で突っ込む。
 鼠が面食らった挙動を見せつつも、即座に後ろ足二本で立ち、前足を広げると言う迎撃態勢の構えを取ったのを確認。
 元々が大きいだけに、それだけで肝を冷やすが、そうは言っても身長的には良い勝負をしており、先程の猪に比べればなんてことはない。
 一條は更に力強く一歩を踏み込んだ。
 突撃する。
「だっ……あぁっ!」
 威嚇する様に開けた口内へと、槍を突き入れた。
 既に学習しているのか、先程と同じくこれを噛み砕こうとする動きを見せるが、
「だろうなっ!」
 すんでの所で槍持つ左腕を急制動。
 見せ掛けだ。
 結果、黒大鼠の歯は、何も噛む事なく閉じる。その攻撃の隙を突いて、一條は右手の折れた剣を喉元へ押し込んだ。独特の手応えもあり、傍目には致命的な一撃に見える。
 少なくとも、普通の生物においてはそうだろうが、ロキと言う異生物にとっては違った様だ。
 一瞬の後に、広げていた両腕による組み付きにも似た攻撃が来る。
「あっぶねっ!」
 腰から落ちる様にして姿勢を低くする事で、これを紙一重で回避した。その一條の頭上で、風切り音が響く。
 中腰のまま不格好に後退し、片膝をついた姿勢で落ち着いてみれば、追撃こそ無かったものの、敵は四足体勢を取った。
 全身の毛が逆立っている気もするが、実際にそうなっている訳ではない。それでも、異生物なりに怒っているのは感じられる。
――いかにも突撃します、って感じ。
 思う方が早いか、言葉通りのものが開始された。
 相対距離は十歩程度、瞬き以下の時間で激突するのが分かっていながら、自分でも不思議な位落ち着いている。
「だよなぁ……っ」
 一條は呟きながら、跳躍する。まるで重力を無視するかの如く、飛ぶ。
 空中での姿勢制御も、それほど苦も無く出来てしまう。
 その事に改めて違和感を覚えつつ、身体を地面に対して平行にし、そこへ向けて、槍を構えた。
「そ、こ、だぁぁっ!」
 投擲。
 真下を通る鼠の背中に、狙い澄ました様に深々と突き刺さる。箇所は不明だが、胸の辺りなのは確実だ。
 そして、今回は問題無く華麗に着地。
 そのまま相手へと視線を向ければ、槍の当たり所は良かったらしく、今にも倒れそうなほどに力なく歩を進めている。
「頼むから決まってくれよ」
 一條には、既に手持ちの武器はない。見える範囲にあるのも、使用に躊躇する様な破損が見受けられるもので占められている。
 これで倒せなければ、後は素手による格闘戦のみだ。
 色々と動けてるのは確かだが、流石に、紀宝みたく異生物相手に格闘を申し込める程長けている訳でもなく、また気合い乗りも高くなかった。
 思いつく限り様々な格闘技の動きを真似していく中、不意に黒大鼠の動きが止まり、くるりと、一條の方へ向き直る。
「いや、マジか……?」
 言葉にすると同時、鼠はその場で崩れ落ち、霧散した。
 後に残ったのは、喉元に刺さっていた剣と、背中に突き刺さっていた槍、そして、槍によってだろう二つに割れた紫色の結晶である。
――た、助かった。
 大きく息を吐きながら、一條は座り込んだ。
 今日一番の歓声を聞きながら、身体のあちこちを見ていく。
「あぁ……服、ボロボロだなぁ」
 見える範囲でも破れが散見され、それに伴って露出度も若干上がっている。これ以上は服としての体裁すらままならない。
 幸い、肌に目立った傷などがないのは僥倖だろう。
 しかし、一條が思ったのは別の事である。
――胸、ポロリしなくて良かったな。
 特に一撃は貰っていない筈だが、引っ掛けたり、掠めた可能性は否定出来ない。夢中で気付いてなかっただけだろう。
 そう納得するが、一安心した次の瞬間に、思った事に対してため息を吐いた。
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