青い夜

美里

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私はそのあとすぐに店を出て、自宅に戻った。勤め先のクラブには今日は休むと連絡を入れていた。
 なにを期待していたわけでもない。
 真新しいブラウスとスカートを脱ぎ、床に放り捨てる。ただ、私も追いかけられなかった。数年前、タツキを。
 思っていた通り、私の帰宅時間を見越したようなタイミングで、タツキは電話をよこしてきた。休みを取っていたことを見透かされているようで、心底腹立たしくなる。
 ベッドに腰掛け、すぐ横の窓を開ける。まだ青い夏の空には、白い三日月が小さく浮かんでいた。
 「やめといた方が良いわよ。」
 タツキがなにか言う前に、開口一番言葉をぶつける。
 「分かってるでしょ?あんたみたいなふらふらして地に足がついてないの、ああいうタイプに縋られたらなんでもしちゃうんだから。」
 あの地味な男にとって、タツキの人生をめちゃくちゃにすることなんていとも容易いだろう。ちょっと困った顔で泣いてみて、お願いだからと縋ればいい。それだけでタツキはなんでもするはずだ。ようやく見つけたとかなんとか思い込んでいるのであろう、自分の中の恋情だか愛情だか執着だかを失うのが怖くて。
 「でも、紫苑さん、」
 「やめときなさい。分かってるでしょ?」
 今度はなにを分かっているのか言うのもやめた。馬鹿馬鹿しかった。だって明らかにタツキの本命は、腕を引いて本命を連れ出していったあの男と寝ている。いや、寝ているとは言いきれないが、少なくとも寝たことはある。
 だから、タツキの本命は男の目を引くのだ。体の中に女の部分があるから。セックスの話だけではなく。
 私の同僚にもそういう女はいる。見た目は女であるし男に抱かれもするのだけれど、体の中に男の部分がある女。そういう女はまぁ売れる。それも女に対等の口利きを求めるような上等の客が必ず付く。
 男の部分を持たないタイプの女たちが売れた場合、彼女たちは上客の妻になって店を辞めることが多い。それに対して男の部分がある女たちは、大抵の場合自分の商売を始めて店を辞めて行く。
 タツキの本命は、おそらくそれの男バージョンだ。男に抱かれたせいで体の中に女の部分ができたのか、女の部分を見込まれて男に抱かれるようになったのか、そんなことは知らないけれど、少なくとも見た目通りのタマではない。
 分かってるよ、とタツキは答えた。窓の外の夕月より細い声だった。
 「情けない声出さないで。」
 「……ごめん。」
 そこで私は電話を切った。そして少しの間だけ泣いた。昔、タツキを愛して、結局本命どころかフレンド部分にさえなれなかった、可哀想な女のために。
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