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26節.来訪
しおりを挟む自分が思っていたより遥かに簡単に入国できたという事実に、アダムズは驚きを隠せないでいた。
検問もあって無いようなものだったのだ。
(ベントメイル程の大国が、平和ボケしているとは思えないが…)
酒屋での男の話通り、国は活気付いているようだった。
2人の目の前に飛び込んできた光景は貧困など微塵も感じさせない、栄えた国の姿であった。
「すごい…」
思わずバレーの口から洩れた言葉。感嘆とせざるを得ない。
商いはベリーマルクゥとは比べ物にならない程発展しており、人々はその幸福度を余すことなくひけらかしているかのよう。
優美な様相は2人の心に光を灯した。
グランマルリアの主人に聞き、道中丁度の分だけ蓄えた食糧は底を着いていた為、まずは腹ごしらえということになった。
買ったくるみのパンを片手に、2人は散策を続ける。
歩きながら何度も耳に入ってくる言葉があった。
凱旋。
先の国交を祝し、王が街へ降り凱旋に回るらしいのだ。
実に好都合であった。
王があまり顔を見せないというのは軽くだが聞いていたアダムズ。
多少強引だが、凱旋中に接触が叶うかもしれない。
息子という事実。その影響力は大きいだろう。
母の名前を出し、自分の顔を見て貰えば分かってくれる筈だ。
内心、不安と期待にも似た奇妙な感覚の同居に戸惑いつつあるアダムズであったが、小難しいことは考えないことにした。
2日後に行うという情報も手に入った。
それまで、この豊かな街でバレーと平穏に過ごそう。そう決めた。
「皆…楽しそう…」
幸せ。
そんな言葉の意味すら真に理解していなかったであろうバレーにとって、ベントメイルは心地の良い空間であった。
(王に会い、ことがトントン拍子で上手くいけば…王子…なんて立場にもなり得るかもしれないのか…?
…いや流石に無いよな…。でも、母さんに口酸っぱく言われて身につけた“勇者”の知識・戦い方なんてのが、案外王に気に入られるのに一役買うかもか…)
「アダムズ…楽しい…?」
「…! …ごめん、心配させちゃったかな。…うん楽しいよ。
ここはすごいところだね。僕らの故郷とは大違いだ」
母国ベリーマルクゥと大国との違いを肌で実感する。
アダムズは2日の猶予でのことを考える。
食事は店に寄ればいいだけ。お金はまだあと僅かにある。
ふと、自らと連れの少女の身なりが目についた。
周りに白い目で見られることこそ無かったが、いかんせんその汚さは目立ってしまう。
それに、ボロボロで縁起の悪い剣とも別れを告げたかったところだった。
勇者の武装だけでも、今すぐに拵える必要があると判断したのだ。
「盾が要る…。
剣も新しくしよう。これじゃあ縁起が悪い」
2日という日数はあっという間に過ぎ去った。
骨董品の噂の多い場所だからか、勇者が使ったという剣と盾を買うことが出来た。無論、モデルが同じというだけのただの剣と盾に過ぎないが。
新品の服や武器に身を包んだ2人は、同じく凱旋を心待ちにする民衆の中に紛れている。
体を沸かしたお湯で洗い流したときなど、言葉に形容しがたい快感が身を襲った。
衣食住の食だけを辛うじて済ましてきた2人には格別の2日間であったのだ。
凱旋当日。
自然と動悸がする。
目的を無くしてしまったと思っていた人生。母を無くし、母国に居場所を無くし、そして違う国にいる父という微かな糸を辿り、頼る。
事がどう転じるかよりも、自分が父という存在を前にして、どうするのか。アダムズは自分でも分からなかった。
次第に民衆の声が大きくなっていく。
先程までは、ただ国の祝い事として街が盛り上がりを見せているだけであった。
だが、しっかりと、確実に、“歓声そのもの”が近づいてくる感覚があった。
人混みの中、列が見渡せるところを位置取る事に成功するアダムズ。
通りの奥から騎士が列をなして進んでくるのご見える。
玲瓏な演奏の音と共に紙吹雪が待っている。
王は列の中腹にいた。
今現在は騎士達しか見えはしない。
馬上に乗るが1/3、そして残りの2/3は歩兵として、護衛をしている。
清潔感、とでも言うのだろうか。
ただ鎧を纏っているから、という理由ではなく、民衆と騎士の“風格”には息を呑む程の違いがあった。
ベリーマルクゥでは感じなかった“圧”であった。
それでいて恐れ慄くようなものではない。
アダムズとバレーは、まさしく“国を守る英雄”のような存在から目を離せずにいた。
「あれが…兵…。強そうだし、かっこいいし、何より…国民から愛されているのが伝わる…」
アダムズの口から漏れた言葉に、横にいた店の亭主のような男が口を開く。
「なんだお前さん、まるで初めて見たような言い振りだな」
思わず聞かれてしまったことに一瞬面食らうアダムズ。
「え? あ、ああ…何分こういう行事を見るのは少ないもので…騎士さんも…」
男はがははと大きく口を開けて笑った。
「そりゃ珍しい!
ありゃな、カタストロフ騎士団だよ! 知っておいて損はないぜ!
“王の剣”。あんな強え連中が居れば、この国も安泰ってもんだ」
厚い信頼。
バレーも目を輝かせている。
列はさらに近づき、先頭は視界を横切っていく。
先頭には大きな斧を担いだ大男と、2本の片手斧を持った男。
役職としては上の位置なのだろうが、馬には乗らず、歩いている。
見るからに只者では無い気迫を滲み出していた。
そんな騎士達も通り過ぎ、いよいよ王の姿が見れる。予感は毎秒強くなる。
遠目にだが、手を振っている人影が見えた。
「…!」
「アダムズ、あれ、王様?」
バレーが指差す。
アダムズは王の方向から目を逸らさず、小さな声で応えた。
「…ああ」
「じゃあ、あれがアダムズの“かぞく”…なの?」
「…!……ああ」
王は豪華絢爛な馬車の、変わった形の荷台の上に立っていた。この凱旋用に作られたものだろう。
王の傍には先頭にいた者と同じ、はたまたそれ以上の強さを持っているであろう団の中枢人物と見られる男が2人居た。
挟み込むような形で王を守り、殺気こそ出していないが、強い警戒で周りを見渡しているのが分かる。
紙吹雪と演奏と歓声。
やがて王の顔が鮮明に見える距離まで近づいてこよう時。
“アダムズの中から音は消えた”——。
あれほど入り乱れていた音が、彼には届かなくなったのだ。
やっとの思いで眼前に現れた王。バレーがアダムズの服の裾を引っ張っているが、それに気づくことはない。
彼女の声も届かない。
1つの感情がアダムズの脳裏に浮かび、やがて覆い尽くした。
(あれが…王…?)
アダムズは信じることが出来なかった。
自らの置かれた状況が理解出来ずに居た。
遠路はるばるやってきた大国。
毎日、自分と母の命を繋ぐ為だけに生きてきた人生が終わりを迎え、人を殺し、母国で人相描きが出回り途方に暮れた。
場所を点々としていた中、少女を助け、旅の道連れに。
そんな中、父の国の領地に辿り着き、唯一の肉親の繋がりという“希望”とも言えるものを見つけた。
これから己の人生が始まる。
どう転ぶかは分からなかったが、ここが人生の岐路ということだけは分かっていた。
だからこそ、自分がどういった立ち振る舞いで、王という“至高の存在”の前に出るのかを熟考していたのだ。
そして訪れた王との瞬間。
アダムズがしていた“予想”を遥かに逸脱した“風貌”。
…“違ったのだ”。
(そんな筈はない、そんな筈はないっ。
———目の前の男は誰だ?)
王と呼ばれ、民から黄色い声を受ける男性。
額を出し、前髪や髪の全てを後ろに流している。
その姿は、アダムズとは異なる、“黒い髪”をしていた。
(髪が…、顔が………“似ても似つかないじゃないか”!!)
ベントメイルの人間は半数以上が黒い髪という特徴を持つ。
それは母、ヘリティアとて同じであった。
だがそれに反して、アダムズは美しい金色の髪と透き通る青色の瞳を持っていた。
目の前の事実は、アダムズの認識との乖離を引き起こした。
(この金色の髪は父譲りのものではなかったのか!? この眼の色は!?)
ふと、宿屋のミンツから、母の事や自分の生い立ちについて聞かされたことがあったのを思い出す。
『お前の母親は王に捨てられた』
『その後も運がなかったらしくてな、道で泣き喚いているところを暴漢に襲われたんだ』
(…!
…まさか…)
「アダムズ…! アダムズ…!!」
王を見るや否や、固まっていたアダムズは、踵を返し、民衆を掻き分け凱旋の列と反対方向に進み始めた。
その足取りはふらつき、まるで死人が徘徊を始めたようだった。
「どこ…行くの…っ!? 待って…!」
本来の目的と反対の行動をするアダムズに戸惑いながらも、その後を追うバレー。
「はは…、はははははははははははは!!!」
突然、大きな声で笑い出すアダムズ。
「!?」
バレーを恐怖が襲う。
目的の達成を目の前にして、頼れる人間が発狂したのだ。僅か7つばかりの少女には耐え難い恐ろしさである筈だ。
笑い、人混みからどんどんと遠ざかっていくアダムズ。
周りの人間にも、当然の如く避けられる。その眼は奇異の眼差しであった。
「なんだなんだ?」「こんなめでてえ日に」「狂人だろ! 放っておけっ」
人の集まりから離れ、やがて人気の無い路地裏に着く。
アダムズは力無く膝から崩れ落ちる。
「ア…ダムズ…?」
何故?
バレーには分からなかった。
家族である父親に会うという理由でここベントメイルを訪れ、念願叶って王を目にすることが出来た。それなのに、何故彼がこれ程までに“哀しい顔をしているのか”。
「どうしたの…? 何があったの…?」
アダムズの顔はひどく疲弊し、憔悴していた。
「“父親”って存在に会いに行ったんだ。そう言ったろ? …けど、それは“父親”じゃなかったんだ」
「…?」
「小難しいよね…。俺は…王様の息子なんて大それたものじゃなかった。
どこぞの盗賊紛いの男が、母さんを……ははっ。
…最底辺の人間の男の血が、この体の中に流れてるってことだよ…」
「……」
アダムズが絶望に打ちひしがれている。
家族が居ると思ったら居なかった。
高潔な存在かと思っていたら低俗な存在であった。
自分も同じく悲しむべき場面なのだろう。バレーはそう思った。
だが、その考えとは裏腹に、気持ちは少し穏やかであった。
天涯孤独。
彼女にこういった認識があるわけではない。
しかし、アダムズが“より近くになったように感じたのだ”。
「…なあ……“俺は、何を恨めばいい”?」
バレーは優しく抱きしめた。
「いいよ。泣いて。
…“私も同じだから”」
「……はっ、くくっ、…あっはははははははははははははは!」
アダムズは、声が枯れるまでバレーの胸で咽び泣き、笑った——。
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