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第2章.飛翔
14.一難去って…
しおりを挟む彈は信徒達の攻撃を華麗に避ける。
電車という狭いエリアでの戦闘。実践経験がなく、かつ集団で動いている彼らは非常に不利であった。
連携もまともに取れない中、彈が攻撃を仕掛ける。
吊り革やポールを巧みに使い、信徒を翻弄する。
信徒の下段の攻撃を、吊り革の垂れた鉄棒を掴み体を引き上げ避ける。そして、そのまま蹴りに移行する。
アクロバティック且つ的確な攻撃。
彈の力に信徒達はなす術もなかった。
弥岳が声を荒げる。
「予定が狂いましたね…」
「教祖様! 各部隊、新宿・渋谷・赤坂で正体不明の妨害に遭い手こずっているようです」
舌打ちをする。
「…あなた達は選ばれし貴重な人員です。下がっていなさい。私が仕留めます」
自ら先頭車両に赴く弥岳。
信徒の1人を蹴り上げ、車両後方に飛ばす。
その信徒を粗雑に掴む。
とうとう彈のところに到達した弥岳。
「ラプトル…。あなたのせいで計画に遅れが出るどころか、多くの信徒達が使い物にならなくなってしまいました。
せっかくの別働隊も頭のおかしい者どもに邪魔をされているようですし…」
頭のおかしいのはお前もだろ。
彈は奴にとって狭い環境であるはずの電車内に居ながらも、最大限の警戒を続けていた。
「私達は多くの命を殺めようとも、一撃。なるだけ人が苦しまないようにさしあげております。ですがあなたはどうでしょう?
我々を完膚なきまでにうちのめし、死んでこそいませんが、暴力を振るうことが目的にさえ見えます」
彈は一呼吸置いた後、笑った。
「…ははっ。傑作だ。…“当たり前だろ”。お前らクズに同情の余地は無い。お前らみたいな何の罪も無い人を傷つけるクソ野郎は、俺が“出来るだけ、死なない程度に、ブン殴ってやってんだよ”」
弥岳は目を丸くし、辺りを再度見渡した。
信徒達は自分の与えた強化スーツを着ていながら、無惨にもたった1人の、恐らく、”ただの人間”に敗北を喫している。
彈をしっかりと見据える。
「…まるで、ヴィランだ」
弥岳は自分が相対している者を改めて評価し直した。
「これは、私の悲願なのです。
この腐った世の中、なんてよく言いますがその通り。いま、社会を変えなければ、第三次世界大戦が! 恐慌が! 飢饉が! …人々を苦しめ、暗黒の時代が訪れるでしょう。苦しみと憎悪の連鎖、混沌が弥漫する。それが何故わからない? 我々は憎まれ役を買って出ているだけなのです!」
弥岳はリーチの長さによる不利をものともせず、車内で暴れ回る。ポールはひしゃげ、窓は割れ、座席は壊れた。突風が車内にのたうち回る。
暴れ馬、闘牛、なんとも言い難いその光景に彈は冷や汗をかいた。
(やっぱりこいつは特別きついな…)
「…マタドールってのは大変だな」
割れた窓から強風が吹き荒ぶ。
「何か言いましたかっっ?」
弥岳は笑みを浮かべ余裕そうな表情だ。
風の音が2人の会話を遮る。
「なんでもねえよ!」
大声を上げ、ポールを軸に周り、体重をのせた蹴りを浴びせる。
弥岳の顔に当たるも、顔を覆う頭巾のような装甲に、あまり効果は期待できなかった。
「亜莉紗! やつに弱点は無いのか!」
「あんたいっつも体一つでなんとかしてるでしょ! 勝てそうにないの?」
亜莉紗の声だけが通信機からはっきり聞こえる。
「…関節部は?」
彈は息が上がりながらも応える。
「そんなのとっくに試した! 柔軟な布のくせして衝撃吸収も兼ね備えてるみたいだ! 俺の、“人”の攻撃じゃどうしようも無さそうだっ!」
亜莉紗が頭を抱える。
「他ならわけなくても、主導者には、坊やの打撃、締め、極め、投げのどれもが通用しないわけね…それなら
…………“落とすしか無いわね”」
「落とす?」
想像だにつかない答えだった。
「坊や今、“急行”にでも乗ってるのよね? なら次、停車するまでにそいつを落とすのよ! 平たい場所じゃ駄目よ、しっかりと高低差があるところでやりなさい!」
彈は戦いながら景色を確認する。
「確かにただ高いところから落とした程度じゃこいつは死ななそうだ。それどころかそれで気を失うかも賭けだがな」
亜莉紗は通信機の位置情報を見ながらサポートをする。
「少しラグはあるけれど、後2、3分で道路が下に位置する高所に出るわ。おそらく高さは十数m。チャンスは一回だと思って」
彈の攻撃は効いていないわけではない。ダメージは確実に蓄積はしている。
同様に弥岳にも体力の限界があるはずだ。あれだけの装備にあれだけの巨躯。
全ての要因をフルに使わなければ。
後方のドアが開き、信徒の1人が現れる。
「祖よ! 非常にまずいことが…!」
弥岳は彈を見たまま続ける。
「何事です?」
「新宿、渋谷、赤坂に続いて、板橋までも…」
「何…? 板橋には獅嶋君がいるはずです。それに主部隊にも劣らない戦力を用意しているはず」
信徒は恐る恐る呟く。
「ほんの一瞬にして全員が活動不能に追い込まれた…と」
「は…?」
「獅嶋様は意識が戻っておらず、かろうじて連絡のできた信徒からの情報です…。敵はたった1人…と」
自らの計画が音を立てて崩れていく。
弥岳は報告にした信徒を手にかけた。
「稀代の私刑人よ! そこまで言うならば! 私に! 神の御使いに! ……抗ってみせよ!!」
興奮した弥岳の攻撃を後転の要領で避け、弥岳の大振りは空を掴む。彈はそこから流れるように逆さのまま両足で顎を2度蹴り上げる。
よろけた弥岳の横を走り、後方車両へのドアから電車の上に登る。
「逃がし…ませんよ!」
弥岳はその怪力で天井を突き破る。身を乗り出し、上に登り上がる。
待ち構える彈。弥岳は躍起になって突進する。
彈は真正面からあえて弥岳に向かって走り、そのまま弥岳の股の間を滑り込む。
彈を見失った弥岳はすぐに後ろを振り返る。
“視界は大きな看板で埋め尽くされていた”。
とてつもない速度でぶつかった看板は壊れ、弥岳の体は宙に浮いた。
「ぐっ…!!」
彈は低姿勢から即座に起き上がり、体重を充分に乗せた渾身の回し蹴りで追撃を放った。
「…じゃあな」
弥岳は高所から無惨にも真っ逆さまに落ちた。
瞳だけが見えていたが、ひどく恨めしい表情をしていた。
「警察だ!!」
麻酔銃で次々と信徒達が倒れていく。
強化スーツを着ている彼らも顔から上は露出している。首元をプロに狙撃されてはひとたまりもない。
「ちっ…」
斉藤は倒れた死体の中、息のある人間を探すも生き残りはごく僅かであった。
張本人であろう男が逃げようとしていた。
「待て!」
銃を構え、男を呼び止める。
「お前何者だ…? こいつらは犯罪者だが、判決も無しに殺していい理由は無いっ」
モノクロームは振り返る。
「俺はラプトルに続くヒーローさ。知っているはずだ」
斉藤が眉間に皺を寄せる。
「やはり、モノ…クロームか…!」
完全なる殺人の現場。周りには大勢の警察。
圧倒的不利な状況であろう中、モノクロームは悠々と足を進める。
SAT隊員が麻酔針を撃ち込むも、モノクロームに文字通り、一蹴される。
「なんて反応速度だ…」
モノクロームは再度その場から去ろうとする。
「無理に警察さん方と揉めるつもりはねえ。あんたらはその阿呆どもをよろしく頼む」
手をひらひらとさせながらモノクロームは立ち去った。
事態は収束を迎えた。
渋谷、赤坂には早い段階で警察が駆けつけその場を制圧した。
池袋、新宿、板橋にはひと足遅れ、事が終わりかける頃合いであった。池袋ではラプトルとの交戦を目撃した情報もあり、またヒーローとしての株を上げることになってしまった。
今回の宗教団体ペスティサイド同時多発テロ事件はまたもや謎を呼び、世間の注目のトピックに。
ラプトルに加え新宿にて新しく現れた自称ヒーローの殺人者、モノクローム。
赤坂には謎の狂人、渋谷には謎の透明人間?、そして板橋には一瞬で騒ぎを収めた謎の怪物。
目下の問題が露呈し、さらには水面下にあったであろう想定外の問題も出てきた。
『ヒーローの時代だ!!』そういった声も増えてきていた。
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