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一人のマンションで、雛子はとりあえず、風呂につかって疲れを取ろうと思って、風呂場に向かった。そして、その場に突っ立っていた。随分と長い間、なにもない、電気もつけていない、風呂場の脱衣所に。
どうせ、もう、菜乃花とは会わない。そう決めたのだ。妊婦を抱く趣味はない。そう、露悪的に自分に言い聞かせて。だったら、無理筋でも、結局どちらも傷つくとしても、じゅりを受け入れるという選択肢もあった。
深く、ため息をつく。こんなことを考えるのは、突き詰めれば寂しいからなのだろう。身体の寂しさは、夜の街をうろつけば、埋めてくれる相手をいくらでも見つけられるけれど、心の寂しさはそういうわけにもいかない。それに、寂しさを埋める相手として求めるにしては、じゅりは物馴れていなすぎたし、真っ直ぐすぎた。
その場にしゃがみ込み、両手で顔を覆う。ため息を、またひとつ、もうひとつ、と繰り返して、なんとか自分を立て直した雛子は、風呂を諦めて、化粧だけ落してベッドにもぐりこんだ。こういう女々しい自分は嫌いだな、と思うけれど、自分は自分だ。切り離せない。
そんなふうにぼんやり物を思っているうちに眠ってしまったらしく、目が覚めると翌朝だった。雛子は自分の顔が情けないほどむくんでいることを鏡で確認し、在宅の仕事をしていることを神に感謝した。
それからの数日は、とにかく仕事に時間を費やした。仕事以外のことを考えたくなかったのだ。そして、一週間がたった夜、仕事にひと段落が付いてしまい、雛子はなんだか絶望的な気分になった。引きこもって仕事ばかりしていたので、このままでは足が動かなくなってしまうのではないか、と、妙な不安もよぎった。それで、街に出てみようか、と思ったのだ。行きつけのバーで酒を飲んで、少し遠回りをして散歩がてら戻ってくれば、運動と気晴らしになるだろう。バーには大抵知り合いがいるから、馬鹿話でもすれば少しは気が紛れる。
一週間ぶりにしっかりと化粧をし、外出着に着替えて、夜の街に出る。行きつけのバーまで10分歩いて、店のドアを開けると馴染みのバーテンが、ちょっと焦ったような目配せをしてきた。なんだ、と首を傾げつつ、狭い店の中を見渡すと、カウンター席の隅っこに、長い髪の小柄なおんなが座っていた。じゅりだ。
「……。」
雛子は、少し悩んだ。悩んで、それから、じゅりの隣に座った。弾かれたように、じゅりが顔を上げる。
「私、もう、あなたのこと好きとか言わないから……っ、」
じゅりの言葉には、幼い必死さがあふれていた。雛子はそれを聞いて、なんだか、天を仰いで泣きたいような気分になった。
「……うん。」
辛うじて頷き、カウンターの上のじゅりの小さな手に、自分の手を重ねる。ぴくりと、ジュリの肩がはねた。
「……私、雛子。」
その細い肩の軌跡を見ながら呟くと、じゅりが泣きそうな顔で、大きく頷いた。
どうせ、もう、菜乃花とは会わない。そう決めたのだ。妊婦を抱く趣味はない。そう、露悪的に自分に言い聞かせて。だったら、無理筋でも、結局どちらも傷つくとしても、じゅりを受け入れるという選択肢もあった。
深く、ため息をつく。こんなことを考えるのは、突き詰めれば寂しいからなのだろう。身体の寂しさは、夜の街をうろつけば、埋めてくれる相手をいくらでも見つけられるけれど、心の寂しさはそういうわけにもいかない。それに、寂しさを埋める相手として求めるにしては、じゅりは物馴れていなすぎたし、真っ直ぐすぎた。
その場にしゃがみ込み、両手で顔を覆う。ため息を、またひとつ、もうひとつ、と繰り返して、なんとか自分を立て直した雛子は、風呂を諦めて、化粧だけ落してベッドにもぐりこんだ。こういう女々しい自分は嫌いだな、と思うけれど、自分は自分だ。切り離せない。
そんなふうにぼんやり物を思っているうちに眠ってしまったらしく、目が覚めると翌朝だった。雛子は自分の顔が情けないほどむくんでいることを鏡で確認し、在宅の仕事をしていることを神に感謝した。
それからの数日は、とにかく仕事に時間を費やした。仕事以外のことを考えたくなかったのだ。そして、一週間がたった夜、仕事にひと段落が付いてしまい、雛子はなんだか絶望的な気分になった。引きこもって仕事ばかりしていたので、このままでは足が動かなくなってしまうのではないか、と、妙な不安もよぎった。それで、街に出てみようか、と思ったのだ。行きつけのバーで酒を飲んで、少し遠回りをして散歩がてら戻ってくれば、運動と気晴らしになるだろう。バーには大抵知り合いがいるから、馬鹿話でもすれば少しは気が紛れる。
一週間ぶりにしっかりと化粧をし、外出着に着替えて、夜の街に出る。行きつけのバーまで10分歩いて、店のドアを開けると馴染みのバーテンが、ちょっと焦ったような目配せをしてきた。なんだ、と首を傾げつつ、狭い店の中を見渡すと、カウンター席の隅っこに、長い髪の小柄なおんなが座っていた。じゅりだ。
「……。」
雛子は、少し悩んだ。悩んで、それから、じゅりの隣に座った。弾かれたように、じゅりが顔を上げる。
「私、もう、あなたのこと好きとか言わないから……っ、」
じゅりの言葉には、幼い必死さがあふれていた。雛子はそれを聞いて、なんだか、天を仰いで泣きたいような気分になった。
「……うん。」
辛うじて頷き、カウンターの上のじゅりの小さな手に、自分の手を重ねる。ぴくりと、ジュリの肩がはねた。
「……私、雛子。」
その細い肩の軌跡を見ながら呟くと、じゅりが泣きそうな顔で、大きく頷いた。
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