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一言も言葉を発せないシュンに、美沙子はまた、冷たい微笑を寄越した。
『分かるでしょ? 腹が立つのよ、あの子。永遠に幸せの中にいるみたいな顔してるから。』
シュンは、健少年の健康的な表情や物言いを思い出した。
カップラーメンを啜る横顔や、うどんを茹でる真面目な顔。そして、シュンの頬を覆った彼の手のひらの温度。
永遠に幸せの中にいるみたいな顔。
たしかに彼は、そんな顔をしている。
でも、だからといってそれは、本当に彼が幸せだという証明にはならない。
それくらい理解している。理解した上で、確かにシュンは、腹を立てたのだ。あの少年に。
「……美沙子、」
『なに?』
うまく口が回らない。口元まで言葉が降りてこないのだ。頭の中でこんがらかっていて。
シュンは、左手を握りしめ、その拳で枕を殴った。強く、繰り返し。
ぼすん、ぼすん、という鈍い音は美沙子にも聞こえたらしく、彼女は暫くの間黙っていた。黙って、多分、シュンが枕を殴る音を聞いていた。
「美沙子、帰ってきて。あの子を連れて行ってよ。」
枕を殴りながら、シュンは切れ切れにそう言った。自分の呼気が、やけに冷たく感じられる。胸が詰まるように、妙に呼吸が苦しい。
電話の向こうの美沙子は、淡々とシュンの言葉に応じた。
『帰れないわよ。後六日間の契約で、保証だって付いてるんだから。』
それにね、と、彼女はさらに言葉を重ねる。
『たとえそっちに帰ったとしても、私、あの子を連れてったりしないわよ。……あの子は、あんたにレイプされたくらいじゃ、その家を離れないしね。』
美沙子の言いように、シュンは絶望して枕を殴ることさえやめた。それだけの力がもう残っていなかったのだ。
「なんで、出ていかないの? 男にレイプされたんだよ?」
『慣れてるからじゃない? 姉貴にレイプされた子だから。』
美沙子が歌うように言う。その口ぶりは戯れのようで、その実かなり真に迫っているようでもあった。
『それにね、あの子は幸せな子なの。なにがあってもね。ずっとずっと、幸せな子なのよ。』
やはり歌のように流れていく音律の中に、明らかに彼女の苛立ちがあった。幸せな子。そう口にするたびに、彼女の中のなにかが削られていくみたいに。
シュンは、思わずスマホを強く握りしめた。美沙子が電話を切るような気がしたのだ。切って、もう二度と繋がらないような気が。
今すぐ、福島のデリヘルの寮に行って、彼女を抱きしめたい。
シュンはたしかにそう思ったけれど、それは彼女を思いやるための行為ではなくて、ただ自分が楽になりたいだけのような気もした。
『分かるでしょ? 腹が立つのよ、あの子。永遠に幸せの中にいるみたいな顔してるから。』
シュンは、健少年の健康的な表情や物言いを思い出した。
カップラーメンを啜る横顔や、うどんを茹でる真面目な顔。そして、シュンの頬を覆った彼の手のひらの温度。
永遠に幸せの中にいるみたいな顔。
たしかに彼は、そんな顔をしている。
でも、だからといってそれは、本当に彼が幸せだという証明にはならない。
それくらい理解している。理解した上で、確かにシュンは、腹を立てたのだ。あの少年に。
「……美沙子、」
『なに?』
うまく口が回らない。口元まで言葉が降りてこないのだ。頭の中でこんがらかっていて。
シュンは、左手を握りしめ、その拳で枕を殴った。強く、繰り返し。
ぼすん、ぼすん、という鈍い音は美沙子にも聞こえたらしく、彼女は暫くの間黙っていた。黙って、多分、シュンが枕を殴る音を聞いていた。
「美沙子、帰ってきて。あの子を連れて行ってよ。」
枕を殴りながら、シュンは切れ切れにそう言った。自分の呼気が、やけに冷たく感じられる。胸が詰まるように、妙に呼吸が苦しい。
電話の向こうの美沙子は、淡々とシュンの言葉に応じた。
『帰れないわよ。後六日間の契約で、保証だって付いてるんだから。』
それにね、と、彼女はさらに言葉を重ねる。
『たとえそっちに帰ったとしても、私、あの子を連れてったりしないわよ。……あの子は、あんたにレイプされたくらいじゃ、その家を離れないしね。』
美沙子の言いように、シュンは絶望して枕を殴ることさえやめた。それだけの力がもう残っていなかったのだ。
「なんで、出ていかないの? 男にレイプされたんだよ?」
『慣れてるからじゃない? 姉貴にレイプされた子だから。』
美沙子が歌うように言う。その口ぶりは戯れのようで、その実かなり真に迫っているようでもあった。
『それにね、あの子は幸せな子なの。なにがあってもね。ずっとずっと、幸せな子なのよ。』
やはり歌のように流れていく音律の中に、明らかに彼女の苛立ちがあった。幸せな子。そう口にするたびに、彼女の中のなにかが削られていくみたいに。
シュンは、思わずスマホを強く握りしめた。美沙子が電話を切るような気がしたのだ。切って、もう二度と繋がらないような気が。
今すぐ、福島のデリヘルの寮に行って、彼女を抱きしめたい。
シュンはたしかにそう思ったけれど、それは彼女を思いやるための行為ではなくて、ただ自分が楽になりたいだけのような気もした。
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