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聖女抹殺? 編
ミラクル12 のんきに釣りデート?
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御手洗清美にとって、解せないものがふたつある。ひとつは生理。ひとつは赤ん坊の夜泣きだ。
数日に渡り股から血が流れ続けるとか、夜通し泣き喚き続けるとか、生物の進化の過程で、人類だけが一体何故そんな誰も得しない方向に謎進化したのか、或いは神様がそういう風にデザインしたのか、まるで理解できなかった。
「ミタライ! 大丈夫か!?」
「ごめんテオさん、今ちょっと体調悪いから大声出さないで……」
「やっぱりどこか怪我したのか!? 誰に襲われたんだ!? こんなにも血の臭いが!」
いつものように昼食にラーメンを食べに来たところ、『本日臨時休業』の札がかかっていた上に、清美のテントの中から血の臭いがする! と慌てて飛び込んで来たテオは、ゴロンと寝返りを打ってこちらを向いた清美に大慌てで駆け寄る。
「大声出さないでってば。大丈夫、ただの生理だから」
「セーリ……?」
「そ、生理。知らない?」
今度は清美が驚く番だった。なんと獣人には生理がないそうである。前世、実家で猫を飼っていた時に調べた知識だが、猫に限らず多くの動物は交尾をした時だけ排卵するようにできているそうで、つまりは獣の名残りを色濃く残す獣人達もまた、獣に近しい体質なのだろうと察した。
それじゃあ発情期はあるの? とか、子供は2ケ月ぐらいで産まれてくるの? とか、セクハラに該当しそうな質問をしてしまいそうになり、自重する。ともかく、生理がないのはいいな、羨ましい、と清美は人間の体の神秘に面食らった様子のテオを見上げながら思う。
神様チートのユニットバス内に、トイレットペーパーやタオルや歯ブラシや歯磨き粉、石鹸等のアメニティに加え、ちゃんと生理用品も使い放題で置いてくれているのには本当に頭が下がる思いだった。さもなくばドラッグストアもコンビニもない異世界で途方に暮れていたことだろう。
「つくづく人間というのは不思議な種族なんだな」
「そ、不思議で不合理で、それでもなんとかやりくりしながら生きていかなきゃいけないのが人間なんですよ」
「俺達は人間との交流にあまり積極的ではなかったから、ミタライが来てから驚くことがいっぱいだ」
なんであれ体が辛いのであればゆっくり休んでくれ、何か欲しいものはあるか? と紳士的に接してくれるテオの優しさに感動しながら、ありがとう大丈夫、とラーメン屋は臨時休業するつもりだと伝える清美。
体が辛い、怠いからと遠慮なく休みを取れるのは異世界自営業ならではの強みだなと思う。日本だったら生理痛が重たいので休みます、なんて会社に連絡を入れたら大顰蹙を買うだろう。
ましてブラック企業であればクビを言い渡されてもおかしくない……と言いたいところだが、本物のブラック企業は慢性的に常時人手不足でまた会社都合退職になると自己都合退職よりも文字通り都合が悪いため、クビを言い渡されることこそないが周囲からの圧力や風当たりが強まることは必至であった。
「男の人からすれば、1週間ぐらいココから血が垂れ流しになって、おまけにコッチの方はその間中ずっと慢性的にズキズキ嫌な痛みが続くようなもんだからね」
「それは本当に大丈夫なのか!?」
清美に言われた通りの事態になることを想像して青褪めてしまった風なテオが清美の手を握り締め、悲痛な表情を浮かべる。コレも一種のカルチャーギャップ、カルチャーショックなのかな、と、清美はゴメンゴメンと苦笑を浮かべるのだった。
☆★☆
「釣りに行かぬか」
「釣り?」
「そうだ、砂魚釣りだ。釣ったばかりの砂魚に砂を吐かせて丸焼きにして食うと、新鮮で美味いぞ!」
生理期間が終わり、ラーメン屋のオバチャンに復帰した清美を誘いに来たロアは、予想外の提案で彼女を砂漠に誘った。
「釣りかあ。やったことないですねえ」
興味もなかったし、とあの頃から筋金入りのエアコンっ子だった幼少期を思い出している清美の耳元で、ロアは小声で囁く。
「少し大事な話があるのだ。できれば皆のいないところで」
何それいつもの口説きテクじゃないでしょうね、と言いかけて、予想外に真剣そうな歴戦の猛虎の表情に何かを察し、いいですよ、と頷く清美。かくして彼女は翌朝、夜が明ける前にロアとふたりっきりで釣りに出かけることとなった。当然、一部を除いて何も知らないンノカジ族の虎達の視線は様々である。
またか、と呆れる者。よくやるよ、と感心する者。ギリ、と歯噛みする者。そんな大勢の見送りを受けて、まだ日が昇る前の砂漠へウキウキと釣りに出かけたロアと清美。程なくして地平線の彼方に日が昇り始め。朝焼けの砂漠は美しく、吹き抜ける風は早朝故かまだほのかにひんやりをしている。
「それで? 大事な話ってなんですか?」
「まあ、そう急くな。まずは普通に釣りを楽しもうではないか。話をするのはそれからでも遅くはない」
「アナタがそれでいいならいいですけど、焦らされると気になっちゃいますね」
「そなたは人一倍せっかちであるようだからな」
清美の歩くペースに合わせていたら砂魚が逃げてしまうと、彼女をお姫様抱っこしながら砂漠を軽快に走り続ける族長ロア。その背中に背負われているのは得意の剛槍ではなく、釣り竿や砂魚の餌、昼食等を詰めた荷物である。
自動車並みの速度で走り続けることしばし。程なくしてふたりが到着したのは見晴らしのよい岩山地帯だ。ロアいわく、砂魚達は眠る時は砂岩の周囲に密集して眠ることが多いそうで、砂魚釣りをする時は岩肌の上に陣取り、そこから釣り竿を垂らすのだという。
「ここで釣るんですか?」
「ああ。だが楽しい砂魚釣りを始める前に、先に釣果物の処理をしてしまおうではないか」
いかにも悪そうな顔でニヤリと笑うロアの視線の先を追うと、覆面で顔を隠し、手に槍や曲刀等の武器を持ったいかつい獣人達が、ゾロゾロ現れたではないか。尻尾の形からして、虎ではなくライオン。
ライオンといえば、このサンドリヤン砂漠に住まう部族の中にはイガタ族なる獅子獣人達の部族がいる、と以前テオから聞いたことを思い出した清美は、どういうつもり? とロアを見上げる。
「ンノカジ族族長、ロアと見受ける。その娘、渡してもらおうか」
毛皮の腰巻のみならず、金属製の胸当てや鉄の下帯等で急所を武装した獅子獣人達の前に一歩踏み出したのは、赤い防塵マフラーで口元を覆い、顔の下半分を隠した若獅子だった。
「イガタ族の若造か。何ゆえ我が未来の花嫁を付け狙う?」
「誰が未来の花嫁よ?」
「貴様が知る必要はない。おとなしくその娘を置き去りに疾く消え失せるならばよし。さもなくば……」
武装し、ジリジリと周囲を包囲しつつある獅子達が武器を構える。だがロアは清美を抱きかかえたまま身軽に跳躍すると、そのまま後ろ跳びに岩肌の上に着地し半月状に陣取った若き獅子の群れを睥睨した。
「フ! 来るがいい小童共! 幾ら雑兵の頭数を揃えようとも、我から花嫁を奪い去るにはまったくもって足りぬことを解らせてやろう! あ、キヨミは扉の中に隠れておれ。終わったら合図するでな」
「はいはい。どういうことなのか、後でキッチリ説明してもらいますからね!」
チートドアを呼び出しその中に隠れようとする清美の足に向かって、一筋の矢が放たれる。が、それが深々と彼女の太腿に突き刺さる直前、ロアは信じ難い動体視力で飛来する矢をチョップで叩き落した。
「うっわ、物騒! お願いだから大怪我しないでね!」
「我をなんと心得る? ンノカジ族最強の戦士にして族長! 大戦士ロアフォルドーの子孫ロアであるぞ! さあ、折角の初めての釣りデートを邪魔する無粋な人攫い共め! 大怪我をしたい奴からかかってくるがいい!」
パタン、と清美が内側からドアを閉めると同時に、チートドアに二の矢が突き刺さりそうになるも、そこは神様謹製の聖女チートである。物理法則をガン無視して超高速で跳ね返った矢が射手の腹を貫き、乾いた砂漠に鮮血が飛び散る。それが、壮絶な戦い……にもならぬ、一方的な蹂躙の幕開けとなった。
「さて、どういうことか説明してもらおうか? イガタ族族長、アデスの息子プレアよ」
「フ、やはり気付いていたか。俺の素性を知られたからには、ここで死んでもらう」
赤いマフラーのリーダーが矢継ぎ早に指示を飛ばすが、ロアの強さは圧倒的だった。槍で突き刺そうとすれば槍を掴んでへし折り、そのまま相手の腹に内蔵破裂級の蹴りを食らわせる。曲刀で斬りかかれば曲刀を握る腕を蹴り上げて骨折させる。
では遠距離から矢で射貫こうにも、弓に矢をつがえるよりも速く接近されラリアットを食らわされては射手の立つ瀬がない。徒手空拳などもっての外だ。猛獣に素手で挑みかかるなど正気の沙汰ではないのだから。
「囲め! 数で押すんだ! たった1匹を相手に何を手こずっている!」
「いかんなあ、実にいかん! そういう時は群れを率いる貴様が率先して強敵に挑みかかる勇姿を見せねば、奴らも後に続く気概が失せてしまうぞ! 少なくとも、貴様の父アデスならば真っ先にそうするであろうさ!」
「黙れ! 親父は死んだ! 俺がこの手で殺したからな!」
「なんと!」
一方的に蹂躙され、次々とぶちのめされていく仲間達に業を煮やしたイガタ族の獅子プレアが、骨を削って尖らせた鋭利なメリケンサックを握り締め、ロアに殴りかかる。
「すぐにお前も後を追わせてやるさ! 時代遅れの老いぼれ同士、あの世で仲よくするんだな!」
数分後。ロアの手でボコボコにされ満身創痍となったプレアが砂の上で大の字になって斃れていた。連れてきた仲間達は全員返り討ちにされ、当人ももはや抵抗どころか立ち上がることさえ満足にできない程度に痛め付けられてしまった。族長ロア、四十路の熟年虎たった1匹にだ。
「さて。素直に事情を話せば命だけは助けてやろう。何も吐かぬと言うのならば、喜んで話したくなるようにしてやろう。前者であれば手間が省けて助かるのだが、どうする?」
「……誰が、貴様、なんぞに……」
「おお、そうかそうか! では、致し方あるまい」
更に数分後。描写するのも憚られるような悍ましい手段で身も心もズタボロのボッコボコにされ、戦士として、人としての尊厳を完膚なきまでに破壊し尽くされ廃人のようにされることを自ら選んでしまった憐れな獅子プレアは、泣きながら一部始終を洗いざらい吐き出させられた。
事の発端は、『さる高貴なお方からの使者』を名乗る茶髪の男がサンドリヤン王国からイガタ族の集落にやってきたことだ。ンノカジ族の集落でもそうしたように、清美の人相書きを見せ、彼女が罪人であることを騙り、捕らえた暁には莫大な報酬を出す、と言い出したのだ。
が、イガタ族の族長アデスは歯牙にもかけなかった。人間の揉め事に関与するつもりはない、と突っぱねたのだ。なれば今度はと、茶髪の男はその女がンノカジ族の集落に匿われていると言い出し、協力しませんか、と持ち掛けた。
彼らの私兵とイガタ族の戦士が結託してンノカジ族の里を襲うのだ、と。そうすれば人間は無事逃げた罪人を捕らえられ、イガタ族はライバルであるンノカジ族の面子を潰すことができる。場合によっては『さる高貴なお方』がイガタ族のスポンサーになって、この砂漠で支配圏を拡げるのに協力してやってもよい、と。
だが、族長アデスはそれも一蹴した。くだらん、帰れ、と人間の一団をにべもなく追い出したのだ。そこで、立ち上がったのが族長の息子プレアだった。かねてより頑固で古風な父親と衝突を繰り返し、これからは俺の時代だ! と反発していた彼は、仲間達を集め独断で茶髪の人間に協力を持ちかけた。
相手が嬉々としてそれに乗ってきた事は言うまでもない。プレアはンノカジ族の集落に逃げ込んだ罪人の女を捕らえ、人間に引き渡し、その見返りとして彼が族長になるまで、そして族長になった後の協力を取り付けた。
かくして若獅子達はつい数時間ほど前、寝入った族長アデスの心臓を青臭い反骨心のままに複数人がかりで貫いて殺し、その亡骸は砂魚や砂シャチの餌にでもすべく道中砂漠に捨て、そのままの勢いで夜明け前にンノカジ族の新たな村を襲撃すべく一直線にやってきたというわけだ。
幸か不幸か夜明け前の闇に乗じて乗り込む作戦は族長ロアが『砂魚釣りに行くぞ!』と清美を連れ出したがために村を襲う計画は破綻したが、獲物の方からわざわざノコノコふたりだけで群れを離れてくれたのは好都合だと、ここまで息を潜めてふたりの後をつけてきたのである。
「ふーむ、アデスともあろう武人がそう易々と殺されるとも思えんが。そもそも、そんな乱暴な手段でクーデターを起こしたとて、誇り高きイガタ族の戦士達が汚い手で父親を葬った貴様らを受け入れる筈がなかろう?」
「……確かに俺達だけじゃ無理だったけど……人間共からもらった強力な眠り薬を晩飯に盛って……後は人間共から分捕った武具や金で、うるさいジジイ共は黙らせるつもりだったんだ……」
「やれやれ、獣人が人間にかぶれてどうする。ガレットの奴も大概青二才だが、貴様に比べれば遥かに孝行息子であったか」
ともかく、プレアが知っている情報は全て吐き出させた。この期に及んで隠し事はあるまいな? と威圧され、涙目になりながらコクコクと首を縦に振るタテガミのない雄獅子。雄のライオンにとってタテガミは大人の証でありプライドの象徴である。
成人でありながらそれを力尽くで刈り取られるということはつまり、僕はみっともない惨めなガキです、生きててごめんなさい、と言わされているに等しい恥辱なわけで。まあ、それ以上の仕打ちをしこたま受けさせられた今の彼には、タテガミのひとつやふたつ程度でどうこう言ってられる余裕もなかろうが。
「うーむ、このありさまではもう釣りはできんな」
岩肌の周辺にはボコボコにされて血まみれになったり手足があらぬ方向に折れたりはしているものの、誰も殺されずに済んだ獅子の戦士達の体がゴロゴロ転がっている。時に人間や獣人に噛み付く砂魚や人を食らう砂シャチでさえも、今は族長ロアの強すぎる覇気に恐れおののきすっかり逃げてしまったようだ。
幾ら清美が豪胆な女とて、この状況でのんきに釣り竿を垂らせる程ではあるまい。砂魚釣りはまた今度だな、とロアは鍵のかかったチートドアをノックし、彼女に「終わったぞ」と告げた。
数日に渡り股から血が流れ続けるとか、夜通し泣き喚き続けるとか、生物の進化の過程で、人類だけが一体何故そんな誰も得しない方向に謎進化したのか、或いは神様がそういう風にデザインしたのか、まるで理解できなかった。
「ミタライ! 大丈夫か!?」
「ごめんテオさん、今ちょっと体調悪いから大声出さないで……」
「やっぱりどこか怪我したのか!? 誰に襲われたんだ!? こんなにも血の臭いが!」
いつものように昼食にラーメンを食べに来たところ、『本日臨時休業』の札がかかっていた上に、清美のテントの中から血の臭いがする! と慌てて飛び込んで来たテオは、ゴロンと寝返りを打ってこちらを向いた清美に大慌てで駆け寄る。
「大声出さないでってば。大丈夫、ただの生理だから」
「セーリ……?」
「そ、生理。知らない?」
今度は清美が驚く番だった。なんと獣人には生理がないそうである。前世、実家で猫を飼っていた時に調べた知識だが、猫に限らず多くの動物は交尾をした時だけ排卵するようにできているそうで、つまりは獣の名残りを色濃く残す獣人達もまた、獣に近しい体質なのだろうと察した。
それじゃあ発情期はあるの? とか、子供は2ケ月ぐらいで産まれてくるの? とか、セクハラに該当しそうな質問をしてしまいそうになり、自重する。ともかく、生理がないのはいいな、羨ましい、と清美は人間の体の神秘に面食らった様子のテオを見上げながら思う。
神様チートのユニットバス内に、トイレットペーパーやタオルや歯ブラシや歯磨き粉、石鹸等のアメニティに加え、ちゃんと生理用品も使い放題で置いてくれているのには本当に頭が下がる思いだった。さもなくばドラッグストアもコンビニもない異世界で途方に暮れていたことだろう。
「つくづく人間というのは不思議な種族なんだな」
「そ、不思議で不合理で、それでもなんとかやりくりしながら生きていかなきゃいけないのが人間なんですよ」
「俺達は人間との交流にあまり積極的ではなかったから、ミタライが来てから驚くことがいっぱいだ」
なんであれ体が辛いのであればゆっくり休んでくれ、何か欲しいものはあるか? と紳士的に接してくれるテオの優しさに感動しながら、ありがとう大丈夫、とラーメン屋は臨時休業するつもりだと伝える清美。
体が辛い、怠いからと遠慮なく休みを取れるのは異世界自営業ならではの強みだなと思う。日本だったら生理痛が重たいので休みます、なんて会社に連絡を入れたら大顰蹙を買うだろう。
ましてブラック企業であればクビを言い渡されてもおかしくない……と言いたいところだが、本物のブラック企業は慢性的に常時人手不足でまた会社都合退職になると自己都合退職よりも文字通り都合が悪いため、クビを言い渡されることこそないが周囲からの圧力や風当たりが強まることは必至であった。
「男の人からすれば、1週間ぐらいココから血が垂れ流しになって、おまけにコッチの方はその間中ずっと慢性的にズキズキ嫌な痛みが続くようなもんだからね」
「それは本当に大丈夫なのか!?」
清美に言われた通りの事態になることを想像して青褪めてしまった風なテオが清美の手を握り締め、悲痛な表情を浮かべる。コレも一種のカルチャーギャップ、カルチャーショックなのかな、と、清美はゴメンゴメンと苦笑を浮かべるのだった。
☆★☆
「釣りに行かぬか」
「釣り?」
「そうだ、砂魚釣りだ。釣ったばかりの砂魚に砂を吐かせて丸焼きにして食うと、新鮮で美味いぞ!」
生理期間が終わり、ラーメン屋のオバチャンに復帰した清美を誘いに来たロアは、予想外の提案で彼女を砂漠に誘った。
「釣りかあ。やったことないですねえ」
興味もなかったし、とあの頃から筋金入りのエアコンっ子だった幼少期を思い出している清美の耳元で、ロアは小声で囁く。
「少し大事な話があるのだ。できれば皆のいないところで」
何それいつもの口説きテクじゃないでしょうね、と言いかけて、予想外に真剣そうな歴戦の猛虎の表情に何かを察し、いいですよ、と頷く清美。かくして彼女は翌朝、夜が明ける前にロアとふたりっきりで釣りに出かけることとなった。当然、一部を除いて何も知らないンノカジ族の虎達の視線は様々である。
またか、と呆れる者。よくやるよ、と感心する者。ギリ、と歯噛みする者。そんな大勢の見送りを受けて、まだ日が昇る前の砂漠へウキウキと釣りに出かけたロアと清美。程なくして地平線の彼方に日が昇り始め。朝焼けの砂漠は美しく、吹き抜ける風は早朝故かまだほのかにひんやりをしている。
「それで? 大事な話ってなんですか?」
「まあ、そう急くな。まずは普通に釣りを楽しもうではないか。話をするのはそれからでも遅くはない」
「アナタがそれでいいならいいですけど、焦らされると気になっちゃいますね」
「そなたは人一倍せっかちであるようだからな」
清美の歩くペースに合わせていたら砂魚が逃げてしまうと、彼女をお姫様抱っこしながら砂漠を軽快に走り続ける族長ロア。その背中に背負われているのは得意の剛槍ではなく、釣り竿や砂魚の餌、昼食等を詰めた荷物である。
自動車並みの速度で走り続けることしばし。程なくしてふたりが到着したのは見晴らしのよい岩山地帯だ。ロアいわく、砂魚達は眠る時は砂岩の周囲に密集して眠ることが多いそうで、砂魚釣りをする時は岩肌の上に陣取り、そこから釣り竿を垂らすのだという。
「ここで釣るんですか?」
「ああ。だが楽しい砂魚釣りを始める前に、先に釣果物の処理をしてしまおうではないか」
いかにも悪そうな顔でニヤリと笑うロアの視線の先を追うと、覆面で顔を隠し、手に槍や曲刀等の武器を持ったいかつい獣人達が、ゾロゾロ現れたではないか。尻尾の形からして、虎ではなくライオン。
ライオンといえば、このサンドリヤン砂漠に住まう部族の中にはイガタ族なる獅子獣人達の部族がいる、と以前テオから聞いたことを思い出した清美は、どういうつもり? とロアを見上げる。
「ンノカジ族族長、ロアと見受ける。その娘、渡してもらおうか」
毛皮の腰巻のみならず、金属製の胸当てや鉄の下帯等で急所を武装した獅子獣人達の前に一歩踏み出したのは、赤い防塵マフラーで口元を覆い、顔の下半分を隠した若獅子だった。
「イガタ族の若造か。何ゆえ我が未来の花嫁を付け狙う?」
「誰が未来の花嫁よ?」
「貴様が知る必要はない。おとなしくその娘を置き去りに疾く消え失せるならばよし。さもなくば……」
武装し、ジリジリと周囲を包囲しつつある獅子達が武器を構える。だがロアは清美を抱きかかえたまま身軽に跳躍すると、そのまま後ろ跳びに岩肌の上に着地し半月状に陣取った若き獅子の群れを睥睨した。
「フ! 来るがいい小童共! 幾ら雑兵の頭数を揃えようとも、我から花嫁を奪い去るにはまったくもって足りぬことを解らせてやろう! あ、キヨミは扉の中に隠れておれ。終わったら合図するでな」
「はいはい。どういうことなのか、後でキッチリ説明してもらいますからね!」
チートドアを呼び出しその中に隠れようとする清美の足に向かって、一筋の矢が放たれる。が、それが深々と彼女の太腿に突き刺さる直前、ロアは信じ難い動体視力で飛来する矢をチョップで叩き落した。
「うっわ、物騒! お願いだから大怪我しないでね!」
「我をなんと心得る? ンノカジ族最強の戦士にして族長! 大戦士ロアフォルドーの子孫ロアであるぞ! さあ、折角の初めての釣りデートを邪魔する無粋な人攫い共め! 大怪我をしたい奴からかかってくるがいい!」
パタン、と清美が内側からドアを閉めると同時に、チートドアに二の矢が突き刺さりそうになるも、そこは神様謹製の聖女チートである。物理法則をガン無視して超高速で跳ね返った矢が射手の腹を貫き、乾いた砂漠に鮮血が飛び散る。それが、壮絶な戦い……にもならぬ、一方的な蹂躙の幕開けとなった。
「さて、どういうことか説明してもらおうか? イガタ族族長、アデスの息子プレアよ」
「フ、やはり気付いていたか。俺の素性を知られたからには、ここで死んでもらう」
赤いマフラーのリーダーが矢継ぎ早に指示を飛ばすが、ロアの強さは圧倒的だった。槍で突き刺そうとすれば槍を掴んでへし折り、そのまま相手の腹に内蔵破裂級の蹴りを食らわせる。曲刀で斬りかかれば曲刀を握る腕を蹴り上げて骨折させる。
では遠距離から矢で射貫こうにも、弓に矢をつがえるよりも速く接近されラリアットを食らわされては射手の立つ瀬がない。徒手空拳などもっての外だ。猛獣に素手で挑みかかるなど正気の沙汰ではないのだから。
「囲め! 数で押すんだ! たった1匹を相手に何を手こずっている!」
「いかんなあ、実にいかん! そういう時は群れを率いる貴様が率先して強敵に挑みかかる勇姿を見せねば、奴らも後に続く気概が失せてしまうぞ! 少なくとも、貴様の父アデスならば真っ先にそうするであろうさ!」
「黙れ! 親父は死んだ! 俺がこの手で殺したからな!」
「なんと!」
一方的に蹂躙され、次々とぶちのめされていく仲間達に業を煮やしたイガタ族の獅子プレアが、骨を削って尖らせた鋭利なメリケンサックを握り締め、ロアに殴りかかる。
「すぐにお前も後を追わせてやるさ! 時代遅れの老いぼれ同士、あの世で仲よくするんだな!」
数分後。ロアの手でボコボコにされ満身創痍となったプレアが砂の上で大の字になって斃れていた。連れてきた仲間達は全員返り討ちにされ、当人ももはや抵抗どころか立ち上がることさえ満足にできない程度に痛め付けられてしまった。族長ロア、四十路の熟年虎たった1匹にだ。
「さて。素直に事情を話せば命だけは助けてやろう。何も吐かぬと言うのならば、喜んで話したくなるようにしてやろう。前者であれば手間が省けて助かるのだが、どうする?」
「……誰が、貴様、なんぞに……」
「おお、そうかそうか! では、致し方あるまい」
更に数分後。描写するのも憚られるような悍ましい手段で身も心もズタボロのボッコボコにされ、戦士として、人としての尊厳を完膚なきまでに破壊し尽くされ廃人のようにされることを自ら選んでしまった憐れな獅子プレアは、泣きながら一部始終を洗いざらい吐き出させられた。
事の発端は、『さる高貴なお方からの使者』を名乗る茶髪の男がサンドリヤン王国からイガタ族の集落にやってきたことだ。ンノカジ族の集落でもそうしたように、清美の人相書きを見せ、彼女が罪人であることを騙り、捕らえた暁には莫大な報酬を出す、と言い出したのだ。
が、イガタ族の族長アデスは歯牙にもかけなかった。人間の揉め事に関与するつもりはない、と突っぱねたのだ。なれば今度はと、茶髪の男はその女がンノカジ族の集落に匿われていると言い出し、協力しませんか、と持ち掛けた。
彼らの私兵とイガタ族の戦士が結託してンノカジ族の里を襲うのだ、と。そうすれば人間は無事逃げた罪人を捕らえられ、イガタ族はライバルであるンノカジ族の面子を潰すことができる。場合によっては『さる高貴なお方』がイガタ族のスポンサーになって、この砂漠で支配圏を拡げるのに協力してやってもよい、と。
だが、族長アデスはそれも一蹴した。くだらん、帰れ、と人間の一団をにべもなく追い出したのだ。そこで、立ち上がったのが族長の息子プレアだった。かねてより頑固で古風な父親と衝突を繰り返し、これからは俺の時代だ! と反発していた彼は、仲間達を集め独断で茶髪の人間に協力を持ちかけた。
相手が嬉々としてそれに乗ってきた事は言うまでもない。プレアはンノカジ族の集落に逃げ込んだ罪人の女を捕らえ、人間に引き渡し、その見返りとして彼が族長になるまで、そして族長になった後の協力を取り付けた。
かくして若獅子達はつい数時間ほど前、寝入った族長アデスの心臓を青臭い反骨心のままに複数人がかりで貫いて殺し、その亡骸は砂魚や砂シャチの餌にでもすべく道中砂漠に捨て、そのままの勢いで夜明け前にンノカジ族の新たな村を襲撃すべく一直線にやってきたというわけだ。
幸か不幸か夜明け前の闇に乗じて乗り込む作戦は族長ロアが『砂魚釣りに行くぞ!』と清美を連れ出したがために村を襲う計画は破綻したが、獲物の方からわざわざノコノコふたりだけで群れを離れてくれたのは好都合だと、ここまで息を潜めてふたりの後をつけてきたのである。
「ふーむ、アデスともあろう武人がそう易々と殺されるとも思えんが。そもそも、そんな乱暴な手段でクーデターを起こしたとて、誇り高きイガタ族の戦士達が汚い手で父親を葬った貴様らを受け入れる筈がなかろう?」
「……確かに俺達だけじゃ無理だったけど……人間共からもらった強力な眠り薬を晩飯に盛って……後は人間共から分捕った武具や金で、うるさいジジイ共は黙らせるつもりだったんだ……」
「やれやれ、獣人が人間にかぶれてどうする。ガレットの奴も大概青二才だが、貴様に比べれば遥かに孝行息子であったか」
ともかく、プレアが知っている情報は全て吐き出させた。この期に及んで隠し事はあるまいな? と威圧され、涙目になりながらコクコクと首を縦に振るタテガミのない雄獅子。雄のライオンにとってタテガミは大人の証でありプライドの象徴である。
成人でありながらそれを力尽くで刈り取られるということはつまり、僕はみっともない惨めなガキです、生きててごめんなさい、と言わされているに等しい恥辱なわけで。まあ、それ以上の仕打ちをしこたま受けさせられた今の彼には、タテガミのひとつやふたつ程度でどうこう言ってられる余裕もなかろうが。
「うーむ、このありさまではもう釣りはできんな」
岩肌の周辺にはボコボコにされて血まみれになったり手足があらぬ方向に折れたりはしているものの、誰も殺されずに済んだ獅子の戦士達の体がゴロゴロ転がっている。時に人間や獣人に噛み付く砂魚や人を食らう砂シャチでさえも、今は族長ロアの強すぎる覇気に恐れおののきすっかり逃げてしまったようだ。
幾ら清美が豪胆な女とて、この状況でのんきに釣り竿を垂らせる程ではあるまい。砂魚釣りはまた今度だな、とロアは鍵のかかったチートドアをノックし、彼女に「終わったぞ」と告げた。
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