14 / 44
7
しおりを挟む
男が眠りつづけた半月の間、なつみさんが私の面倒を見てくれていた。彼女は何度も驚いた様子で、本当に手がかからない子、と呟いていたが、それは当たり前のことだ。私は物心ついた時からずっと、大人につきっきりで面倒を見てもらったことなどなかったのだから。
男は高熱にうなされながら時々、ヒトミ、と呻いた。私の母親の名だ。私はその度に近くになつみさんがいないことを確かめてから、なに、と返事をした。なるべく母に似せた低く沈んだトーンで。
男はそれにさらに返事を重ねることはなく、母の手や頬を求めるようなしぐさを見せることもなく、すぐにまた深い眠りに突入していった。
私はなにもかもを持て余したまま、ブラインドが下ろされた薄暗い部屋の中に立ち尽くしていた。
私と男がなつみさんのマンションに身を寄せていた頃、母どこで何をしていたのか私は知らないし、何なら今だってあの女の消息などまるで知らない。知りたいとも思わなかったし、今後も恐らくそうだろう。おまけに多分、母はもう死んでいるか精神病院かどこかに入っている。
私の母に対する情はその程度なのに、赤の他人であるあの男が高熱にうなされながら母の名を呼ぶことが不思議で仕方なかった。
私であれ男であれ、熱を出そうが大けがをしようが、母は絶対に手当てなどしない。それを男が知らないはずもない。
名を呼ばれないなつみさんが可哀想だと思った。部屋を提供し、毎日男の傷を消毒しては包帯を取り換え、気休め程度だと唇を噛みながら薬も飲ませていた。私用の食事とは別に、男が食べられるように米や野菜や肉を煮込んでは潰したメニューも毎食用意してくれた。なつみさんがいなければ、私も男ものたれ死んでいたはずだ。それでも男は一度たりとも、なつみさんの名を呼ばなかった。
半月が経ち、男はなんとかベッドから起き上がり二本足で歩けるようになった。そして私は、男の左手の小指が無くなっていることに気が付いた。その意味はもう知っていた。 なつみさんも男も、私がその意味を理解していないと思っていたからだろう、殊更にその欠損を隠そうとはしなかった。
私はなつみさんが買ってくれた紙粘土で男の小指を作った。形も色もちゃんと覚えていたので、絵の具で色も塗って半日がかりで仕上げた。そしてその指を、マンションの前の空き地に埋めた。小指のお弔い。あの真赤な夕方、私は泣きも笑いもせずに固い土を一人で掘った。
男は高熱にうなされながら時々、ヒトミ、と呻いた。私の母親の名だ。私はその度に近くになつみさんがいないことを確かめてから、なに、と返事をした。なるべく母に似せた低く沈んだトーンで。
男はそれにさらに返事を重ねることはなく、母の手や頬を求めるようなしぐさを見せることもなく、すぐにまた深い眠りに突入していった。
私はなにもかもを持て余したまま、ブラインドが下ろされた薄暗い部屋の中に立ち尽くしていた。
私と男がなつみさんのマンションに身を寄せていた頃、母どこで何をしていたのか私は知らないし、何なら今だってあの女の消息などまるで知らない。知りたいとも思わなかったし、今後も恐らくそうだろう。おまけに多分、母はもう死んでいるか精神病院かどこかに入っている。
私の母に対する情はその程度なのに、赤の他人であるあの男が高熱にうなされながら母の名を呼ぶことが不思議で仕方なかった。
私であれ男であれ、熱を出そうが大けがをしようが、母は絶対に手当てなどしない。それを男が知らないはずもない。
名を呼ばれないなつみさんが可哀想だと思った。部屋を提供し、毎日男の傷を消毒しては包帯を取り換え、気休め程度だと唇を噛みながら薬も飲ませていた。私用の食事とは別に、男が食べられるように米や野菜や肉を煮込んでは潰したメニューも毎食用意してくれた。なつみさんがいなければ、私も男ものたれ死んでいたはずだ。それでも男は一度たりとも、なつみさんの名を呼ばなかった。
半月が経ち、男はなんとかベッドから起き上がり二本足で歩けるようになった。そして私は、男の左手の小指が無くなっていることに気が付いた。その意味はもう知っていた。 なつみさんも男も、私がその意味を理解していないと思っていたからだろう、殊更にその欠損を隠そうとはしなかった。
私はなつみさんが買ってくれた紙粘土で男の小指を作った。形も色もちゃんと覚えていたので、絵の具で色も塗って半日がかりで仕上げた。そしてその指を、マンションの前の空き地に埋めた。小指のお弔い。あの真赤な夕方、私は泣きも笑いもせずに固い土を一人で掘った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる