行きずり

美里

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 「それなら、なんで……、」
 ぎゅっと、雛子の腰に回ったじゅりの手に、力がこもった。
 「なんでだろうね。」
 雛子は辛うじて、笑みの片鱗を頬に浮かべた。
 なんでだろうね。自分でも、分からない。それでも雛子は、あのおんなを好きになったし、今でも好きだ。子どもだったころは、もっと単純に、外見や内面が好きだったのだと思う。長い髪や、白い肌や、大きな目や、やさしいところが。それがだんだん大人になって、外見は中学時代より洗練されていったけれど、その代わりみたいに菜乃花のやさしさは削られて、ずるいおんなになっていった。高校生までは雛子も幼くて、菜乃花以外のおんなと恋もした。大学に上がったくらいで、空しくなってそれもやめた。一人暮らしをして違う街の大学に通っていた菜乃花に会いに行っては、好きだ好きだと言い続けた。菜乃花は当然ながら雛子を振り向くことはなく、男の恋人を作っていた。それでも、好きだった。大学を卒業してしばらくして、菜乃花は結婚した。相手は大学時代から付き合っていた男だった。それでも、好きだった。菜乃花と肉体関係を持ったのは、彼女が結婚をしてからだ。そしてなおさら、諦めきれなくなった。
 「……なんでだろうね。」
 馬鹿みたいに、同じ言葉を繰り返す。いっそ笑ってくれ、と思ったけれど、じゅりは真剣な目で雛子を見上げていた。
 「私も、なんであなたのこと好きなのか、よく分からないんです。あなた、冷たかったし、私を置いて帰ったし。……他のひとのことを考えてたのも、分かってる。私のこと、好きじゃないのも。でも、やっぱり好き。毎日あのお店に行って、あなたのこと待ってて、余計に好きになった。」
 「それは、思い込みだよ。私を待ってる間に、理想の私を頭の中で作り上げただけ。本当の私のことは、なにも知らないでしょ。冷たいって、それが全部だよ。私は冷たい。好きになる価値はないよ。」
 「でも、」
 「でもじゃない。」
 「私、ひとを好きになったの、はじめてなのに……。」
 縋るように言われて、雛子は言葉をなくした。雛子がはじめて好きになった相手は、菜乃花だった。だから、じゅりにとっての菜乃花にはなりたくなかった。なってはいけないと思った。このとても若いおんなの中に、こんなに虚ろな感情をいだかせてはいけないと。
 「……ごめんね。」
 声をかけたのは、雛子の方だ。ナンパなんて、する方もされる方も責任は同じ。そう思ってきたけれど、今回ばかりは違う。悪いのは、まだひとを好きになったこともないじゅりに声をかけ、ホテルに連れ込み、抱いた雛子の方だ。
 
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