踊り子

美里

文字の大きさ
7 / 11

しおりを挟む
 どきりとした。さらに、自分の身が硬くなるのが分かる。いたずらっぽく、茉莉花は唇に細い指を当てて笑った。
 「なんで、わざわざ地元で?」
 どきどきと弾む心臓をなんとかしようと、紘一はそんな問いを投げかけてみた。茉莉花はこくこくと白い喉を鳴らしながらビールを飲み、軽く肩をすくめた。
 「流れよ。ほんとに。」
 「流れ?」
 「そう。父親は生まれた時からいなくて、母親はストリッパーだった。その母親が、私が15の時に駆け落ちしちゃってね。信じられる? 私の同級生とよ? それも、私の初恋の人。」
 缶ビールをすっかり飲み干した茉莉花は、すらりとした長い脚で立ち上がり、台所に入って行って、すぐに缶ビールをもう一本持って帰ってきた。
 「もらっていい?」
 「もちろん。」
 「優しいのね。」 
 「うちにあっても、俺、飲まないから。」
 「そうなの?」
 それはいいことね、とプルタブを開けた茉莉花は、座椅子の上に膝を抱え直した。
 「一人になっちゃって、どうしていいのか分かんなかったときに拾ってくれたのが、母親が働いてた小屋のオーナーだったの。三年間、食わしてくれたわ。で、私が18になったら、選手交代。私が小屋で働いて、その人食わせてたの。で、三年経って、恩は返したなって思って、家出みたいに上京してきたわ。それで、ここのバーでやってるの。」
 「……好きだったの? その、オーナーさんのこと。」
 「好きとか嫌いって話じゃなくて、恩よ。お兄さんみたいなひとには分からないと思うけど、食えないときに食わせてくれたひとの恩って言うのは、なにより深いの。」
 茉莉花は大き猫目を細め、ちょっと懐かしそうな顔をした。そして、小さく首を傾げる。
 「でも、ちょっとは好きだったかな。分かんないな。でも、ちょっとだけね。そのひと、18まで手は出してこなかったんだけど、その間ずっと父親みたいにしててくれたわ。懐かしいな。ご飯作ってくれて、髪とか乾かしてくれて、茉莉花、茉莉花っていつも構ってくれてたわ。」
 「……本名なんだ。」
 誤魔化すみたいに、紘一はそんなどうでもいいようなことを言った。動揺していたのだ。茉莉花が、ちょっとは好きだった、と言った、そのときの柔らかな表情に。
 「そう。もう、本名知られて困るようなこともないしね。」
 茉莉花はそう言って、からりと笑った。紘一も合わせて笑ったけれど、上手く笑えていないことは自覚していた。
 これは、嫉妬だろうか。今日はじめて口をきいた、遠すぎるうつくしい踊り子への。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

初体験の話

東雲
恋愛
筋金入りの年上好きな私の 誰にも言えない17歳の初体験の話。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...