姉弟

美里

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 シュンさんの行きたいところに行きたい。
 健少年はそう言った。
 言われたシュンは困った。
 行きたいところなんか、ない。考えたこともない。いつだってシュンは、生きるために行かなければいけないところに行き、しなければいけないことをしてきた。行きたいところに行くでも、したいことをするでもなく。
 「行きたいところなんか、ないよ。」
 ソファの隣に膝を抱えて座る健少年は、すっと真っ直ぐな目でシュンを見上げた。
 「どこでもいいんです。なにか一つくらい、行きたいところ、ないですか?」
 「……ないね。」
 煙草を吸いたい、と思った。
 普段は宿主に付き合って時々吸うくらいのもので、その種の嗜好品には全く食指は動かないのに、妙に強く。
 煙草の煙で少年の姿を少しでも薄くしてしまいたかったし、煙草で口をふさいでしまえば少しは間がつなげるから。
 「……煙草。」
 半ば無意識に、その言葉は唇からこぼれていた。
 「あ、俺がいるから吸わなかったんですか?」
 全然吸ってくれて構わないのに、と、健少年は抱えた膝をもどかしげに揺するようにした。
 「父親も母親も煙草吸うから、俺、慣れてるんです。」
 そういうことじゃないよ、と、シュンは誤魔化しの笑みを作った。
 「なんとなく、言ってみただけ。」
 そう、ですか、と、健少年は幾分納得できなさそうに、渋々頷いた。そして、行きたいとこ、と、またシュンを見上げた。
 「……公園?」
 シュンは、その単語を辛うじて口にした。
 公園、ですか、と、健少年が軽く首を傾げた。
 公園。
 昔、まだ母親が男を作っていなかった頃、妹たちと母親と、4人で時々ピクニックに行った。
 母は料理があまり得意ではなかったので、弁当はいつも固く握りすぎた握り飯一辺倒だった。それでも、シュンも妹たちも、その小さな行事をとても楽しみにしていた。
 そして、母が男を作って消えてしまった後、まだ足腰が立つうちは、公園へ飲水を汲みに行った。母がしていることが、世間的に見て褒められたことではないと、子供心に察してはいたので、人目を避けて、真夜中に空きペットボトルを下げて行き、公園の蛇口で水を汲んだ。
 そんな、公園。
 シュンは、なぜ自分が公園なんて言い出したのか、その理由を少年に説明しようとは思わなかった。
 けれど健少年はにこりと笑い、ソファから勢いをつけて立ち上がると、行きましょう、とそれだけ言った。
 シュンは少し迷った後、少年に従って立ち上がった。
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