罪状は【零】

毒の徒華

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第1章 人間と魔女と魔族

第5話 異界の住人

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 薬草を探しに外に出ると、もう随分暗くなっていた。
 町から離れると、もうそこは痩せた土地で雨もあまり降らない上に、植物も乾燥に強い植物しか生えていない。
 それでもそういう植物は水分を蓄える術を持っていて水分補給にも一躍かっている。

「ここまでくればいいかな……」

 僕は枯れ落ちた木を適当な長さになるように拾った。
 僕は周囲をよく確認し、誰もいないことを確かめてから炎をその木に灯した。魔術式が一瞬辺りをかすかに照らす。
 本当は、灯りなんて灯さなくても僕の目なら見える。だが、こうでもしていないと誰かに見つかったときに不信感から魔女だと感づかれる可能性もある。

 この世は魔女が支配している。

 魔女が世界を支配してから何年になるんだろうか。僕が生まれたときにはもう血なまぐさい戦いの記憶しかなかった。
 魔女は昔、長い間虐げられていたという書籍が残っているらしい。しかし、今やその片鱗もない。人間たちからしたら魔女は恐ろしい存在で、恐怖の象徴だ。
 魔女は人間を奴隷として扱い、働かせ、弄び、娯楽の為に殺したりする。そんな長い歴史を経て人間と魔女の間には取り去れない確執がある。
 僕は教養があるほうではないが、ときおり先生が僕にそう言ったことを教えてくれる。先生もきっとあまりに無知な僕のことを驚いたに違いない。

 ご主人様には言えないことが沢山ある。
 自分の存在も、過去も、そしてこれからの未来も。そしてこの山でこっそり怪我をしている魔族を匿っていることも。
 僕は薬草を取りに行くのと同時に、ここ何日もはその魔族を介抱していた。
 魔族と人間と魔女はそれぞれ相容れない。だから、これもばれるわけにはいかない。

 人間らしく生活するのは不便だ。
 刃物を使わなければ肉を切ることもできず、とある条件下でしか炎も灯すこともできず、水も植物も天候に身を委ねるしかできない。
 ご主人様は、そういう弱い生き物だ。
 だからこの世の悪いもの全てから僕が守る。その力が僕にはあるのだから。

 ――確か……このあたりに咳止めにいい薬草が生えていたはず

 見渡すと僕はそれを見つけた。松明は邪魔になるので、その辺に刺して僕はその薬草をいくらか摘んだ。
 採りすぎると生えてこなくなってしまう。

 ――僕が癒しの魔法を使えたら……こんなに苦労しないのに

 ため息交じりの息を吐き出して、僕は松明をその辺に刺したままにして歩き出した。
『あの子』はたしかこの辺りのはずだ。
 感覚を研ぎ澄ませて気配を探ると20メートル先くらいに気配を感じた。僕はそっちへ歩いて行き、呼びかける。

「レイン?」

 そうすると、包帯だらけの小さな程の白い龍が元気よく出てきた。腕の中に納まる程度の大きさ。
 包帯で巻かれた翼を羽ばたかせ、僕に向かって突進してきた。
 顔に翼の部分がバタバタと当たって痛い。

「ノエルー!」

 レインははしゃいでバタバタとせわしなく翼を動かして喜びを表現する。

「レ、レイン……爪が肉に食い込んで痛いよ」
「あははは、ごめんノエル。寂しかったよ。会いたかったよ。遊んで遊んで!」

 レインは楽しそうに僕にそう言った。その無邪気さを見て僕は微笑んだ。
 僕の腕にはレインの鋭い爪で切り傷がついたが、無邪気なレインを見ていると責めなかった。

「ごめんね、すぐに戻らないといけないから」
「えー、またー!? いっつもそう! たまには遊んでよー!」

 僕はレインの要望を無視して、レインの身体に巻かれている包帯の下の怪我の様子を確認した。
 大分良くなっているのが確認できる。
 しかし異界への空間移動の負荷には、まだ耐えられそうにない。

「まだ傷が治りきってないんだから、駄目だよ」
「もう平気だよ。ねぇ、ここは寂しい。ノエルと一緒にいたい」
「……人間に見つかるとまずいんだ。解ってほしい。次来るときは遊んであげるから」

 レインは駄々をこねていたが、僕がその小さな身体を抱きしめると大人しくなった。硬い鱗の突起が僕の手に食い込んで痛い。
 包帯も鱗の鋭さでところどころほつれてしまっている。

「レインは、僕が怖くないの?」

 魔族は魔女を嫌う。
 ここ最近はずっと魔女が魔族に酷い実験を繰り返しているからだ。レインも魔女によって怪我をして、命からがら逃げだしてきた龍族の子供だった。

「ノエルは他の魔女とは違うから。優しいし、ぼくに酷いことをしないし、ぼくと遊んでくれる」

 白い翼をバタバタとレインははためかせる。翼の先端の爪のような部分があたって痛い。レインと遊ぶといつも僕の身体に無数の小さな傷がついてしまう。
 龍の子供はじゃれあって遊ぶのが好きらしい。

「それにノエルは魔女の血半分と、翼人よくじんの血半分でしょ? 半分はぼくらの仲間だよ」

 魔女と異界の住人との混血。
 それが僕の正体だ。
 だからこそ、僕はずっと疎まれて生きてきた。それをなんでもないように接してくれるレインは、純粋だ。そう接してくれると僕も嬉しい。

 レインが突然、何かに反応して首をひねってそちらを向いた。

「ねぇ、ノエル。あっちから僕と同じ魔族の気配がする。見に行ってもいい?」

 レインに言われて、僕も微かなその気配を感じた。
 魔族は異界から自由にこちらには来られない。魔女に召喚された者が魔女から逃げてきた可能性が高い。

 ――だとしたら……放っておいたら危険だ

 僕はレインと共にその方向へ歩いた。
 周りに意識を集中する。何かいる。それも一匹や二匹ではない。

「(魔女……魔女……いる)」
「(……魔女………だけ…? 否定……混じる)」

 異界の者の言葉は、なんて言っているのか大まかにしか解らない。レインは賢い龍族だからこっちの言葉をすぐに覚えたが、普通の下級魔族はそこまでの知能はないと聞く。

「出てきなよ……異界の住人たちでしょ」

 空虚に向けて僕はそう語りかける。言葉が通じないのでレインが僕の言葉を訳して言ってくれた。

「(翼人……混じり……汚い……血……否定……禁断の)」
「(殺す……私……忌むべき……血)」

『忌むべき血』という言葉が聞こえてきた瞬間、魔女に虐げられていた記憶が再び蘇ったする。
 思い出したくない過去の、僕を虐げる声が何度も頭の中で再生される。
 僕は異界の住人にすら忌むべき血と呼ばれて胸が痛くなった。
 僕に対してはこれが普通の反応だ。生きていることそのものがまるで罪かのように言われる。

 このまま魔族を野放しにしておけば、いずれは町に降りてきてしまうだろう。なんとか異界に帰ってもらわないといけない。
 ゆらりと姿を現した異界の住人は7体程だった。下級の魔物だ。皮膚がボロボロになっている。

「異界の住人はこっちに長くはいられないはず……早く戻った方がいい」
「わぁ、仲間がいっぱい! 遊ぼう! 遊ぼう!」

 僕が真剣に考えている横で、レインが他の魔物にはしゃいでバタバタと羽ばたいた。

「(龍……!?)」

 魔族たちはざわめいた。
 下級魔族にとって高位魔族は、やはり恐ろしいのだろうか。少し後ろに後ずさって僕らから距離をとった。

「レイン、遊びじゃないよ。異界に帰してあげないと死んでしまう」
「なんで死んじゃうの?」

 レインはこっちにいてもある程度は平気なようだから解らない様子だった。

「こっちにいると下位の魔族は、身体がボロボロになってしまうんだよ」

 そういう呪いを太古の魔女が魔族にかけた。本を読んでいたときにそう記されていたのを覚えている。
 魔女と魔族の確執は途方もない昔から続いていた。

「そうなの? じゃあ仕方ないよね……」

 レインはしゅんとしたが、僕が言ったことは理解できたようですぐに諦めてくれた。

 ――たしか……太古の昔、当時の魔女が異界を作り、異形の者を人間たちから別つ為にそこへ閉じ込めた……だっけ

 そして二度と相容れないようになった。
 なのに、貪欲に異界の者たちを使役しようと、現在の魔女の女王であるゲルダ一派が異界から呼び出す術を完成させてしまった。
 高位魔族の龍族だからなのか、レインはそんなに変調を見せてはいないが、早く帰してあげないとならない。
 こちらと異界の空間を移動する際に相当な負荷がかかる為、ボロボロの身体では帰すわけにはいかなかった。
 一体一体魔族を見ると、皮膚はボロボロになっていたが大きな怪我をしている者はいない。これなら空間転移の魔術の負荷に耐えることができるだろう。

「(魔女……危害……私たち……殺す?)」
「僕はそんなことしない。こっちに長くいればお前たちは死んでしまう。それに他の魔女に見つかったらたちどころに実験体にされる。はやく帰った方がいい」

 なんとか穏便に帰ってもらいたくて、僕は下級魔族を説得した。こちらの言葉が解っていないようだったので、僕はレインに頼ることにした。


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