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三章 パリオペラ座バレエ

41. ぼく(リファール)の申し出

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「キリル、よくやった。ここからはぼくの番だよ」
 キリルから報告を受けたぼくが言った。

 ぼくはどんなことをしても、ニジンスキー兄さんに会いに行くのだと決めていた。
「どうするのですか、マダムは頑なにノンと言っていましたよ」
 キリルが心配そうな顔をして覗き込んだ。

「インスリンの治療費は高いと言ったね」
「はい。相当、苦労しているようでした」
「ぼくには、ひとつアイデアがあるのだよ」
 
 一週間後、ぼくはロモラに電話をかけた。
 オペラ座の監督から直接連絡が来たということで、ロモラは光栄だと喜んだ。ぼくが、かつてクリスマスに、ニジンスキーと会って話したことを彼女は知ってはいない。
 
 ぼくは治療費の援助を申し入れた。それも、相当高額の。
「なんて、すばらしいことでしょう。主人が知ったら、どんなに喜ぶかしら」
 ロモラは声を弾ませた。
 
 よし。
 
 ぼくは自分が支援するだけではなくて、オペラ座で、彼のための募金チャリティ公演をすることを計画している。その日が取れるのは、六月二十八日。

 ロモラはその前にアメリカに発つことになるが、チャリティのことを話すと、ぼくが病院に面会に行くことを受け入れてくれた。

 どうだい、という顔でぼくはキリルを見た。
「さすがセルジュ、やりますねぇ」
 
「ぼくはたとえ全財産を使ったとしても、彼に会いたいのだよ。会いにいくという約束をしたのだからね」
「ウクライナの人は、義理堅いのですね」
「いろんな人がいるから、一概には言えないけど、ぼくらは頑固だよ。一度決めたら、なかなか引かない」
「そうなんですね」

「ところで、スウェーデン人はどうなんだい」
「そうですね、全体的にみたら、頑固ではないと思います。大体、あまり熱くなることがない」
「冷静なのだね」
「もちろん、例外はありますけれど」
 とキリルが自身を指さした。

「いいや、きみは冷静だよ。かっかとしない」
「わかりませんよ」
 キリルがおかしそうに笑ってみせたが、その後で遠くを見つめた目は冷めていた、ように思う。
 

 オペラ座チャリティ公演の二週間前、ぼく達はスイスの病院を訪れることになった。

 あの時、病院に向かう車の中で、キリルが会話の途中でふと呟くように言った。
「しつこいのって愛でしょうかね。それとも、ただの執着心でしょうか」
 
 考えてみれば、彼はロモラのことを言ったのだが、ぼくはその時、キリルがまだアンリネットのことを思っていて、そのことを言ったのかと思った。アンリネットはすでにアメリカ人と結婚して、ニューヨークに住んでいた。

「キリル、きみはまだアンリネットのことが忘れられないのかい」
 ぼくが仕方のない奴だなあという調子で言うと、
「まさか」
 と無表情で答えた。
 
 その時、では、もしかして、ぼくのことを言っているのかと思った。ぼくは数日前に、自分の著書にサインをして、カードをはさみ、キリアンに贈っておいてくれるように頼んだから、そのことなのかもしれないと。

 これはある日、突然思い出した一コマで、あの日、ぼくはニジンスキーに会えることで感情が飛沫のように飛び散り、キリルの言葉はずうっと後になるまで、忘れていた。
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