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25節.生きる意味を探しに
しおりを挟む草木を掻き分ける。
それももう飽きてしまう程に繰り返した。
足元の蔓に引っ掛かり、転倒しそうになる少女。
寸でのところで体を支えられた。
「大丈夫かい? バレー」
「う、うん…」
あれから何日が過ぎただろう。
10日はとっくに経っているかもしれない。
御者のシュントと別れ、国を出た。
当てもない旅。
そう何度も言ったが、バレーはついて来ると言い、聞かなかった。
行く先で魔物に遭ったりもした。その際は、なんとか目を盗み、命からがら逃げてきた。
道中はアダムズが、持ち前の剣の腕を駆使し、何とか切り抜けることが出来た。
野生の動物を捕らえ、火を焚き、炙る。およそ料理とは言えぬ簡単なものだったが、バレーを含めた2人が最低限生きていける生活術が役に立った。
それも、ミンツに任されることも多かった宿屋での雑務が下地となっている。
「…」
このまま荒野を進み、村や町を転々とする。
そんな人生の過ごし方も悪くはないが、いかんせん今は“1人”ではない。
まだ幼き少女を連れている。
自分の1人の旅路ではない。
一度、身を救った以上、事の行く末を見届ける責任がある。
(どこか安全なところへ預けられればいいけど…。
まあ、それも本人の了承を得るのは難しそうか…)
既に何箇所か訪れた場所でも少女の身を案じられ、アダムズとしても提案し頼み込んだが、バレーがそれを良しとしなかった。
『アダムズと一緒がいい。一瞬ならどこへでも、どこまでもついて行く』
とのことだった。
もう随分と歩いた。
旅の脅威は魔物だけではない。
“魔物”は元来、人に敵意を向けるもの。
動物や昆虫のような生き物とは少し性質が違う。
ヒトという種に対して本能として、明確な悪意を向ける。
そして、中でも“魔獣”と呼ばれる存在は特段、強力で獰猛である。
そんな恐ろしい生物が跋扈している中、人間が懸念すべき点はさらにもう一つある。
それは、戦争である。
幾度となく人が繰り返す悪行であり業。
人という種が生まれたのは具体的にいつかは分かっていないが、竜が現れ、それを打倒し、人類が団結。
暦が出来てから数百年。
この世界から争いの“全て”が消えたことは、1秒足りとも無い。
もちろん、これからもそれは難しいだろう。
アダムズとバレーが進む先も、同じだった。
小競り合いを始めとした、戦争が各所で行われている。
彼らの知る国の数は多いものではないが、もし見つかれば、今現在どちらにも属さない自分らがどうなるか、分からない2人ではなかった。
魔物と戦争。
あらゆる危機を回避することに専念する日々は、いつしか2人の精神を摩耗させていっていた。
やがて山を抜けた。
ひたすらまた歩き続ける時間がやってくる。
そう思っていた。
「ん…?
…よかった…“町だ”」
地平線の先に乱立する建物の屋根が見える。
2日か3日程ぶりの人の密集地。
所持金はまだ野盗の一味から巻き上げた残りがある。
約束された食い扶持に安堵するアダムズ。
「町だよ、バレー。まともな食事を食べれる」
後ろについてくるバレーに優しい声でそう告げた。
町には少し、戦いの痕跡がみられた。
建物には黒い煤の跡が。兵士の中には包帯を巻いている者も居た。
だが、その見た目に反して、町の様子は活気付いており、戦々恐々としているわけではなかった。
その不思議な様子に少し慎重になりつつ、町を進んでいく2人。
大きな検問などはなかった。
帯剣をしているというのに、だ。いくら若い男と少女の2人とはいえ。
(とりあえずは腹ごしらえだ)
アダムズは1番に目を引いた店に入る。
「うわ…」
そこそこ繁盛はしているのだろう。人々が楽しげに飲み食いをしている。
「らっしゃい!」
特に隠れる必要もなく、分からないことも多かった為、2人はカウンター席に座る。
「ん? 見ない顔だなあ。他所モンかい?」
店の主人が快活に訊ねる。
「ま、まあ。旅してまして…」
「ほえ~! お前さんみたいな若いの2人で?」
「え~と…」
返答に困るアダムズに主人は笑う。
「なんやらワケありって感じかい。いいよいいよ! 深くは聞かねえ。
お互い信頼関係はありそうだしな」
ほっと胸を撫で下ろすアダムズ。
ここでようやく心も体も落ち着けるというもの。
「じゃあ簡単に何か貰えますか?」
店自慢のパイとスープを食しながらアダムズは訊ねる。
「ご主人、見ての通り俺達分からないことばかりなんです。
ちょっとこの町について、この周辺について教えて頂けませんか?」
身の振り方を考え直す為にも、情報が必要とアダムズは考えた。意味も目的も無くただ放浪するには、この世界は些か危険過ぎる。
「おう、構わねえよ」
「ありがとうございます。まず始めになんですが、この町について教えてもらいたいです」
右も左も分からずに剣1つで少女を守り、ここまで辿り着いた。青年の顔には切り傷もみられ、満足いく治療はしていないように見えた。
店の主人には、目の前の青年の生き方・努力が一斉に視界に入ってきているように思えた。
「ここはグランマルリア。
周りは少々きな臭く、殺し合いの余波に巻き込まれることも少なくないが、ここ自体は穏健な人間の集まった平和なとこだよ」
「なるほど…周りはやっぱり戦争ばかりなのですね…」
決して軽くは無い話題に、アダムズと主人の顔は険しくなる。
バレーはあまり話を深くは理解しておらず、食事を夢中になっている。
「ああ…実にくだらんよ。
人様が人様の命を奪って……そうまでして土地や戦果が欲しいかね。
金や力は人を狂わせると言うが、色んな問題を1つ1つ紐解いていけば、言葉以上に万能なものは無いと思うんだがな。
“…人間は二足歩行になったんなら、腕を切り落とすべきだった”」
主人の言葉が重くアダムズの心にのしかかった。
もし、ミンツと話し合いで済んでいれば。
母が殺されたという充分な動機はある。
だが、ミンツを殺したことによって何人の人が涙を流したかは考えていない。
衝動的な行動を抑えられたかと言われればそれは難しかっただろうが、剣を振り翳す前に、彼のことを慮る瞬間があっても良かったのかもしれない。
既に後の祭り。そんなものに苛まれても無駄ということは分かっている。
「……」
アダムズの表情から、彼がただならぬ事情を抱えていることが分かる。
「ま…まあ、結局は気の持ちようさ!
自分で解決出来ないことってのは考えない方がいい。日々を楽しんだモン勝ちよ!
今日まで生きている兄ちゃん達は間違いなく強運の持ち主だしな!」
「そ、そうですね…」
(すごいな…俺には出来ない考え方だ。
俺より長く生きてるからってだけじゃない。ここの人達は根が柔軟なんだ)
すると1つ、疑問が生じる。
それほど治安の悪いことが多いというのに、何故この町は無事でいられるのか。
「…ここは争いに巻き込まれたことのあるっていうには平和ですよね。兵士さん達もそんなに多いわけじゃないのに…。
どこかの領地なんですか?」
「ん? ああ、ここはベントメイルの領地だよ」
「ベントメイル…」
ベントメイル。
ベリーマルクゥを遥かに超える人口を誇る大国。ここが守られているのにも納得がいった。
アダムズはその名前に聞き覚えがあった。
(ベントメイル…か…。確か、母さんの母国だ)
王の愛人として甘い蜜を啜っていた母。その頃自分を孕ったらしい。そう聞いていた。
(王の父…。“父さん”って存在に会えば、俺の人生も何か意味を見出せるのかもしれない…)
「ここからそんなに遠くない。もし行き先に困ってるんなら行ってみるといい。
寛容な国だ。敵国の間者かどうか調べるくれえの検問はあるだろうが、すぐに入れてくれるさ」
「なるほど…良いかもしれませんね…」
バレーを見ながらアダムズが呟く。
視線に気づき、食事の手を止める。
「…私、アダムズが行くとこに行く」
「信用されてるねえ」
微笑で応えるアダムズ。
旅の目的地が決まったのは良い流れといえた。
「このパイ、絶品ですね」
「何だい? 情報を手にしてから料理を褒めるのかい?」
「あっいえ、そういうわけでは…」
「ははっ! 冗談だ! たんまり食ってくれ!」
「あはは…」
自分の父がいる国。俄然興味の湧いてきたアダムズであった。
「丁度いい時期かもしんねえぞ?」
そんな話を横で聞いていた男が話しかけてくる。
「丁度いいって?」
男は食いついてきたアダムズに気を良くし、身を乗り出して話し始める。
「なんでも、最近国交が上手くいったんだとよ。
こりゃ何か祝い事があるかもな」
嬉しそうな男。
アダムズは1つ引っ掛かる。
仮に自分もその国の国民だと言うのにどこか他人事の話し方だったからだ。
「? 伝聞ですか?」
話の本筋とは異なる質問に男は一瞬目を見開く。
「ん? ああ、俺はずっとグランマルリアに居てよ、あそこに行ったことは無いんだよ。
あそこ程の国になりゃあ、きっと“五賢者の骨董品”だってあるに違いないっ」
噂話が好きな人なんだろう。すっかり熱が入っている。
「…五賢者の骨董品?」
これまた軽くだが聞いたことのある単語だった。
母が、いや、元を辿れば父が崇拝していたという理由で身に付けさせられた“勇者”の戦い方。
“生まれ変わりになれ”などとまで言われたもの。その勇者の骨董品を手に入れれば本当に、“勇者そのものになれる”かもしれない。
(いや…それを望んでいた母さんはもう居ない。
…ベントメイルの王の為にそこまでする必要もないだろう)
「とんでもない力を秘めた英雄の遺物だよ。まさか、知らないわけじゃないだろ?」
都市伝説と思っていた。
今でもその考えは変わらない。なんて言えば、場が白けることはアダムズにだって分かった。
「ええ。久しぶりに耳にしたもので。
そんなものがベントメイルにあれば、俺も一攫千金を目指してもいいかもしれませんね」
冗談めかして言う。
「おうよ! でもそれで一生遊んで暮らすのもいいけどよ、やっぱりもし見つけでもしたら、手放せなくなるんじゃあないのか?
なんせ、1つで、百人力の力・軍1つと同等の力・国を動かす力。たくさんの言葉で彩られる代物だ。
こんな世の中じゃ自衛の為にも持っておきたい逸品だろうよ」
まるで夢物語。
そんなものに馳せる程、アダムズは楽天的ではない。
もし、…もしそんなものがあれば、…“五賢者は罪なものを遺したと言えるだろう”。
「あー俺もここで平穏過ぎる一生を送るより、刺激的な冒険に身を投じるのもいいかもなあ」
「ははっ、そんなモンがあったら俺も店畳んでもいいな!」
熟考するアダムズに反して、男と主人が花を咲かせている。
その時、アダムズの服の裾を引っ張る感覚があった。
「わ、私のこれ…こ、骨董品…」
バレーの言葉だった。
「?」
要領を得ない発言に疑問符を浮かべるアダムズ。
その後ろから男が顔を出す。
「んんっ?
ははっ! 穣ちゃん、こんなところに骨董品は無いよっ。あるワケない。
第一、骨董品とは言えどあの英雄のモンだ、そんな木の枝とは比べ物にならないくらい絢爛でド派手だろうよ」
困惑しているバレー。
アダムズは優しい顔で声をかける。
「ありがとう。俺も頑張って骨董品探そうかな」
ふるふると顔を横にふるバレー。
「違う…本当…」
「ならよォ、何かすげえ力の1つでも見せてくれよっ」
悪気は無いが、酒が男の言葉を捲し立てた。
「……~っっ」
動きを見せないバレーの頭を撫でるアダムズ。
「…大丈夫。ベントメイルで満足いく答えを出してみせるよ」
父に会う。
漠然とした目的かもしれないが、指標が定まったことを今一度胸に確かめる。
五賢者の骨董品という物の情報も探して損は無い筈。
アダムズは少女と共に、自らの行く末を幸せなものにすると固く誓った。
応援ありがとうございます!
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