青い夜

美里

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オレンジの雨 藤本美晴

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タツキは私の事を、大様の耳はロバの耳に出てくる地面に開いた穴くらいに考えているらしい。そこには何でも言っていいし、外には漏れない。
 私も私で馬鹿なので、そのあたりは了承済みでタツキの穴をやっている。穴は穴でもセフレ時代よりはまだましだと思う。少なくともタツキには、私以外に清水さんのことを相談する穴はいないらしい。
 タツキのセフレの顔と名前を把握しているのも、タツキの住所と職場を把握しているのも、タツキのくっそみたいに女々しい所を把握しているのも、結局のところは私だけ。でも私だってどうせ始まりはセフレだ。そこからは抜け出せない。一回寝たらそこでおしまい。タツキの呪いは恐ろしい。タツキ本人だけは多分それに気が付いていないから、時々可哀想になる。
 「それでね、清水さんが泣いて帰っちゃったんだよね。」
 夜勤明けの翌日、待ちに待った休日。そこに現れるタツキ。最低最悪の休日だった。
 「へー、そうなの。」
 興味がない事を前面に押し出しつつ、私はカップ麺にお湯を入れる。
 「なんでだと思う?」
 「後悔してんだよ、タツキと寝たの。」
 「泣くほど?」
 「じゃないの。」
 うーん、と呻いてタツキは床にひっくり返った。相変わらずのきれいな顔面とご立派な身体。それで中身は素直で間抜けなんだから救いようがない。
 「美晴も後悔してる?」
 「別に。」
 「だよねー。」
 本当はしている。私だって泣きたいくらいしている。でも、泣いたらタツキはここには二度と来なくなる。
 ごめんね、ごめんね、と囁きながら私を抱いて、ラブホでしか会わないセフレに戻すか縁を切るかの二択だろう。ゴミみたいなヤリチン野郎。
 「もう諦めたら? 既婚者はだるいっしょ。」
 「……そうだね。」
 絶対にあきらめない時の、そうだね、の言い方。
 私はまだ三分たっていないカップ麺の蓋を開け、硬い麺にかじりついた。
 「美晴、お腹壊すよ。」
 「硬いのが好きなの。ほっといてよ。」
 「美晴は? 彼氏とどうなったの?」
 「別に。普通。」
 「普通って?」
 「普通は普通。」
 普通に専門学校時代の同級生で、普通に告白をされて、普通に交際し始めて、普通にセックスをした。そういう普通だ。
 「今日、会う。」
 「あ、そうなの。ごめん、邪魔して。」
 「いつも邪魔だよタツキは。」
 「冷たいなぁ。」
 「これでも最大限譲歩してる。」
 ありがとう、とタツキは笑った。見慣れたその笑顔は、今日も嫌になるほどきれいだった。男のくせに、ごみヤリチンのくせに、タツキはすごくきれいな顔で笑う。こんな顔で笑えるなんて、それはもう素直で純粋な人なんだろう、とうっかり思ってしまうくらいきれいに。
 
 
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