観音通りにて・女衒

美里

文字の大きさ
25 / 26

しおりを挟む
宗太の琴葉殺しは、一時観音通り中で話題になった後、すぐに忘れ去られた。女郎が女衒に刺された。よくある話、とまではいかないが、時々ある話、くらいの認識で。
 「スラムに逃げ込んだに決まってるよ。」
 パーマネントの娼婦はつまらなそうにそう言って、白い歯で繕い物の糸をぷつりと切った。
 「あそこに逃げ込めば警察だって捜しだせやしないよ。」
 その言い様を聞いて、マリは彼女もまたスラムの出身であることを察した。
 宗太が消えてから、パーマネントの娼婦は、客のいない昼間は大抵マリの部屋で過ごすようになっていた。
 マリは黙ってそれを受け入れた。一人でいかねるのも同じなら、一人でいかねる自分を内心恥じているのも同じだ。
 二人でマリの部屋にいるとき、マリはほとんど口を利かない。ぼんやりと布団の上に膝を抱えている。
 パーマネントの娼婦は、大抵繕い物やら編み物やらを持ってきては、それらを粛々とこなしつつ、ほとんど独り言のように話し続ける。
 「蝉のところには警察が来たって話だよ。宗太を逃がしたんじゃないかって。まさかあの蝉が、そんな厄介ごとに首を突っ込むはずないのにね。」
 マリは、なんとなく思っていた。多分この娼婦は、マリがしたことを知っている。少なくとも、勘付いてはいる、と。
 理由は分からない。ただ、この娼婦も宗太に求められれば同じことをしたのだろう、とも思う。
 「あんた、身請けの話があるんだってね。出てった方がいいよ、こんな場所。とくに今みたいにきな臭いときは。」
 身請けの話。マリには初耳だったが、初耳すぎて大した反応も取れなかった。首をちょっとめぐらしてパーマネントの娼婦を見やると、彼女は鏡越しにマリと目を合わせ、少し笑った。
 目じりには数本の笑いじわがある。彼女は見かけほど若くはない。
 「蝉から聞いたんだよ、今朝。あんたにも今日中には話しが来るだろう。」
 身請け、と聞いてマリの頭に浮かぶのは、ただ一人の面影だけだった。
 日高。
 肉体関係のある極北の愛をためそうかなどと戯れを言った優しい人。身請け話をちらつかせた晩も、彼は本気の目をしていた。
 身請け。それはマリがいるこの部屋とは全然違う、遠い異世界の言葉に聞こえた。
 「……もし、身請け話に乗らなかったら?」
 ぽつん、と、マリが問う。
 「大ばか者だね。」
 パーマネントの娼婦が答える。
 そろそろ日が傾こうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

処理中です...