罪状は【零】

毒の徒華

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第1章 人間と魔女と魔族

第6話 手負いの吸血鬼族

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「レイン、説得してくれないかな。異界の言葉はよく解らなくて」
「解った!」

 レインは異界の言葉で他の魔族たちを説得した。
 やはり何と言っているのか完全には解らなかったけど、僕が言ったことをそのまま伝えてくれている様子だった。

「(理解……)」
「(帰る……望む)」

 下級魔族と言えど、解ってくれて嬉しい。僕が魔法陣を書き始めてから少しして、その魔族たちとは違う声が聞こえた。

「おい、魔女風情」

 はっきりとした、こちらの共通言語だった。
 僕は町の人間に見られたのか一瞬頭が真っ白になった。いや、それにしても僕が魔女だと解るのは魔族だけだ……そう思いながらもおそるおそる振り返る。

 暗闇に溶け込んでいる吸血鬼族と思しき魔族がそこにはいた。
 町の人ではなかったので僕は少しホッとして息を深く吐き出した。
 彼が暗闇に溶けているのは服だけで、白い肌、口からわずかに出ている牙、そして長くて鋭い爪。長い金色の髪は暗闇でもよく見えた。
 黒いローブを纏っていて全身ほとんど隠れている。
 吸血鬼族といえば、高位魔族で魔女が使役するのに苦労したと聞いた。龍族と並ぶ高位魔族だ。
 現代の魔女の節操のなさには僕は頭を抱えるばかりだ。

「あなたは吸血鬼族?」
「気安く私に話しかけるな……」

 流暢にこちらの言葉を話す魔族は少ない。
 魔女に長期間使役されたことがあるのだろうか?
 彼は敵意をむき出しで僕に今にも飛びかかってきそうな雰囲気が漂っている。なんとかなだめて異界に行ってもらわなければならない。
 僕はそのことで頭がいっぱいになっていた。

「僕はあなたたちに危害を加えるつもりはない。早く異界に戻った方がいい」
「魔女風情が私に指図するな!」

 吸血鬼族の青年は僕の前に瞬時に移動してきて、僕の首を掴み上げてきた。

「ノエル!」

 レインがバタバタと飛んでその吸血鬼族を威嚇した。

「レイン、下がっていて」

 ――気性の荒いタイプか……それか魔女に酷い怨恨があるんだろうな……

 恐らく相当酷いことをされてきたのだろう。
 でなければこんなに敵意をむき出しで僕のことを掴み上げたりしないはずだ。

「龍族を従えているだと……? それにお前……魔女と翼人の混血だな?」
「……そうだよ。でもレインは従えている訳じゃない……話をするだけなら、とりあえず降ろしてほしいんだけど……話に集中できない」

 すると彼は僕を乱暴にその辺に投げ捨てた。
 僕は咄嗟に受け身を取り着地し、向き合って立ち上がった。レインと他の魔族は僕らの周りから後ずさる。

「乱暴だね。魔女に怨みでもあるの?」

 僕がそう言うと、吸血鬼族の青年は敵意をむき出しにし、一段と険しい表情になった。

「あぁ! あるとも!! 魔女どもには散々実験をされた!! 見るがいいこの身体を!!!」

 吸血鬼の男がローブを乱暴に脱ぎ捨てると、その身体には古い傷と思われる傷がいくつもいくつもついていた。
 それも、小さい傷ではない。
 何度も何度も切り刻まれたのだろう。痛ましいほどその傷が魔女への怨みを物語っている。
 それに、よくみたら新しい傷があり、怪我していた。腹部の生々しい傷から赤い鮮血が大量に溢れている。

「怪我している。治療しないと……そのまま失血したら――――――」
「黙れ! そんなことは解っている!」

 この魔族を、僕はどうしたらいいか解らなかった。
 しかし僕は手荒い事をしないということを解ってもらわないと話にならない。僕は殺し合いがしたいわけじゃない。しかし、会話が上手いわけではないのでどう納めて良いのかもわからない。
 吸血鬼族の青年は苦しそうに傷口を押さえ、具合が悪そうにしている。

「……僕はそんな残酷なことをしたことはないし、これからもしない。僕は他の魔女とは違う。僕だって魔女に何度も殺されかけて実験されてきた」

 何度も、何度も。繰り返し、繰り返し行われる実験。
 僕の身体には傷跡は残らないが、あのときの壮絶な痛みは忘れたりしない。
 魔女は好奇心旺盛だ。
 まして僕という存在は魔女にとって特別だ。混血だから、禁忌の存在だから、他の魔女と違うから、理由はなんだって構わない。自分より力の強い魔女が許せなかったゲルダが、僕を散々痛めつけた。

「翼人との混血となればそうだろうな……異界で最高位魔族だった翼人が、魔女に脅威と判断され、一人残らず魔女に殺されたのだから」

 胸が痛い。
 痛みが、苦しみが、痛いほど伝わってくる。できることなら謝りたい。
 でも、謝ったところで不愉快に思われるだけだ。僕が謝っても、殺された者も、傷つけられた者も助かったりしない。

「お前ら魔女は魔女以外の生き物を許容しない。魔族を容赦なく魔法で支配し、殺し、実験をしている……」

 吸血鬼族の男は自分の傷を手で抑えた。痛むのだろう。魔族とはいえ血の通っている生物には変わりない。
 ただ、異界に住んでいるかこちらに住んでいるかの違いだけだ。

「そういう話も魔女が話しているのをよく聞いた。僕もあなたたちと同じだ」
「同じだと……? ふざけるな!」

 鬼のような形相で彼は僕の方を睨みつけた。

 ――しまった、怒らせてしまったか

 と、思ったときには僕に飛び掛かってきた。喉元を切り裂く勢いで腕を振りかぶっている。
 あまり気が進まなかったが、そんなことを言っている場合ではない。
 僕は一瞬で魔術式を構築し、エネルギーを光に変換して目くらましで使った。辺り一面真っ白に色が飛ぶほどの閃光の魔術。
 長くは持たない上に実用性はあまりないが、魔族にとっては効果的な魔術だ。僕の目もあけていては無事では済まないので、もう片方の腕で目を覆い隠し、強く目を閉じる。
 魔族は目が暗闇でもはっきりと物が見えるように進化しており、強い光は目が焼けてしまう為に光を嫌う。

「ギャアッ……!」

 その場にいた魔族は全員目を抑えてその場にうずくまった。

「うわぁああああッ!」

 レインがバタバタとその場で転げまわる。幸いにもその転げまわっている場所は草が生えていたため包帯が土塗れにならなくて良かった。
 レインにもこれが効いてしまったのは後で謝らないといけない。
 こんなことをした後で言うことではないが、僕はなんとか説得しようと話し合いをするように促した。

「ごめん、こんなことはしたくない……話し合いをしよう。危害を加えるつもりはない」

 殺したり、傷つけたりするのはうんざりだった。
 せっかく言葉が通じるのだから、話し合いという方法がある。力で服従させるなんて野蛮なことはしたくない。
 僕にはそれができるから、尚更そんなことはしたくない。

「おのれ……下賤な魔女め」

 ――またそれだ……

 魔女と魔族からは穢れた血だと罵られ、人間からは得体がしれない不気味な子供だと疎まれてきた。そんなの僕のせいじゃないのに。

 悪いことなんて何もしていないのに――――

「僕だって……人間に生まれたかったよ……」

 魔女でなければ守れない。でも、それでもご主人様の苦しみが解る、同じ人間に生まれたかった。いつもそれの堂々巡りだ。

「何? 人間にだと? ただ魔女に搾取されるだけの血と臓物の詰まった皮袋にか?」
「そんな言い方しないで」

 まるで人間を物のようにしか見ていないその態度に僕は腹が立った。
 一人ひとり違う。個性がある。生い立ちも違う。
 血の通った生き物であることに変わりはない。
 他の生き物を自分たちと圧倒的に違うと思っている魔女と、その考え方は同じ。

「人間だって魔族と同じ生き物だよ。感情もあるし、痛みも感じる。魔女だってそうだ。混血の僕も、傷がつけば痛みを感じるし、言葉や態度で容易に傷つく」

 吸血鬼族の青年は目を押さえながら、僕の言葉を聞いていた。目から手を離すと、まだよく見えていないであろう目を凝らしながら僕を睨んだ。

「ふん。私にはそんなことどうでもいい。しかしお前……それほどの魔力がありながら、何故魔女が人間共に着せている隷属衣《れいぞくい》など着ているのだ。法衣を纏えばさらに強い魔力を得られるというのに」

 吸血鬼族の青年は立ち上がった。

「魔術なんて使わなくても生活できるし……それに人間に混じって生活しているんだから別にいいじゃない」
「人間に混じってだと? 穢れた血として最もこの世で疎まれるお前が?」

 吸血鬼の青年はそんな僕を嘲笑った。生まれてきたこと自体を罪と蔑まれることも傷つきはするけれど、もう慣れてしまった。
 返す言葉もない。

「……とにかく、異界に帰ってよ。ここが魔女に見つかる訳にはいかない。魔族がこっちにずっといるといつか死んでしまう。異界への魔術式は僕が作るから、魔女除けの魔術式を刻んだもの身に着けていればもう魔女に召喚されない。僕がそれを作るから、それでいいでしょう?」

 早くご主人様のところへ帰りたい。
 その気持ちから僕は焦る。
 焦りからか口調が早くなっているのを自分でも感じていた。木の棒につけた炎がゆらゆらと揺れて影が揺れている。

「冗談じゃない。間抜けな魔女のおかげでこうして無事に逃げおおせたのだから、魔女どもを殺して殺して……殺……して……や……る……――――」

 そう言っている最中に吸血鬼は倒れてしまった。
 僕はその吸血鬼に近寄って怪我の状態を確認した。近くで見ると予想よりも出血が酷く、かなり危ない状態だった。
 こんな状態でどこから逃げてきたのだろう。近くに魔女が支配する町は無いはずだ。

「これじゃ……このまま異界に返すわけにはいかない……」

 この深手では空間移動の負荷に耐えられないだろう。
 僕はその吸血鬼の怪我の処置を行った。人間とは身体の構造が少し違うが、大まかには一緒だったので簡単な処置はできた。
 何とか止血はできたが、血液を大量に必要とする吸血鬼族にとってこの出血量は、かなり危ない状態であることには変わりない。

 僕は迷った。

 ――自分の血を与えるしか……

 このまま放置しても助からない。
 助けるには僕の血しかなかった。
 魔女の血はただの血ではない。
 僕の血を与えれば『契約』を交わしたことになり、この吸血鬼は魔女の血に呪われ、血が穢れる。
 まして僕の血は穢れた血と方々から蔑まれる禁断の血だ。

 それでも……――これは僕のエゴだ。

 魔女に酷い目に遭わされて、魔女を心底恨みながら死んでいく運命のこの吸血鬼に、僕は深い悲しみを抱いた。
 僕はご主人様に会って絶望の淵から救われた。ずっと悲しくてつらい想いばかりしていた僕に、ご主人様は光をくれた。
 でもそれは錠となり、結果としてこの吸血鬼を苦しめることになるかもしれない。
 でも、解ってほしかった。
 君に酷いことをしない魔女だっているんだってこと。このまま魔女を呪って死んでほしくない。

 僕は覚悟を決めた。


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