金魚の庭

美里

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「私、あの人の娘じゃないよ。多分。」
 私が唐突にそんな話を切り出したのは、佐山の意識を傷跡から逸らしたい一心だった。
 佐山はまだ傷跡を手のひらで覆ったまま、それでも視線は私を食い入るように見つめた。
 「正確には分からない。あの人にももしかしたら分かってないかもしれない。私が物心がついた頃にはあの人は私の母親と付き合ってたみたいだけど、だからって私の実の父親かどうかは分からないでしょ。」
 「お母さまに伺ったことは?」
 「伺えるような人だったらとっくに伺ってるよ。」
 それもそうだ、と佐山は低く笑った。その手は喉元から離れて卓袱台の上に落ち着いており、私は内心安堵する。
 大抵の場合、人の弱みや素顔を知ればこちらが優位に立てるような気がするものだけれど、なぜだか佐山の場合にはその反対で、私は佐山の弱みや素顔を見るたびどうしようもなく怯んでしまう。
 不本意ながら安堵した私と、喉から手を離した佐山が無意味に見つめ合った数秒後、玄関のドアが開いた。ドアに背を向けて座っていた佐山は、私に肩を被せるような角度で振り返り、来客の顔を確認した。このアパートに現れる面子なんて、私と佐山とあの男で全部なのに。
 こういうところが嫌いだ、と思う。無意識みたいに私を子ども扱いする。あの男が今も昔もできずにいることだ。
 玄関で立ち止まったあの男は、切れ長の両目で佐山を見据えた。そして私が、そういえばこの部屋で佐山と男が顔を合わせるのは初めてだったな、と思うや否や、男は土足のままずかずかと部屋に上がり、座椅子に腰を下した格好のままの佐山の襟首をひっつかむと玄関へ引きずった。
 その男の行動にあっけにとられたのは私だけで、佐山は随分と落ち着いていた。こうなることは始めから百も承知だったとでも言いたげな、生きていないみたいな白い顔。
 「聞いてないよ!!」
 咄嗟に叫んだ言葉はあまりにも愚かだったと今になればわかる。聞いてない。誰に、何をか。そんなのはもう、男にとって都合が悪いことを佐山から聞いたと言っているも同然だろう。
 背中から倒れ込むような格好で玄関まで引きずられた佐山は、なんとか首をもたげて私を見て、困ったように笑った。これまで見た佐山の表情の中で、それは一番無防備なものだった。
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