金魚の庭

美里

文字の大きさ
11 / 44

しおりを挟む
なつみさんが作るココアは、外国産のココアの粉を牛乳と生クリームで練って伸ばしたもので、缶のココアなんかとは全く別物みたいに美味しかった。私は感動して、ごくごくと根を詰めて飲んだ。
 なつみさんはきれいな白い頬で笑って、すぐに二杯目のココアを淹れてくれた。
 「ロールケーキ、好きなだけ食べていいんだよ。私もこっち側から食べてくからさ。」
 そう言って、彼女は大きな白いお皿に盛られたロールケーキの端に、大胆にフォークを突き刺す。切り分けることなくでんと据えられたケーキはまっ白で、中にはびっくりするほど大きくて甘い苺がたっぷり入っていた。 私は警戒心も忘れて反対の端からケーキを掬った。
 夜も随分と遅い時間だった。そんな夜中に、はじめて訪ねる部屋で、お人形みたいにきれいな人と、お伽噺に出てくるようなココアとケーキを食べているなんて、なんだか夢のような気がした。私の母親は料理こそできたがケーキなど焼かなかったし、男はご飯を買ってきてくれはしてもデザートをつけてくれたことはなかったので、なつみさんが食べさせてくれたロールケーキは、私の人生の中で全くイレギュラーな食べ物だったのだ。
 それに気が付いた私の手は、銀色のフォークを握ったままの形で宙に浮く。
 なつみさんは首を傾げて私の表情を覗き込んだ。
 「どうかした?」
 答えられなかった。あの時の私は、急に与えられたふわふわと脆弱な贅沢に怖気づいていたのだと、今なら分かる。しかし9歳の私にその自分の心の動きを理解することは難しかった。
 なつみさんは私が遠慮をしていると思ったらしく、再度ココアとロールケーキを勧めてくれた。
 私はぎこちなくフォークを持ち直し、雪のような粉砂糖で覆われたロールケーキをゆっくりと口に運んだ。
 「食べていいのよ。私がいいって言っているんだから。」
 そう言ったときのなつみさんは、神様みたいに毅然としていた。多分、私が置かれていた環境を悪い方に取り違えていたのだろう。 私は哀れな子供ではあっただろうが、飢えた子供ではなかった。それでもなつみさんの断固とした物言いに私は安心し、6人分くらいはあったであろうロールケーキを、半分くらいまで一気に平らげた。なつみさんはあまりケーキには手を付けず、残った分を小さめの皿に移し替えてきちんとサランラップをかけた。
 「明日の分ね。残ったら亮にあげよう。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

初体験の話

東雲
恋愛
筋金入りの年上好きな私の 誰にも言えない17歳の初体験の話。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...