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南部都市リンダール(17)
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「……。なぁ、おい。昨日何かあったの? ミランヌちゃん、滅茶苦茶怒ってない? 目座ってるしおっかないんだけど」
一條は、親友からの指摘にも肩を竦めるのみ。
その上でちらり、と視線を送れば、彼の言葉通りの紀宝・香苗がそこに居た。
時折、欠伸を噛み殺している位で、傍目にはいつも通りにも見える。
が、それは彼女にとって単純に寝不足と言う意味合いにはならない。
――ミラが欠伸をする時は不機嫌かガチギレしてる時だからなぁ。
不機嫌の度合いにもよるが、兎に角、滅多に見られない仕草と言えよう。
しかし、当人は無言を貫くのみであり、彼女の考えは様として掴めない。
「スフィが起きた時からあんなんだったもんねぇ……」
「私にもさっぱりなんです。ミラさん、何も話してくれないので……。一緒に寝たかったとか?」
理由がそれだとすればどれ程可愛い事かと思うが、真実は残念ながら異なるだろう。
「と言うか、そんな理由を挙げてくる君にびっくりだよアタシは……」
――身内に甘いとかではなく意外とポンコツかこのご令嬢は。
冗談も多少あるのだろうが、果たして何処までがそうなのかは判断に困る所だ。
本来であれば、これから行われるラースリフ・リギャルドとの謁見を以て帰路に着く予定だったが、それすら雲行きが怪しくなってきている。
こめかみを二度叩き、とりあえず、紀宝の件は一旦頭から追い出した。
一夜明け。
リンダールは未だ、バララムート討伐とそれによる恩恵から、興奮の坩堝にあった。
最初に来た時は、普段通りを装いつつも若干消沈した様な空気であったが、見事に吹き飛んでいる。
――まぁ、お陰で完全に祭り上げられてるんだけど。
昨日はまだ討伐と言う事実が中心になっていたが、その波が引いて、今度は一條、ジャンヌ・ダルクが中心視されるに至ったのだ。
ラースリフ・リギャルドの邸宅に辿り着くまでの間、会う人会う人に手を合わせられ、頭を下げられている。
祈る、と言う単語も無ければ、それに類する習慣も無いのだが、これも偏に一條達自身の行いからであった。
「ジャンヌ殿達は、食事を取る前に手を合わせますから。それを真似してるのでは?」
とは、アランの推測である。
一條達としてはあまり意識した事はないが、そこから連鎖的に今の状況になってしまっているのだろう。
「アタシとしては、一刻も早くこの街を抜け出したい所だわよ……」
「語尾おかしくねぇ?」
「祈られる対象になった覚えは……まぁ、それなりにあるんですけど……。まだ聖女みたいな肩書きは欲しくないんで、流石に」
「ははは。冗談ぽいだぜジャンヌさん。……そのおっぱいで聖女とか無理でしょ」
彼が言い終えると同時に、握った拳を一発叩き込んだ。
「次はグーで殴るかんね」
「今まさにグーで殴られたんですけど?」
文句が飛んできたが、その割りにはあまり痛そうにしている様には見えない。
――もう少し強めでも良さそう。
と、次への指標を付けつつ、ため息を吐き、話題を変えた。
「……そういえば、領主殿は今日は特に遅れてるけど」
等と言っても、特に目標となる物がある訳ではない。
いつもは使いの者が宿まで出向いて来るのだが、今日は事前に用向きを伝えていただけである。
それでも、警備の者、使用人、いずれもが一條達に対して非常に友好的であり、対面していないにも関わらず、話は順調に回っていた。
「等と思ってた時期がアタシにも」
「すまない。此方の所用で遅れてしまったな」
件の人物が、足早に入室を果たしてきたのはそんな折りである。
「いえそれは別に……。……? 今、彼普通に謝罪したけど、今日の出発は止めるべきかな?」
「人の言葉で遊ぶなら私の居ない所でやってくれ」
一條としては、場を和ますつもりでの発言であったが、一番必要な人物には響かなかったらしい。
どころか、先程よりも一段と表情が険しくなってもいる。
その事にもう一人の友人と目配せしつつ、先を待つ。
「とはいえ、だ。先に延ばすのであれば、私としても歓迎する所ではある。……ジャンヌ・ダルク。日が落ちてからになるが、此方の用意が出来次第、使いを送りたいのだが」
「ほーん……?」
唐突な申し出に、自分でも不思議な声を出した。
――流石に、拒否する訳にもいかない、か?
名目上、彼は一條達三人の領主でもある。
口の悪い応酬をしているとはいえ、あからさまな話し合いの場をすら断わる正当な理由はない。
後方に一人、妙な雰囲気の人物が居るものの、とりあえず、隣のご令嬢に視線を飛ばす。
彼女は、無言で首肯。
「……分かりました。私としても、そこまで断わる理由はありませんから」
答えた瞬間、人の動く音が大きくなった様にも思う。
――服……は、まぁ、これで良いか。
意外な予定が決まった事で、一條がそんな事を思案した時だ。
「ミランヌ・カドゥ・ディー」
リギャルドからの不意の呼び掛け。
それも、想定外の人物に向けてのものである。
一條は元より、全員が彼女に視線を流した中での、次の台詞は予想を大きく超えていた。
「もう一度聞いておきたい。私の元に来る気は無いか?」
思わず、リギャルドへと身体全体で向き直った程である。
座っている彼はいつもと変わらぬ様には見えるが、眉根を詰めているその表情は、初見のものだ。
「……。私は、貴女の腕を高く評価している。ミランヌ殿。知っての通り、南部では常に人の手が足りないのだが、貴女にはその規範になって貰いたい。相応の報償、と言うより、地位にもなってしまうが約束はしよう」
「は? え?」
理解する間も無く、言葉が紡がれる。
「出来る事なら、良き友人から始めたいとも思っているが」
それは、
「つまり、それって」
「妻っ!?」
台詞を親友に遮られた。
が、それすら制する様に、
「嫌、絶対無理」
「けっ。えぇぇぇっ!?」
即答でぶった切った紀宝に、高井坂が二度目の驚き。
――こいつ面白いなぁ。
等と、若干冷静になってきた頭で思う。
そんな高井坂とは対照的に、紀宝自身は、呆れた表情で腕を組んでいるのみ。
リギャルドからの言葉にも、特段、思う所は無いらしい。
一條も含め息を呑む中、彼女は一息の後、眉一つ動かさず、姿勢もそのままに続ける。
「死んでもお断り」
はっきりと、明言した。
普通は聞かない様な文言であるが、こうまで堂々と宣言されては、逆に格好も付く。
女傑、とは彼女を指す言葉なのかも知れない。
皆一様に事態を見守る事しか出来なかったが、その空気を壊したのは、誰でも無い、リギャルドであった。
「はっははははっ。ふっ、くっ。ふふ、はははっ」
「えぇ……」
一條がちょっと引く程度には呵々大笑と言った感じである。
「……いや、何。顔も体格も違うのにここまで似ている姉妹が居るとは思わなかったのでな。予想していたより愉快であったわ」
これに毒気を抜かれたのか、紀宝がこれ見よがしの特大のため息。
「全く。どういう風の吹き回しか知らないけど、そういう茶番は私じゃない人にしてちょうだい。ジャンヌ姉とか」
「えぇ……? なんでよ……」
名指しへの抗議の声は、そっぽを向く事で答えとされた。
「……ふむ。其方がそういう事なら、私もそういう事にさせて貰う。しかし、一つだけ。ミランヌ殿。あれは私の本意から行われた事ではない、とだけ伝えておきたい。全く無かった、と言う事でもないが」
なんとも曖昧な表情と表現で告げられたが、当人はふて腐れた様な顔をするのみである。
「土地柄、皇都とは顔を合わせ難い上、そこに住む人柄も、皇都とは違うのでな」
言い終わりに被せるが如く、舌打ちが追加。
――舌打ちおっかなさ過ぎるんですけど?
「あー……えーと。二人、共、話は終わり……です?」
妙な動作付きでおずおずと告げたが、二度目の舌打ちだけが返って来た。
「スフィ、この子怖い」
「あの、ジャンヌ姉様。巻き込まないで頂けると助かります」
抱き付いた腕から引き剥がされた上で、やんわりと拒否される。
左腕を此方に突き出して自己主張してる奴が居るが、無視。
その相手はアランに任せ、一條は頭を掻いた。
「えと……リギャルド殿? 以後の話は夜にでも。じゃあ、それでは、私も夕方、日落ち頃には宿に居る様にします。ので」
「ん。あぁ。では、後で」
「お兄様!」
終了間際に飛んできたのは、そんな一声。
訝しみ、首を傾げる中、横合いから入ってきたのは一人の少女である。
白地に見事な刺繍が施された、傍目にも手の込んでいそうな裾長の服装。黒の髪を肩口で揃え、均整の取れた顔をした美少女と言って差し支えない人物。
平時であれば、中性的な顔から見える表情も可愛らしくあろうが、今は怒気が籠もっている為、それも一層濃く見える。
「……ミーナニーネ……。此処へは立ち入るな、と言った筈だが」
初めて見る、リギャルドの苦々しい顔。
「一方的に話してそれきりにするからですっ」
それに内心で頷いていると、彼女はそのまま此方へ向かって来る。
ぴたり、と目の前に着くなり、視線が上へ下へと忙しない。
――大分ミニマムだけど、こっちが大きいだけかなぁ。
間近で見ると、彼女は小柄だ。
スフィよりも更に頭一つ分は小さい。
比して年齢も若いだろう事は窺えるが、果たして、どの程度かまでは微妙な所だ。
「えぇっ!? あの、ジャンヌ様、いきなり何でしょうか!?」
等と抗議される。
「え、いや、それはお互い様だけど……」
とはいえ、急に頭を撫でられれば、彼女の反応も当然と言えよう。
時々顔を合わせる親戚の姪っ子、と言った雰囲気にあてられたからかも知れない。
残念ながら、一條に姪は居ないが。
「……あぁっ! 部隊に居た新人かお前っ!」
「知り合いか? シャラ」
「前に言ったこれよ」
小指を振った事で、一條も思いだした。
「情報源か……。あぁ、でも納得。関係者だったか。それにしても、だ。……シャラ。何でそんな驚いた表情を?」
顔見知りと言うには、彼の驚き様は大仰にも思っての言葉である。
「えっ、あ、いやー……。その、女性とは思ってなかったので……」
苦笑いしながらの申し訳なさそうな一言。
「失礼過ぎだろお前……」
「最低ね」
「ディノワ殿、流石にそれは」
女性陣からの非難囂々に、高井坂は肩を落とした。
しかし、女性の身で軍人貴族として戦線に立つ等、それこそ少数派である。南部ではジャンヌ・ダルクも風の噂程度だったのだから、彼女の様な存在は稀少も良い所だ。
恐らく、ある程度男装の様な形にはなっていたのだろう。
そもそも、彼はこう言う点でかなり残念な人物でもある。
日本に居た時だが、公園で虐められていた小学生を助けた際も、一人だけその相手が少女だと分かっていなかった事があった。
どうにも間の抜けた男だ。
「まぁ、それで。リギャルド殿の妹でしたか……なるほろ……」
憧れの芸能人にでも会ったかの如く目を輝かせている少女を目の前にすれば、疎い一條でも察しはある程度付く。
――これが、リギャルドに嫌われてる理由の一つ、でもある訳だね……。
「えぇと?」
「あ、ミーナニーネと申します!」
そう言って笑うが、人の笑顔で目が潰れそうになる等、経験した事が無かった。
「うお、眩しっ。……けど、今二人分の名前無かった?」
「はい?」
「いや何でも。……リギャルド殿?」
改めて問い質せば、彼は深いため息を吐くのみ。
数秒の後、重い口を開いた。
「……。聞いての通りだ。ミーナニーネ・リギャルド。私の妹だ。お互い、生まれは離れているがな」
最早、観念したとでも言いたげな口調である。
「先に言っておくが、後での話はそいつの事ではないぞ」
「あ、ですか」
そんな一條の言葉も半ば反応せず、ミーナニーネは高井坂の方に向き直り、
「また、色々話したい事も、あります、のでっ」
はにかんだ様な笑みでそれだけを言ってから、足早に去って行った。
一瞬の出来事に、ややあってから、紀宝が一言呟く。
「ほらね」
「あー……。なんとも難しい問題ですね……」
「シャラが残る事になりますかね、ジャンヌ殿」
「かもねー……」
アランの言葉に同調した。
「……えっ、いや、残りませんけどっ!?」
「当然だ。残る気ならこの手で極刑にしてくれる」
「理不尽過ぎる!」
兄であるラースリフ・リギャルドは、歳の離れた妹に対して過保護であるらしい。
「極刑が成功したら連絡下さい。今後に活かしますから」
「酷ぇ。ってか今後って何。活かすとこ無いでしょ」
「うーん。耐久力高い奴の倒し方?」
当たらずとも遠からず、ではある。
「前から思っていたのだが……」
やり取りに混ざる様に、リギャルドが口を開いた。
「ディノワ殿。皆から嫌われ過ぎでは? 一体何をすればそこまでになる?」
指摘に、一條と紀宝が首を傾げ、残る二人が苦笑と呆れを示す中、一人気合いを入れる嫌われ者。
「お前にだけには言われたくねぇよっ!!」
高井坂、魂の叫び声が木霊した。
一條は、親友からの指摘にも肩を竦めるのみ。
その上でちらり、と視線を送れば、彼の言葉通りの紀宝・香苗がそこに居た。
時折、欠伸を噛み殺している位で、傍目にはいつも通りにも見える。
が、それは彼女にとって単純に寝不足と言う意味合いにはならない。
――ミラが欠伸をする時は不機嫌かガチギレしてる時だからなぁ。
不機嫌の度合いにもよるが、兎に角、滅多に見られない仕草と言えよう。
しかし、当人は無言を貫くのみであり、彼女の考えは様として掴めない。
「スフィが起きた時からあんなんだったもんねぇ……」
「私にもさっぱりなんです。ミラさん、何も話してくれないので……。一緒に寝たかったとか?」
理由がそれだとすればどれ程可愛い事かと思うが、真実は残念ながら異なるだろう。
「と言うか、そんな理由を挙げてくる君にびっくりだよアタシは……」
――身内に甘いとかではなく意外とポンコツかこのご令嬢は。
冗談も多少あるのだろうが、果たして何処までがそうなのかは判断に困る所だ。
本来であれば、これから行われるラースリフ・リギャルドとの謁見を以て帰路に着く予定だったが、それすら雲行きが怪しくなってきている。
こめかみを二度叩き、とりあえず、紀宝の件は一旦頭から追い出した。
一夜明け。
リンダールは未だ、バララムート討伐とそれによる恩恵から、興奮の坩堝にあった。
最初に来た時は、普段通りを装いつつも若干消沈した様な空気であったが、見事に吹き飛んでいる。
――まぁ、お陰で完全に祭り上げられてるんだけど。
昨日はまだ討伐と言う事実が中心になっていたが、その波が引いて、今度は一條、ジャンヌ・ダルクが中心視されるに至ったのだ。
ラースリフ・リギャルドの邸宅に辿り着くまでの間、会う人会う人に手を合わせられ、頭を下げられている。
祈る、と言う単語も無ければ、それに類する習慣も無いのだが、これも偏に一條達自身の行いからであった。
「ジャンヌ殿達は、食事を取る前に手を合わせますから。それを真似してるのでは?」
とは、アランの推測である。
一條達としてはあまり意識した事はないが、そこから連鎖的に今の状況になってしまっているのだろう。
「アタシとしては、一刻も早くこの街を抜け出したい所だわよ……」
「語尾おかしくねぇ?」
「祈られる対象になった覚えは……まぁ、それなりにあるんですけど……。まだ聖女みたいな肩書きは欲しくないんで、流石に」
「ははは。冗談ぽいだぜジャンヌさん。……そのおっぱいで聖女とか無理でしょ」
彼が言い終えると同時に、握った拳を一発叩き込んだ。
「次はグーで殴るかんね」
「今まさにグーで殴られたんですけど?」
文句が飛んできたが、その割りにはあまり痛そうにしている様には見えない。
――もう少し強めでも良さそう。
と、次への指標を付けつつ、ため息を吐き、話題を変えた。
「……そういえば、領主殿は今日は特に遅れてるけど」
等と言っても、特に目標となる物がある訳ではない。
いつもは使いの者が宿まで出向いて来るのだが、今日は事前に用向きを伝えていただけである。
それでも、警備の者、使用人、いずれもが一條達に対して非常に友好的であり、対面していないにも関わらず、話は順調に回っていた。
「等と思ってた時期がアタシにも」
「すまない。此方の所用で遅れてしまったな」
件の人物が、足早に入室を果たしてきたのはそんな折りである。
「いえそれは別に……。……? 今、彼普通に謝罪したけど、今日の出発は止めるべきかな?」
「人の言葉で遊ぶなら私の居ない所でやってくれ」
一條としては、場を和ますつもりでの発言であったが、一番必要な人物には響かなかったらしい。
どころか、先程よりも一段と表情が険しくなってもいる。
その事にもう一人の友人と目配せしつつ、先を待つ。
「とはいえ、だ。先に延ばすのであれば、私としても歓迎する所ではある。……ジャンヌ・ダルク。日が落ちてからになるが、此方の用意が出来次第、使いを送りたいのだが」
「ほーん……?」
唐突な申し出に、自分でも不思議な声を出した。
――流石に、拒否する訳にもいかない、か?
名目上、彼は一條達三人の領主でもある。
口の悪い応酬をしているとはいえ、あからさまな話し合いの場をすら断わる正当な理由はない。
後方に一人、妙な雰囲気の人物が居るものの、とりあえず、隣のご令嬢に視線を飛ばす。
彼女は、無言で首肯。
「……分かりました。私としても、そこまで断わる理由はありませんから」
答えた瞬間、人の動く音が大きくなった様にも思う。
――服……は、まぁ、これで良いか。
意外な予定が決まった事で、一條がそんな事を思案した時だ。
「ミランヌ・カドゥ・ディー」
リギャルドからの不意の呼び掛け。
それも、想定外の人物に向けてのものである。
一條は元より、全員が彼女に視線を流した中での、次の台詞は予想を大きく超えていた。
「もう一度聞いておきたい。私の元に来る気は無いか?」
思わず、リギャルドへと身体全体で向き直った程である。
座っている彼はいつもと変わらぬ様には見えるが、眉根を詰めているその表情は、初見のものだ。
「……。私は、貴女の腕を高く評価している。ミランヌ殿。知っての通り、南部では常に人の手が足りないのだが、貴女にはその規範になって貰いたい。相応の報償、と言うより、地位にもなってしまうが約束はしよう」
「は? え?」
理解する間も無く、言葉が紡がれる。
「出来る事なら、良き友人から始めたいとも思っているが」
それは、
「つまり、それって」
「妻っ!?」
台詞を親友に遮られた。
が、それすら制する様に、
「嫌、絶対無理」
「けっ。えぇぇぇっ!?」
即答でぶった切った紀宝に、高井坂が二度目の驚き。
――こいつ面白いなぁ。
等と、若干冷静になってきた頭で思う。
そんな高井坂とは対照的に、紀宝自身は、呆れた表情で腕を組んでいるのみ。
リギャルドからの言葉にも、特段、思う所は無いらしい。
一條も含め息を呑む中、彼女は一息の後、眉一つ動かさず、姿勢もそのままに続ける。
「死んでもお断り」
はっきりと、明言した。
普通は聞かない様な文言であるが、こうまで堂々と宣言されては、逆に格好も付く。
女傑、とは彼女を指す言葉なのかも知れない。
皆一様に事態を見守る事しか出来なかったが、その空気を壊したのは、誰でも無い、リギャルドであった。
「はっははははっ。ふっ、くっ。ふふ、はははっ」
「えぇ……」
一條がちょっと引く程度には呵々大笑と言った感じである。
「……いや、何。顔も体格も違うのにここまで似ている姉妹が居るとは思わなかったのでな。予想していたより愉快であったわ」
これに毒気を抜かれたのか、紀宝がこれ見よがしの特大のため息。
「全く。どういう風の吹き回しか知らないけど、そういう茶番は私じゃない人にしてちょうだい。ジャンヌ姉とか」
「えぇ……? なんでよ……」
名指しへの抗議の声は、そっぽを向く事で答えとされた。
「……ふむ。其方がそういう事なら、私もそういう事にさせて貰う。しかし、一つだけ。ミランヌ殿。あれは私の本意から行われた事ではない、とだけ伝えておきたい。全く無かった、と言う事でもないが」
なんとも曖昧な表情と表現で告げられたが、当人はふて腐れた様な顔をするのみである。
「土地柄、皇都とは顔を合わせ難い上、そこに住む人柄も、皇都とは違うのでな」
言い終わりに被せるが如く、舌打ちが追加。
――舌打ちおっかなさ過ぎるんですけど?
「あー……えーと。二人、共、話は終わり……です?」
妙な動作付きでおずおずと告げたが、二度目の舌打ちだけが返って来た。
「スフィ、この子怖い」
「あの、ジャンヌ姉様。巻き込まないで頂けると助かります」
抱き付いた腕から引き剥がされた上で、やんわりと拒否される。
左腕を此方に突き出して自己主張してる奴が居るが、無視。
その相手はアランに任せ、一條は頭を掻いた。
「えと……リギャルド殿? 以後の話は夜にでも。じゃあ、それでは、私も夕方、日落ち頃には宿に居る様にします。ので」
「ん。あぁ。では、後で」
「お兄様!」
終了間際に飛んできたのは、そんな一声。
訝しみ、首を傾げる中、横合いから入ってきたのは一人の少女である。
白地に見事な刺繍が施された、傍目にも手の込んでいそうな裾長の服装。黒の髪を肩口で揃え、均整の取れた顔をした美少女と言って差し支えない人物。
平時であれば、中性的な顔から見える表情も可愛らしくあろうが、今は怒気が籠もっている為、それも一層濃く見える。
「……ミーナニーネ……。此処へは立ち入るな、と言った筈だが」
初めて見る、リギャルドの苦々しい顔。
「一方的に話してそれきりにするからですっ」
それに内心で頷いていると、彼女はそのまま此方へ向かって来る。
ぴたり、と目の前に着くなり、視線が上へ下へと忙しない。
――大分ミニマムだけど、こっちが大きいだけかなぁ。
間近で見ると、彼女は小柄だ。
スフィよりも更に頭一つ分は小さい。
比して年齢も若いだろう事は窺えるが、果たして、どの程度かまでは微妙な所だ。
「えぇっ!? あの、ジャンヌ様、いきなり何でしょうか!?」
等と抗議される。
「え、いや、それはお互い様だけど……」
とはいえ、急に頭を撫でられれば、彼女の反応も当然と言えよう。
時々顔を合わせる親戚の姪っ子、と言った雰囲気にあてられたからかも知れない。
残念ながら、一條に姪は居ないが。
「……あぁっ! 部隊に居た新人かお前っ!」
「知り合いか? シャラ」
「前に言ったこれよ」
小指を振った事で、一條も思いだした。
「情報源か……。あぁ、でも納得。関係者だったか。それにしても、だ。……シャラ。何でそんな驚いた表情を?」
顔見知りと言うには、彼の驚き様は大仰にも思っての言葉である。
「えっ、あ、いやー……。その、女性とは思ってなかったので……」
苦笑いしながらの申し訳なさそうな一言。
「失礼過ぎだろお前……」
「最低ね」
「ディノワ殿、流石にそれは」
女性陣からの非難囂々に、高井坂は肩を落とした。
しかし、女性の身で軍人貴族として戦線に立つ等、それこそ少数派である。南部ではジャンヌ・ダルクも風の噂程度だったのだから、彼女の様な存在は稀少も良い所だ。
恐らく、ある程度男装の様な形にはなっていたのだろう。
そもそも、彼はこう言う点でかなり残念な人物でもある。
日本に居た時だが、公園で虐められていた小学生を助けた際も、一人だけその相手が少女だと分かっていなかった事があった。
どうにも間の抜けた男だ。
「まぁ、それで。リギャルド殿の妹でしたか……なるほろ……」
憧れの芸能人にでも会ったかの如く目を輝かせている少女を目の前にすれば、疎い一條でも察しはある程度付く。
――これが、リギャルドに嫌われてる理由の一つ、でもある訳だね……。
「えぇと?」
「あ、ミーナニーネと申します!」
そう言って笑うが、人の笑顔で目が潰れそうになる等、経験した事が無かった。
「うお、眩しっ。……けど、今二人分の名前無かった?」
「はい?」
「いや何でも。……リギャルド殿?」
改めて問い質せば、彼は深いため息を吐くのみ。
数秒の後、重い口を開いた。
「……。聞いての通りだ。ミーナニーネ・リギャルド。私の妹だ。お互い、生まれは離れているがな」
最早、観念したとでも言いたげな口調である。
「先に言っておくが、後での話はそいつの事ではないぞ」
「あ、ですか」
そんな一條の言葉も半ば反応せず、ミーナニーネは高井坂の方に向き直り、
「また、色々話したい事も、あります、のでっ」
はにかんだ様な笑みでそれだけを言ってから、足早に去って行った。
一瞬の出来事に、ややあってから、紀宝が一言呟く。
「ほらね」
「あー……。なんとも難しい問題ですね……」
「シャラが残る事になりますかね、ジャンヌ殿」
「かもねー……」
アランの言葉に同調した。
「……えっ、いや、残りませんけどっ!?」
「当然だ。残る気ならこの手で極刑にしてくれる」
「理不尽過ぎる!」
兄であるラースリフ・リギャルドは、歳の離れた妹に対して過保護であるらしい。
「極刑が成功したら連絡下さい。今後に活かしますから」
「酷ぇ。ってか今後って何。活かすとこ無いでしょ」
「うーん。耐久力高い奴の倒し方?」
当たらずとも遠からず、ではある。
「前から思っていたのだが……」
やり取りに混ざる様に、リギャルドが口を開いた。
「ディノワ殿。皆から嫌われ過ぎでは? 一体何をすればそこまでになる?」
指摘に、一條と紀宝が首を傾げ、残る二人が苦笑と呆れを示す中、一人気合いを入れる嫌われ者。
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高井坂、魂の叫び声が木霊した。
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