際限なき裁きの爪

チビ大熊猫

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第2章.飛翔

15.叶わぬ願い

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「はい。新品」
 亜莉紗は全く同じ、ラプトルのコスチュームの新品を広げる。
「こんなすごい代物しろもの、2着目が必要になるとは思わなかった」
 頑丈つ動きやすいよう作られていたコスチューム。そこらの物とは比べ物にならない出来だ。
 そんな物でさえボロボロになってしまう。そんな日々を彈は送ってきたのだ。
「通信機も調子良いようね。ほぼリアルタイムで時差無しに伝わるし、位置情報も完璧」
 亜莉紗との連携がなければ今回の池袋では対処できなかった。
 彈はいつも1人で戦って、闘っているときでも誰かに支えられてる。

 ふと、幼馴染・友人・師の顔が浮かぶ。
 やっぱり俺はこの活動をやめることは無いだろう。
 そう、強く思った。


 亜莉紗のケータイが鳴る。連絡してきた相手を見て思いついたように彈に声をかける。
「そうだ、丁度いいわ! …ハ~イ、あたしよ。
…うん。…ええ。はいはい大丈夫よ。自信持って。!」
 随分親しげだ。彼女は情報屋だ、交友関係もそれなりに広いんだろう。
 亜莉紗がテレビ通話にして、おもむろに画面を彈に向ける。
「~っ?!?!?!」
 カメラを手がおおう。
 すぐに画面は真っ暗になってしまった。
「…ダニエル。いい加減クライアントと向き合いなさい。…それに、彼は相当の大物よ。ラプトルの正体を知ってるのは今、あたしと作り手であるあなただけなんだから」
 彈は驚いた。
 ラプトルとしての象徴である身を包む全ての物を作ったメカニック。
 感謝してもしきれない、それほど彈にとっては欠かせない人物。しかし、本人のシャイな性格によりこれが初の対面となった。
 水色のタンクトップに腰に巻いた作業着、いかにもといった風貌だ。
 ボサボサのブロンドヘアに丸い眼鏡。
 ダニエルは観念して渋々手を離し、姿を見せ彈と向き合った。
「どうも、初めまして…震条彈です。お世話になってます」
「…ど、どうも。だだ、ダニエル・シェーンウッド…」
 おどおどしながらも言葉を振り絞る。
「…はあ。彼は元々趣味でものづくりをしていたの。経歴はエンジニアから始まって、大手の開発部にたずさわり顧問こもん的な位置で製造の指導をしていたこともあるわ。
まあ色々あって、今では色んな世界・業界で自分の無理ない範囲でオーダーメイド、なんでも作ってるわ」
「俺の事情諸々もろもろを知っていたとして、無償なはずだ。レッドや亜莉紗が払ってるわけじゃないし」
 彈は何故今まで考えなかったのか、突然出てきた疑問をぶつけた。
「あら、あなたのやっている事は意外とお金になるのよ。
基本的には慈善じぜん活動のようなものだけど、シングウジインダストリーの件なんかはあの大企業が消えたことによってライバル会社達が大きな利益を得たわ。もちろん情報を売った、私にもね」
 裏の世界でもあの会社は厄介者やっかいものだったということか。
 市場を独り占めしていた分が浮き、周りの奴らが食い漁りに来る手助けをしてしまったというわけだ。

 …待て。
「…情報を売った…?」
 信じられない言葉を前につい聞き返す。
「…ん? ええ。そりゃあね。情報屋よ? あたし」
 何を考えている。この女。
 レッドの昔からの知り合い、辻本亜莉紗。
 信用にあたいする人間だ。それは変わらない。だが、あまりにも想定のしていなかったことに困惑した。
「当たり前じゃない。事件後に話しただけよ? そのときの状況や詳細を。もちろんレッドが死んだことは伏せてあるけど。
あの一件の動画が出回った理由がわからない、そういう話だったわよね。あれも真宮寺雅隆とソードを繋ぐ役割をになっていた、ソードの側近の王前崇久が撮ったものよ。ようは唯一の生き残りね。彼、しぶとい人間でね。少し拡散を手伝ってあげたの」
 ペラペラと次から次へと紡ぎ出される言葉。
 隠していたことをこんなにもあっさりと喋られるとこちらもどうしようもない。
「全部、あなたが有名になるために必要だったことよ。もちろん、お金の為でもあるけどね。
あなたのサポート役であるあたしは常にラプトルの最新の情報を知れる。そしてあなたの正体がバレない範囲で情報を渡す。これはwin-winの関係」
 俺への敵意を助長じょちょうする形になるのはいいのかよ。彈は言葉を飲み込んだ。
 2人の会話の中、沈黙していたダニエルが口を開ける。
「…ダン、アリザ元々こういうヤツ。ツカミドコロ? のない性格だから、悪気があるわけ…じゃない」
 思わぬ横槍に彈は驚くも黙って聞き入れる。
「あら? そんな顔して……裏切りだなんて思わないでよね!? これからも坊やとは良好な関係でいたいんだから」
 猜疑心さいぎしんは思わず顔に出てしまっていたようだ。
 レッドスプレー。いわゆる裏の世界、社会の暗部あんぶの人間。その中でも伝説とうたわれた殺し屋。
 そんな異常者とも言える人間が一目置き、長年付き添った相手だ。自分の尺度しゃくどで推し量れるものではないのかもしれない。

 彈は渋々納得した。
「…ありがとうダニエル。確かにレッドの知り合いならおかしくて当然だな」
 笑いながら礼を言う。
「失礼しちゃうわ」
「逆に君みたいなのは珍しいんじゃないか?」
 見たところダニエルはおどおどしてはいるが常識人だ。
「彼こそ狂人よ。物を作る為なら自分の食事や睡眠といった生活は平気で投げ出すし、何より金額はあたしに任せてるしね。
ま、売りたい相手以外には売らないって正義漢ぶりはあなたに似てるかもだけど」
 なるほど、彼は本当に“ものづくり”が好きなんだな。
 彈はダニエルという人間が少しわかった気がした。
 少し変わった2人ではあるが、情報屋とメカニック。やはり大きく背中を預けられる存在であることに変わりはない。




 大きな会議室で警視総監である纏阿片が怒号どごうを上げる。
「何故、いまだ弥岳黎一は見つからんのだ!!」
 拳を長机の上に振り下ろす。大会議室に声が響き渡る。
坊主頭の警視長、小鳥遊が1人の刑事に目を向ける。
「斉藤! お前1人で嗅ぎ回ってたらしいじゃないか。何か有用な情報はないのか?」
 会議室の後方に座っていた斉藤が立ち上がる。
 横にいた流も続こうとするが斉藤は制止する。
「…一課の斉藤です。
新興宗教団体ペスティサイドは、一通り調べたところ活動自体は普通の団体でした。ですが、もちろんその考え、信仰の根底は常軌じょうき逸脱いつだつしたものでありました。
…ペスティサイド、日本語で農薬という意味だそうです。仏教を始めとするいくつかの宗教で信じられている、“輪廻転生りんねてんしょう”という思想に基づき、あらゆる人間を殺し社会を“リセット”することが目的だったようです」
 小鳥遊が質問をする。
「それは生き残った構成員どもの聴取の内容だろう? お前が1人で得た情報は無いのかと聞いているんだ」
「斉藤さん…!」
 流は斉藤に煮え切らない様子で声をかける。
 しかし斉藤はまっすぐと前を向いたままだった。
「ありません。お恥ずかしい限りです。本格的な操作を始める前に事を起こされてしまいました」
 そう言って頭を下げる。
「ちっ」
 纏はわざとらしく舌打ちをし、全員に向かって言葉を放った。
「…これほどの大事件、頭を下げるのは誰だと思っている! …前々から噂されていたらしいじゃないか、お前達が未然みぜんに防ぐことのできた問題だぞ!」
 悪態こそつけども、反論の余地のない叱責しっせきにその場の全員が黙り込んだ。
「遺体でも瀕死でもなんでもいい! 首謀者しゅぼうしゃの首を何としても上げるんだ! いいな!」
 全員が立ち上がり高々と返事をした。



「斉藤さん! …どうして凌木さんのこと言わないんですか!?」
 小声で斉藤に訊く流。
「…。」
 斉藤は黙ったままだった。
 言えるわけがない。元同僚で捜査一課長であった男がこんな事件に関与かんよしていたなどと。
「やっぱり言うべきですよ! 凌木さんだってあんな計画なんて知らなかったはずです。弥岳黎一がきっと、何か怪しい話で誘惑したか、弱みを握るかでもしてたんですよ!」
 斉藤は静かに流の方を向く。
「あいつは自発的にしか動かない奴だ。それに、あの時会ってわかった。万が一にもそれはないだろう」
 奴も連絡が繋がらないどころか行方知れずだ。捕まえてもいなければ死傷者の中にもいなかった。どこで一体何をしてる?



 報道番組の記者会見。梅干しのようなしわひたいに浮かべる纏。
「ラプトルを含め新しく出てきたモノクロームや他、彼らのおかげで危機を脱したわけですが、彼らのような存在を黙認して良いのでしょうか」
「我々は“番人”です。いかなる理由があろうとも法を犯す人間は取り締まり、裁きの場に立たせるつもりです」





「ヘマをしたな。拙者せっしゃは非常に残念だ」
 満身創痍、とても喋れる状態ではない。両手を縛られ吊し上げられていた。
 弥岳黎一のその怪我は、彈との戦いによるものだけではなかった。むしろ、目の前の男による拷問ごうもんの結果であった。

「す、すみませんでした…。もう大それたことはしません…言いません…」
 その道では名の知れた何でも屋であり、銃火器や凶器といった武器商人としての顔も持っている、全身緑色の忍者のような衣装を纏った男。用意周到かつ敵を罠に誘うような性格から、武具の1つの名を取り”マキビシ”と呼ばれている。
「どれだけの装備を渡したと思っている。その全てをガラクタにし、作戦を失敗させるだけでなく、警察の手に渡すとは」
 爪は剥がされ、歯は抜かれ、体には打撲だぼくや裂傷の数々。
「鞭打ちというものはあまりの痛みにショック死をする者もいるという。馬鹿には出来ぬな。」
 ぴしゃりと体に赤い腫れが出来る。回数を重ねるごとに同じところを打たれた皮膚の表面は裂け、血が滴り、飛び散る。数カ所からうみが出ていた。
「…っあっ! …ぐぁっ!!」

 マキビシの横にはもう一人男がいた。

 凌木は無意識に目をらしていた。
 やめろ、頭では浮かんでいてもその言葉が出ない。
 自分の、自分達がやろうとしていたことは馬鹿げていた。弥岳の悲惨な姿を見、冷静な今なら分かる。

 全てが無に帰した。台無しだ。
 目の前の男は自分の売名目的、そして単純に事の顛末てんまつを見届けたいという触れ込みで力を貸した。時間はかかったが、マキビシはとてつもない装備を大量に用意した。もちろん大きく期待していたからだ。
 同時に奴が危険な人物というのは分かっていた。元刑事の勘というやつかもしれない。
 依頼主とビジネスの関係を結んだ以上は絶対にルールを遵守じゅんしゅする、という信用のある男。だが、今回はギブ&テイク、結果を出してこそというもの。
 ここまでの危険人物だとは思いもしなかった。
 自分が反抗したところで殺されるだろう。
「凌木市架。お主が居て何故こうなった? …まあこんな連中に丸め込まれていたようじゃ、頭もまともに働いていなかったかもしれぬがな」
 多額の損失のマキビシは激昂げきこうしている。一目はとめ見れば誰でも分かる程に。
「…返す言葉もない。…だが、俺が一度は彼の考えに賛同したのは事実だ。もうその辺にしてくれないか?」
 あの弥岳黎一ともあろう男が見るにえない醜態しゅうたいをさらしている。このままでは死んでしまう。
 マキビシは腰の後ろから忍者刀のようなものを取り出した。
「それもそうであるな。此奴こやつも努力はしたのであろう。…一思いに主が殺せ」
 凌木は狼狽うろたえる。

 正気か?
 いや、この男に正気を求めるのは間違っていると分かっているはずだ。
 ——やらねば殺られる。

 ゆっくりと刀を手に取る凌木

 元刑事が、人を殺すことを前提とした計画を黙認し、賛同さえした。それも大量に。
 今でも考えの根底は変わってないかもしれない。
 輪廻転生などという思想を信じ切っているわけではない。ただ更生の余地のない人間が幸せに、真面目に、”ただ普通に”、生きている人間に実害を与えていい世の中は間違っている。ましてや他人が大切な人の命を奪うなどと。
 不平不満、しがらみだらけの世の中。蟲。害虫だらけの世の中。それならいっそその器、畑ごと農薬を撒いて仕舞えば良い。
 “多数決の多が苦しみ、小が悦に浸る世界なら”。


 弥岳と2人で拡大した組織。
 ———自分の手で終わらせる。

 凌木は自らの腹部に刀を突き刺す。
 腹部と口からはおびただしい血液が流れ出ていた。
 弥岳は視界もぼやけているような状態であったが何が起こったかはわかった。
「凌…木さん…!?」
「これはケジメだ。自分へのな」
 マキビシはそのまま見届ける。
「俺は大きな間違いを犯したんだろう。気付くのが遅過ぎた。…マキビシ、弥岳を見逃せ」
 凌木の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
「…泣いているのか?」
 マキビシは問う。
「俺は悪を、犯罪を根絶出来なかった。

…俺は…、社会を変えられなかった!!」
 膝から崩れ落ち、顔面から地面に倒れる。
「凌木さんっ」
 弥岳の声はもう凌木には届かなかった。

「…」
 マキビシは黙ってその様子を見ていた。
「凌木さん…あなたはなんというお人だ…」
 悲しみなのか動揺なのか、人の心など持ち合わせていなかったような弥岳黎一から出る言葉とは思えない。
「……ダニエル・シェーンウッド。貴様を超えるにはもっと才能や技術だけでなく、客も選ばなければ。ということか」
 自らの装備はもちろん、多くの爆弾に強化スーツ。たくさんの武器を作ってきたつもりだったんだが。
 モノクローム。
 当面は奴のサポートに専念するか。

 マキビシは取り出した手裏剣を弥岳の首元に投げた。




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