姉弟

美里

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 路地を曲がって、ちょっと歩いて、また引き返して。
 それを何回繰り返したのかもわからなくなったころ、夕日も落ちはじめていた。
 そういえば昼飯も食っていなかったな、と思ったシュンは、健少年の横顔を見下ろしたけれど、腹減ってない? と声をかけるには、健少年の横顔が真剣すぎた。
 商店街には、ガス燈を模した街灯が灯りはじめ、店仕舞をする店舗もではじめていた。
 完全に日が落ちたら帰ろう。
 シュンは内心でそう決めて、これで最後かな、と思いながら角を曲がった。
 すると、頭の中の光景と、目の前に広がる光景がぴたりと一致したのだ。
 もちろん、10年の歳月が経っている。細かい景色の違いはある。けれど、町並みや道路の感じ、もっと漠然とした空気の匂いというかが、完全に記憶と重なったのだ。
 「……ここ、かもしれない。」
 声がごわごわと喉の奥でわだかまった。
 え、と、健少年が慌てたような動作でシュンへ顔を向けた。
 「本当ですか?!」
 「……多分。なんか、覚えがあるんだよね。」
 ぼやけたような返答をするシュンの手を、健少年がギュッと握り直した。
 「よかった。」
 「……まだ、本当かはわからないよ。」
 ええ、と少年は頷いたけれど、その両目からは溢れそうなほどの期待が感じられた。
 「とにかく、行ってみましょう。」
 うん、と小さく頷いて、シュンは記憶に残っているぼんやりした目印を頼りに、足を進めた。
 歩いていくうちに、増してきたのは恐怖だった。
 なにが怖いと、はっきりした恐怖ではない。ただ、怖かった。たどり着いてしまうことが。たどり着いた先で自分が正気でいられる自信もなくて。
 怖い。
 口に出しては言えなかった。一回りも年下の男の子に、弱みを晒すような真似はできなくて。
 けれど、ふと健少年がシュンの顔を見上げたのは、シュンの手が震えていたせいだろう。
 「……シュンさん?」
 そこには、明らかにシュンを案じる色があった。なんなら、その色しかなかった。
 なにも答えられず、手の震えを止めることもできず、機械的に足を進めるシュンの手を、健少年が強く引いた。
 シュンはその手に引き止められ、惰性で動いていた足を止めた。
 「大丈夫ですか?」
 少年はそう言って、シュンの手を話すと彼の正面に立ち、真っ直ぐにその顔を見上げた。
 「……大丈夫だよ。」
 シュンは、嘘をついた。それが、最後に残ったぎりぎりのプライドだった。

 
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