妹売り

美里

文字の大きさ
21 / 29

9

しおりを挟む
随分長い沈黙の後、兄がふわりと膝を折り、ルイと視線の高さを合わせた。そしてそれと同時に、ルイの両目を芯まで冷え切った掌が塞いだ。
「ルイ。イワンつれて来た。」
同時に背後から掛けられた言葉はルイの涙をぴたりと止めた。心も身体も凍り付いてしまったみたいだった。
ルイの両目をふさいだ蛇男は、彼女の手を引いて立ち上がらせると、瞼に被せた手のひらをどけないまま階段まで連れて行く。そこまできてようやく視界をとりもどしたルイは、彼の背中に薄汚れた黄色い布の塊が、ビニール紐でぐるぐると縛りつけられているのを見た。見間違う余地もないほどしっかりとルイの記憶に張り付いているその黄色は、イワンがいつも身に着けていた、サイズの大きすぎるレインコートだった。
「レイジ。」
蛇男がルイの背中を支えるように階段を上らせながら、肩越しにレイジをちらりと見やる。
「イワンを埋めたら、お前の妹と街を出る。」
予定を告げるというよりは、ただ事実を述べるような、ひどく落ち着いた口調だった。レイジはしかしミンジュの言にはまるで取り合わなかった。
「そいつは死ぬまでここで身体を売る。そういう女だ。」
そういう女は、ぐったりと蛇男の胸に寄りかかって、ものも言わず階段を上った。蛇男は前に向き直りながら、いっそ憐れむような声音でレイジの呪いじみた発言を撥ね付けた。
「俺が連れて行く。」
ルイはなにも言わない。ただ痩せた腕を伸ばして、蛇男の背中にくくりつけられたイワンのレインコートを撫で続けている。
「類子。」
レイジがルイを呼ぶ。しかしルイは振り返らない。彼女の耳には誰の声ももう届かない。彼女がただ一人心の底から愛した少年は死んだのだ。死んで、ぼろぼろのレインコートに包まれて運ばれてきたのだ。
階段を登り切り自室に入るとルイはすぐに、真新しいシーツをベッドの上に広げた。職業柄か、悲しいほどの手際の良さだった。蛇男も手際よく背中のイワンをベッドに下し、汚れたレインコートをほどいた。
レインコートの下から出てきたイワンの小さな体は、驚くほどに汚れていた。血と、泥と、精液と、その他よく分からない液体とで。その上細い首や手足には、皮膚がえぐれて骨まで届くのではないかと思わせるほど深い縄目の痕さえ刻まれている。唇の両端が裂けているのは無茶な口淫を強いられたせいだろうか。それならば首の真ん中にぽっかり空いた刺し傷は、そこにペニスを挿入しでもしたのだろうか。
売春婦の死体など見慣れているルイでも怯むほどの、それは無残な亡骸だった。
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

(完結)姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……

泉花ゆき
恋愛
蘭珠(ランジュ)が名門である凌家の嫡男、涼珩(リャンハン)に嫁いで一年ほど経ったころ。 一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を屋敷へ連れてくる。 やがてその女が「子が出来た」と告げると、姑も夫も大喜び。 蘭珠の実家が商いで傾いたことを口実に、彼女には離縁が言い渡される。 ……けれど、蘭珠は知っていた。 夫の涼珩が、「男女が同じ寝台で眠るだけで子ができる」と本気で信じているほど無知だということを。 どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。 嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。 ※ゆるゆる設定です ※以前上げていた作の設定、展開を改稿しています

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

処理中です...