ジャンヌ・ダルク伝説~彼の地にて英雄と呼ばれた元青年~

白湯シトロ

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再びの皇都にて(1)

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「昨日は良く眠れましたか、ジャンヌ殿」
「それは……えぇ。ゆっくりと横になるのは久々でしたし」
 アランの問いに応える様に背筋を伸ばせば、骨の軋みすら心地よく感じる。
 既に日は真上に近い為、朝とは言えないが、ドワーレの宿屋で迎えた初めての日として悪くは無いと言える。
 一條としても、きちんとした寝床で夜を過ごしたのは皇都以来だ。
「多少寝過ぎたかもですけど、お陰で疲れも取れました。今日もやる事は沢山ですし、ね」
「貴女も怪我人です。昨日も働きすぎですよ」
「それは忠告として有り難く。でも、こういう性分なので」
 怪我と言っても、程度は軽い。
 流石に二日三日で全快とはいかなかったが、日常を送る上では気にならない位ではある。
――ふかふかベッドは違うなぁ。
 等と、そんな事に思いを馳せた。
「まぁ、やってるのはお手伝いですよ。別にそう大変でもないです、しー」
 ドワーレへ着いたのが先日の昼頃。
 早馬を飛ばしていた為、街全体が事情を把握していたものの、そこからは戦場である。
 怪我人を軽傷、重傷とに分け、搬送。収容した先から治療開始だ。
 紀宝や高井坂を始め、動ける者は老若男女関係無く働いた。
 一條も治療を半ばで切り上げてこれに参戦。
 結局、一息ついたのが夜中だ。それを考えれば、日中に起きれた事自体をこそ褒める所である。
「そういえば、もう皇都には報告の人、向かってるんでしたっけ?」
「えぇ。クラウディー殿が日の昇りと同時に使いを出していましたよ。勿論、今回のとは別人ですが」
「うーん。流石、行動が早い」
 スカルトフィはドワーレに着いてから部屋に一人、籠もりっきりだ。
 昼食を共にしたラトビアによれば、細かくて小難しい事をやっているらしい。
 彼女自身分かっていないのだろうが、恐らくは報告書等の書類関係である。
「これからの予定とか、分かりますか?」
「明日には私達を含めて、動ける者は皇都へ向かう事になっています。……それと、今日は軽い宴も行われる、と」
「あぁ……それでこの熱気も説明つきます」
 アランと二人、なし崩し的に散歩する事となったドワーレの大通りは、昨日よりも確実に熱を帯びていた。
 それら一件も片付いている訳ではない為、最初はその関係かと思ったが、全員が全員悲痛な表情をしていない。
 であれば、納得も出来る。
――悲しいニュースばっかり、でもないし。落ち込んでるよりかはマシか。
 時折掛けられる声と手振りに対して、一條も応えつつ思案。
 ウネリカに詰めていた者達の全滅。
 その元凶たるロキの殲滅。そして奪還。
 ここまでの流れが、それこそ異例の速度で決着した。
 そして、その話題の中心人物は、言うまでも無い。
「ジャンヌ殿も、いよいよ名声を得てきましたね」
 数名の軍人貴族に、握手会を開いた状態の一條に対し、アランは、柔やかに笑みを浮かべるだけだ。
「一体何が面白いやらですが……」
 面映ゆい感情を得ながらも、口々の感謝に、はね除ける事も憚られる。
 それ以外にも、街を行き交うドワーレの人々すら、一條に一言二言を掛けていく。
 自身の目立つ風貌も、この流れを助長している様に思う。
「まぁ……それだけの事は、してる、んですけど……」
「私としても、嬉しい限りです」
「それは……」
 言い掛けて、握手していた女性に機先を制された。
「ジャンヌさん! 今度にも剣とか、教えて下さい!」
「……ん? あ、いや、教える程の物では……」
はゼルフのやり方教えて貰いたいんですけど!」
「あー、ゼルフは……。ディヤアタシ……?」
 彼女達の言動から来る違和感が、すぐに頭の中で繋がる。
 恐る恐る、アランの方へ視線だけを向けた。
「今日にはもう広まっていましたよ。。貴女と同じ様に、です」
 アランの実に楽しげな笑顔に、一條は頭を抱える。
 知らず、ヴァロワ皇国で常識を一つ破壊していたらしい。
――と言うより、新しい慣習を生んだって感じか。
 ため息を吐いた。
 使
 彼の言う事が正しければ、この流れは最早止めようがないだろう。
 下手すれば今後、女性の軍人貴族が皆こぞって使い始めるかも知れない。
――あぁ、さっき、ラトビアさんが妙にうきうきしてたの、原因はこれだな……。
 声にこそ出してはいなかったが、感じていた空気に合点がいった。以前、似た話をしていた事も今更の様に思い出す。
 が、そんな心情を他所に、彼女達の質問攻めは終わらない。
 律儀に答えていくが、
「好きな人とか居るんですかっ」
 金髪が煌びやかに揺れ、それ以上に瞳を輝かせながらの突飛なそれに、一條は口籠もった。
 途中から女子力全開の質問しか来ない事に薄々嫌な感じを覚えていたが、いよいよそれが最高潮に達した瞬間である。
――女子のパワー恐るべし。
 流石に辟易としてきた。
 彼女達に対して思う所はない。熱量の桁が違う故の温度差だ。
「居ない居ない。って言うか待て待て。はアイドルじゃねーっつの」
 思わず出た単語に、皆一様に首を傾げている。
 一條自身、特に考えての発言ではなかったが、現状を見れば遠からずではあろう。
「……えーと、これから行く所もありますし、今回はこれで終わりと言う事で」
 とはいえ、ばっさりと斬るのも躊躇われ、適当に濁しつつ、ちらちらとアランへ目配せ。
 それを察して、彼が一歩を進み出ると同時、逆に彼女達がその意図に気付いた。
「あっ、もしかして、邪魔してました……?」
「邪魔? いや、別に邪魔と言う事は」
「ごめんなさい。ジャンヌさん、ランス様。また日を置きますね」
 全員がそれぞれ矢継ぎ早の台詞を告げ、そそくさと小走りに去って行く背中に、声を上げたが遅い。
「何か、誤解をされた気もしますね。ジャンヌ殿」
「アランさんと居るといつもの事ですが、何故でしょうね……?」
 一條は首を傾げ、アランは肩を竦めて見せた。
 そんな彼と視線が合い、不思議そうな顔をされる。
「いや、シャラと似た仕草をするものだから……あっ」
「ジャンヌ殿?」
 アランを置いて、足早に移動。
 以前、遠目で気になっていた人物を再発見した為である。
 今はこれと言って有事でもない所為か、アラン達と同じく帯剣はしていないものの、軍人貴族には違いない。
 身なりもそうだが、姿勢が良いのだ。
 そんな彼に近付いても、一向に気付く気配がなかった。
「……おー。良く描けてるな」
 一心不乱、と言った体で描かれる人物画。一條・春凪こと、
 姿見で何度か目にしてはいるが、こうして、画として見るとまた違った趣を感じられた。
 彼の腕が良いのもあるだろう。
「ふーむ……」
――他人から見る俺、ってこんな感じなんかな。……おっぱいデカ。
 等と思うが、大して変わらない双丘が現実としてあるのだ。
「……。えっ、あっ!? うわっ、ジャンヌ、ダル。ぐえ」
 不意に合った視線に驚き、椅子毎ひっくり返る様子に、何とも漫才染みたものを覚える。
 あまりにも華麗な転倒だった為、思わず魅入ってしまっていた。
「そんな綺麗に転ぶ事もないんじゃあないかな……平気か?」
 差し出した手と、一條の顔とを三往復した後、即座に復帰する。
「いや、その……あっ、大丈夫です! すいません! 初めて見た時から頭から離れずに貴女の画を描いてました! これからもお願いします!」
「謝られた上で止めないのを明言されるとは思わなかったなぁ……あ、アランさん。見ます? 彼が描いたアタシの画」
 苦笑していると、遅れてやってきたアランへ拾った一枚を手渡した。
 今し方描いていたのとは別の、既に完成されているであろうものである。
「良く描かれてますね。……所で、彼とは知り合いですか? ジャンヌ殿」
「いやそういうのじゃないですけど……アランさんとこの部隊に居る人では?」
 言ってから、お互いに苦い笑いが生まれた。
 まだ大半の人物すら顔と名前が一致していない一條からすれば、他人の事等言える立場ではない。
 アランがどれだけ記憶力が良いかは分からないが、部下とはいえ万を越える全員分を覚えているかは微妙だ。
 事実、彼の表情を見れば推測は容易である。
「……あ、えっと。ヘアン・オーブ、と言います……剣はそこそこで、どうにか生きてるだけです……。運だけはあるみたい、なので」
 黒髪に黒目の、青年と呼べる年齢だろう彼、ヘアン・オーブは、頭を掻いた。
 ヴァロワ皇国では比較的珍しい感じの軍人貴族と言える。
――バーサ―カーじゃない奴の比率の低さよ。
 他に当てはまるのはアラン位のみと言う体たらくだ。
 どうにもこの世界の住人は、時世もあるとはいえ積極果敢に殴ってくる性質の人物が多すぎるきらいがある。
「運も実力、と言う言葉もあるし。立派立派」
 それが何だか逆に喜ばしい。
「あ……はぁ……」
 彼を褒めたつもりが、此方は逆に困惑された。
「それと、まぁ折角だし、これからも宜しく。一枚貰う代わりに、モデル位はやるから」
「よ、宜しく? モデル……?」
 状況を把握しかねているオーブ。
「いや、モデルは伝わらんか。ごめん。アタシの画、描いて良いよ、って事。今度はこっちも絵教えて欲しいしね」
 一條自身、絵心はあると思ってるが、親友二人には微妙だ。
 少しでも上達したい所である。
「早速ですねー……」
「ジャン……ダルク殿!」
 最早馴染み深い、良く通る声と共に、スカルトフィが走ってきた。
 ドワーレの街中では、馬での移動が原則禁止であるからだろう。
 ウネリカはそうでもない作りをしていたが、実に特色豊かな街を有する国である。
「クラウディーさんも元気そうでなにより」
「貴女と言う人は、全く、暢気なものですね……っ」
「アタシ、また何かしましたかね」
「それ、冗談で言ってます?」
 視線が怒気を孕んでいた。
「妙な流行を作ってしまったのは……はい。ごめんなさい」
 不可抗力ではあるが、謝罪もやむなしではある。
「ひょっとして、もう結構広まってます……?」
「ラトビアが言うには、と」
「……今年のトレンド間違いなしかー」
 少しばかりおどけて見せた事にすら無言のスカルトフィに対し、手で制しつつ、
「クラウディーさん、他に何か用事でも? まさかそれだけの為に走ってきた訳でもないでしょう」
 極大のため息を吐かれたが、それでも、若干言い辛そうにしているのを見ている事数秒。
「……いえ、実は。一人の軍人貴族として、ダルク殿と一戦お願いしたいと」
「理由は、聞いても良いのかな」
 これまでの狂戦士に倣う程、スカルトフィ・クラウディーは安い女性ではない。
 彼女なりの言い分はある筈だった。
「……ただの、私なりの決意です。貴女と向き合う為の」
 意図する所は一條にも良く分からなかったが、スカルトフィの決心は堅いらしい。
 視線だけでアランに意を伝え、決戦の地へと歩き出す。
 嘗て、アランの右腕でもある狂戦士と戦った場所へと、だ。
「まぁ、戦う以上は手加減はしないけど……」
「手加減したら、死ぬまで恨みます」
 台詞とは裏腹に、表情は柔やかである。
「安心して下さい。アタシ、手加減は苦手なので」
 苦笑気味に返せば、彼女は、会ってから一番の笑みを見せた。
――十二皇家も、楽じゃないな。
 一條には縁遠い話である。
 だからと言って、一切手を抜くつもりはない。
 そしてその日、スカルトフィ・クラウディーが人生で一番大きかったと言わしめた程の大声量が、ドワーレに響く事になった。
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