4 / 10
4
しおりを挟む
しばらく、いる、いない、の押し問答があった。男は表情を変えなかったけれど、若葉の苛立ちはどんどんつのっていった。男が表情を変えないからこそ、つのっていったのかもしれない。
いるでしょ、姐さんを出して、の一点張りで肩を怒らせる若葉を見て、男は表情を変えないまま、声の質も変えなければ呼吸の仕方も変えないまま、じゃあ、中見て行きます? と言った。その言い方があまりに唐突だったので、若葉はけっつまずいたみたいになって、一瞬言葉をなくした。いくら若葉が向こう見ずで気が強いと言っても、初対面の男に対する警戒心を、ちょっとくらいは持ち合わせている。名前すら知らない男の家に入るなんて、そんなことはさすがにできない。
若葉がたじろいだのを見て、男は、じゃあ、と短く言い置いて玄関のドアを閉めようとした。若葉はそれを見て、頭に血が上るのが分かった。
わざとだ。この男は若葉を追い払おうとして、わざと、中見て行きます? なんて言ったのだ。
若葉はほとんど反射で、男が閉めかけていたドアを、ぐいっと押さえつけた。
「見てく。」
無謀なことを言っている自覚はあった。この男がとんでもない悪党で、家の中には茉莉花の死体があって、若葉も同じ運命をたどる。そんな可能性だって、ある。それでも、ここで引きさがることは、若葉にはできなかった。
男は、挑むような表情の若葉を、無感情に見下ろしていたけれど、どうぞ、と呟くように言って、ドアを開け放った。若葉は、一瞬でも考えたら負けだ、足がすくんでしまう、とばかりに勢いよく部屋に上がり込んだ。
玄関からして、生活感のない部屋だった。きれいに掃除がされている、というよりは、人が生活している匂いがしない。三和土には靴の一足も並べられていなかった。若葉は、がらがらの三和土にスニーカーを脱ぎ捨て、短い廊下を抜けて男の背中を追った。廊下の先はリビングで、テレビが部屋の奥に置かれていて、小さなテーブルの前に小さな座椅子があった。若葉はその時点で、半ば確信していた。ここに、茉莉花はいない。この部屋は、完全にこの男一人の匂いだ。
「珈琲か緑茶か、飲みますか。」
ビールも多分あるけど、と、男が若葉を振り返った。若葉は小さく、ビール、と答えた。男は頷いて、廊下の方に戻って行った。右手にあった木製のドアが、多分台所につながっているのだろう。若葉は男について台所ものぞいた。そんなところに茉莉花がいるとは思っていなかったけれど、見ないのは見ないで、負けるような気がしたからだ。
いるでしょ、姐さんを出して、の一点張りで肩を怒らせる若葉を見て、男は表情を変えないまま、声の質も変えなければ呼吸の仕方も変えないまま、じゃあ、中見て行きます? と言った。その言い方があまりに唐突だったので、若葉はけっつまずいたみたいになって、一瞬言葉をなくした。いくら若葉が向こう見ずで気が強いと言っても、初対面の男に対する警戒心を、ちょっとくらいは持ち合わせている。名前すら知らない男の家に入るなんて、そんなことはさすがにできない。
若葉がたじろいだのを見て、男は、じゃあ、と短く言い置いて玄関のドアを閉めようとした。若葉はそれを見て、頭に血が上るのが分かった。
わざとだ。この男は若葉を追い払おうとして、わざと、中見て行きます? なんて言ったのだ。
若葉はほとんど反射で、男が閉めかけていたドアを、ぐいっと押さえつけた。
「見てく。」
無謀なことを言っている自覚はあった。この男がとんでもない悪党で、家の中には茉莉花の死体があって、若葉も同じ運命をたどる。そんな可能性だって、ある。それでも、ここで引きさがることは、若葉にはできなかった。
男は、挑むような表情の若葉を、無感情に見下ろしていたけれど、どうぞ、と呟くように言って、ドアを開け放った。若葉は、一瞬でも考えたら負けだ、足がすくんでしまう、とばかりに勢いよく部屋に上がり込んだ。
玄関からして、生活感のない部屋だった。きれいに掃除がされている、というよりは、人が生活している匂いがしない。三和土には靴の一足も並べられていなかった。若葉は、がらがらの三和土にスニーカーを脱ぎ捨て、短い廊下を抜けて男の背中を追った。廊下の先はリビングで、テレビが部屋の奥に置かれていて、小さなテーブルの前に小さな座椅子があった。若葉はその時点で、半ば確信していた。ここに、茉莉花はいない。この部屋は、完全にこの男一人の匂いだ。
「珈琲か緑茶か、飲みますか。」
ビールも多分あるけど、と、男が若葉を振り返った。若葉は小さく、ビール、と答えた。男は頷いて、廊下の方に戻って行った。右手にあった木製のドアが、多分台所につながっているのだろう。若葉は男について台所ものぞいた。そんなところに茉莉花がいるとは思っていなかったけれど、見ないのは見ないで、負けるような気がしたからだ。
10
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる