観音通りにて・情夫

美里

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めぐみ

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「おねーさん、今晩泊めてくんない。」
 鏡太郎がそんなふうに絡みつくと、めぐみは気だるい顔で笑った。顔の半分だけで笑っている感じ、と、鏡太郎はいつも彼女の笑顔を見ると思う。残りの半分は、この世の全てがめんどくさい、とでも言いたげな表情から動かないのだ。
 その表情の暗みというか淀みというかは、彼女を買う男たちを選別していた。その表情にたまらない色気を感じるか、たまらない不気味さ感じるか。
 鏡太郎は彼女の客ではないので、そのどちらも感じない。ただ、今日もだるそうな顔をしているな、と思うだけだ。なんならちょっとした親近感さえ湧く。
 「いいわよ。もう今日は客が付きそうもないし、私も帰るとこだから。」
 鏡太郎の腕にまとわりつくでも、肩に身を寄せるでもなく、めぐみは自分のペースでさらさらと歩く。鏡太郎はおいて行かれそうになって慌てて後を追った。
 めぐみの住処は、彼女が立っている街灯のすぐ後ろの長屋の一室だ。彼女はそれなりに稼ぐ娼婦であるのに、客を取るその部屋で寝起きしている。
 彼女には弟がいて、その弟の学費を売春で稼いでいるらしい、と、鏡太郎は聞いたことがあった。
 狭い長屋に、一組の布団。それ以外の家具は鏡台だけ。いかにもの女郎部屋で、観音通りができた頃女郎たちが閉じ込められていた部屋を想起させる。ただ、めぐみには妙にその部屋が似合っていた。
 「ごはんは?」
 「いらない。」
 「お風呂は?」
 「銭湯で済ませたよ。」
 「じゃあ、お布団敷く?」
 「意外と面倒見がいいんだな。やっぱりお姉さんだから?」
 大した意味もなく鏡太郎が問うと、めぐみは顔の半分だけで笑った。
 「お姉さん?」
 「弟さんの学費を稼いでるって。」
 「いないわ。弟なんて。」
 「え?」
 「死んだの。」
 「え?」
 「好きな女ができて、その女に女郎の弟だってばれて死んだの。」
 これにはさすがの鏡太郎も一瞬言葉をなくした。そして、一瞬の沈黙の後、彼はそっと手を伸べてめぐみの肩を抱いた。
 冷たい肩だった。夜気にさらされていたからだろう、とても冷たい肩だった。
 めぐみさんのせいじゃないよ。
 喉まで出かかった台詞だが、口にすることはできなかった。そんな台詞になんの意味がある。確かに姉は女郎で弟は死んだのだ。
 「もう、どうでもいいのよ。悲しくもないもの。」
 おとなしく鏡太郎の腕に抱かれたまま、めぐみは長い睫毛をひらつかせて何度かまばたきをした。そのどれも、涙を含みはしない、とても乾いた瞬きだった。



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