黒の転生騎士

sierra

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第十二章

腕(かいな)の中のリリアーナ 81

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 ビクッ、と身体を震わせてカイトは目覚めた。
 
(何だ、今のは……夢だったのか?)

 腕の中のリリアーナが身動きをする。

「カイト……?」

 寝起きでとろんとした目が、カイトを認めると嬉しそうに輝いて、瞳の碧が深みを増した。表情からは悩みが消え去り、信頼しきった様子で微笑んだ。

「カイト、ありがとう、相談に乗ってくれて。私、姉様に話してみるわね」
「えっ、ああ……」

(確かさっき俺がアドバイスした時は、腑に落ちない表情をしていたのに……)

 リリアーナはまだ何か言いたそうな顔をしている。頬を桜色に染めて恥かしそうに、言うか言うまいか悩んでいる。

「どうしたのですか……?」
「……キス……とても素敵だった………」

 言葉と共に彼女の頬は、桜色からじわじわと紅色へ変わっていき、しまいには真っ赤になって俯いた。
 カイトは身体の動きを止め、顔を強張らせる。

(まさか意識を……)
 
 愕然として考えを巡らせる。

(夢だと思っていたのは現実の出来事で、リリアーナの相手をしていたのは――)

「カイト?」

 ギリッと歯を食い縛り、舌打ちをするカイトから、リリアーナはびくっ、と身を引いた。カイトはすぐに気付いて謝罪をする。

「すいません。少し……気分が優れないもので」
「えっ、大変……」

 すぐに立ち上がってパタパタと駆けていくリリアーナを、目で追いながら中断した思考を再開させる。

(気付かれてはいけない。魔法が解けかけていると……。しかし、意識を乗っ取られるとは、あいつの精神力はどれだけの物なんだ?)

 そこまで考えて、カイトの顔が色を失う。
(乗っ取られるほど、術が解けてきている?)

 恐怖で背筋が凍りついた。
(気付く間もなく人格が失われ、18歳に戻ってしまうのか? リリアーナへの想いも、何もかもが消え失せて……)

 ぶるっ、と頭を一振りし、拳をきつく握り締める。
(駄目だ、これでは……気持ちを強く持たなければ!) 

 じーちゃんが、”18歳のカイトは空手以外に精神修行も熱心に受けたから、騎士ナイトの称号を賜るまでになったんだぞ”と言っていたのを思い出した。
(じーちゃんから修行にくるよう誘われた時に、素直に行けば……しかし今更そんな事を考えても仕方がない)

 ファサッ、と掛布を身体に掛けられ、カイトは目を瞬かせた。いつの間にかリリアーナが戻ってきていて、心配そうに顔を覗き込んでいる。

「リリアーナ……」
「具合が悪いのでしょう? 少し眠ったほうがいいわ。ソファよりカウチにのほうがいいかいしら……?」
 
 首を傾げて柔らかな声で、天使のような優しさをもってリリアーナが聞いてくる。
 眩しそうに目を細め、カイトはリリアーナへ右手を伸ばした。

「……貴方が一緒に横になってくれるなら」

 リリアーナも右手を伸ばしかけたが、なぜか躊躇いその手を止める。二人の間には沈黙が降り、気まずい空気が漂った。カイトが視線を逸らしてぽつりと言う。

「貴方を一人置いていった私には、過ぎた望みでしょうか?」
「違う、カイト違うの、今……」
「今?」
「今はっ、……」

 言葉に詰まるリリアーナに、カイトは笑みを浮かべた。

「気にしないで下さい。ここで少し休ませて頂きます」

 カイトはソファにごろりと横たわると、向こうを向いてしまった。後悔で胸を痛めながらも、リリアーナは複雑な心境に陥る。

 添い寝するのをなぜ躊躇ったのか。ついさっきだったら承諾しただろう。ずっとこのまま一緒に居たいと、離れたくないとまで思ったのに――

 答えが出ぬまま、リリアーナは眠るカイトをただ見つめていた。

***

 音楽室でリュート(弦楽器)の練習をし終えた、ある昼下がりの午後。サファイアは天気がいいのでラザファムを従えて、中庭へと出た。

「サファイア様、」
「ラトヴィッジの馬鹿な王子の話なら聞かないわよ」

 はぁ~、とラザファムが溜息を吐く。
 一見平気そうには見えていたが、リリアーナにとって、ルイスはトラウマ級に恐ろしい相手だった。騎士やリーフシュタイン側の面々が、心の底ではルイス王子を、信用していない事も露見した。

 全く……ルイス王子も先走ってくれたものだ。サファイア様といい雰囲気になってきたから、リリアーナ様との中を早く改善したかったのは分かるけど……いくら明るい昼日中だからといって、さすがに二人きりはまずいだろう。 
 優秀だと思っていたが、サファイアの事に関しては、本当に愚か者になる。

 気を取り直して、午前中に尋ねてきたリリアーナの話を振ってみた。大体雰囲気から話の内容は推測できたが……。

「リリアーナ様は何のご用だったのですか?」
「リリアーナはルイスに対する自分の気持ちを、正直に話してくれたわ。だから、私とルイスの結婚はもう、有り得ないの」
「断ると――そう、リリアーナ様に仰ったのですか?」
「言う訳ないじゃない。その場で答えを出したら、自分のせいでプロポーズを断ったと、気に病むに決まってるもの。少し間を置いて、熟考した振りをしてから話すわ」
「いいのですか?」
「何が?」
「リリアーナ様が原因でプロポーズを断るんですよね? リリアーナ様も大切ですが、ご自分の幸せを犠牲にしていいのですか? サファイア様も、リリアーナ様も、お互いに相手の事を思い遣っているのですから、もう少し深く話し合ってみては? きっと何かやりようがあります」
「………前から決めていた事なの。今回の件が答えを後押ししただけよ」
「でも、少なからずルイス王子の事を、想ってはいるのでしょう? サファイア様が男性に対して、そんな想いを抱いたのはこれが初めてじゃないですか? その上、断っても断っても、またプロポーズしてくるあの不屈の精神!……ああ、きっともう、これが最後のチャンスだというのに……」
「まるで私が可哀想な人みたいじゃない」
「考え直しませんか?」
「スルーしたわね」

 サファイアが腰に両手を当てて、ラザファムを睨みつけたが、今日のラザファムはビクともしない。寧ろ真っ直ぐに見返してくる。
 先に視線を逸らしたサファイアが、少し悔しそうにして言った。

「もう、決めたの。舞踏会でルイスがエスコートしてくれるから、その時にお断りをするわ」

 目を伏せ、トーンダウンして更に続ける。
「……貴方から前もって言ってくれて構わないのよ。友達なんでしょう? 黙っているのは辛いでしょう……?」
「サファイア様……」

(この主は、警護の騎士に心を砕く分を、自分に回してほしいのに……)
 ラザファムがまた溜息を吐く。

「黙っています。 今告げたら、ルイス王子はショックで帰国してしまうかもしれません。舞踏会では彼にサファイア様をエスコートして頂いて、オルブライト公の馬鹿息子がサファイア様に纏うのを阻止してもらわないといけませんから」
「……ありがとう。ラザファム」

 サファイアが珍しく礼を言って、頬を微かに赤らめた。いつもとはガラリと変わって、愛らしさ100パーセントのサファイアに、ラザファムも顔を赤くする。

「私は本性を知っているから平気ですが、他の男にその顔を見せたら駄目ですよ」
「本性って何よ」

 ジト目で睨みつけるサファイアを横に、ラザファムは頭を抱える。

(あー、まったく!!! どうにかならないものだろうか? 舞踏会までもう日がないのに……!)

***

 その舞踏会を目の前にして、カイトは胸を押さえ苦しそうに息をしていた。 
 
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