死にたい夜に限って

美里

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香也からの電話は、それからも一ヶ月に一回くらいのペースでかかってきた。その度私は、首筋に当てていた包丁を離したり、火をつけようとしていた練炭をどかしたり、開きかけていたガス栓を締め直したりした。
 そして、死ぬのを取りやめて、仕事に出た。なぜだかは分からない。ただ、全身を覆っていた死にたい気分とでも言うようなものが、香也の愚痴を延々と聞いていると、100から0に急激に減少するのだ。
 その気分が減少することが世間的に見て良いことなのかどうかも、私にはよく分からない。どうせ死ななくなっても、私がすることは売春だ。売春をしてでも生きていく、という考え方と、売春なんかするくらいなら死んでやる、という考えかた、どっちが世間的に見て善なのか、私には分からないから。
 「いくらなの。」
 目の前に立った男が、手っ取り早い言葉をかけてくる。
 「一万五千。」
 私も手っ取り早い言葉を返す。
 「はい。」
 男は折りたたんだ札を私に手渡してきた。随分と話の早い男だな、と、私は少しだけ驚いて男の方に視線をやった。
 随分と、大きな男だった。
 背が高いし、ガタイもいい。顔のパーツも大きいのだが、バランスよく輪郭の中に収まっているので、うるさいという感じはしない。真っ黒いスーツ姿だが、ネクタイだけがかわいらしいペンギンの柄で、そこだけぱっと明るく目立って見えた。
 私は黙って札の確認をし、肩から下げていた赤いカバンの中にそれを押し込んだ。
 「ホテル代は別だよ。」
 「分かってるよ。」
 その言い方で、私はこの男が観音通りの女を買い慣れていることを知る。
 男は、先に立って歩き出した。私は、その背中を追った。
 私が金だけ持って逃げ出す。
 そんな可能性を一切考えもしていないような背中に、内心少し、たじろいでいた。この男が、女を買い慣れているならなおさら。
 観音通りから一本横道に入った場所にある、寂しい佇まいのラブホテル。そこの前で男は足を止めた。
 「ここでいい?」 
 それは客からの希望がない限り、普段商売用に使っているホテルだったので、私は考えもせずに頷いた。
 私以外に客はいるのかと問いたくなるような、昔の連れ込み宿そのままの佇まいに、なんとなく愛着があったのだ。
 

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