罪状は【零】

毒の徒華

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第1章 人間と魔女と魔族

第9話 あなたの奴隷

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 赤い眼の黒猫を連れて、僕は重い足取りで家についた。
 家に帰るともう話し声はしなかった。明かりが灯っているところを見ると、ご主人様は起きていらっしゃるのだろう。
 かなり遅くなってしまったから怒られるかもしれない。

 ……いや、絶対に怒られるだろう。
 覚悟をして入らなければならない。

 ガーネットを家の外に残して、入ってこないようにと小さい声で言い聞かせた。

「いい? 絶対に入ってきたら駄目だよ? どんな物音が聞こえても、絶対だよ」

 ガーネットは尻尾をゆらゆらと動かすばかりで何も言わない。というか、言えない状態だ。
 真剣に黒猫に話しかけている僕の姿を誰かに見られたら、もっと僕は変な目で見られるだろう。

 ガチャリ

 突然扉が開いたことに驚いて、僕はビクッと身体を硬直させた。
 ゆっくりを振り返ると銀色の髪をかき上げながら、扉の空いた場所に寄りかかって僕を彼は見下ろした。

「お前……また随分と遅かったじゃねぇか。俺に内緒で夜遊びか?」

 明らかに怒っている様子だ。
 声が冷たい。
 その目を見て僕は恐怖の色一色に染まる。

「ご、ごめんなさいご主人様」

 慌てて謝罪をすると、ご主人様が僕の首の鎖を掴みあげた。引っ張られ、強制的に上を向かされる。

「何度言っても解らねぇな? 身体にまた教えてやるよ。いたぶられるのも好きだろ?」

 どうしようと僕が頭の中が真っ白になって混乱している中、「にゃーん」とガーネットが鳴いた。

「あ? 猫……?」

 ご主人様が手を伸ばす。ガーネットに触れようとしたとき、ガーネットはその手を切り裂こうと鋭い爪を出したのを僕は見逃さなかった。

 ガリッ!

 咄嗟にご主人様の手をかばい、僕は代わりにガーネットの爪の餌食になった。
 血がしたたり落ちるほどの傷が僕の手についた。

 ――本気でひっかいたな……

 ガーネットの手にも同じ傷ができたに違いない。黒い毛並みで血は見えないが、確かに傷がついているはずだ。

「……ごめんなさい。僕が拾ってきてしまった猫がご主人様に粗相を」

 血が出た手を強く握りこむ。しかし傷はみるみる塞がっていったがそれを見られる訳にはいかなかった。血だけがそこに残る。

「……またお前、俺の許可なく傷つけたな……」

 鎖を改めて掴み、強く引いて家の中に引きずられるように入った。振り返ってガーネットを見たら不思議そうな顔をしていたような気がする。
 猫の表情は解らない。猫でなくても、ガーネットの表情は常に険しくて何を考えているのか解らない方だ。
 抵抗するわけでもない僕は家の中に引きずられていった。ご主人様は僕の首の鎖を壁にぶら下がっているもう一つの鎖と繋げる。

 ――これでいい……

 ご主人様の気が済むまで僕の身体をいたぶればいい。僕は一生懸命許しを乞うから、あなたの気に入るように鳴くから。捨てられないならそれだけでいい。
 心残りは僕の身体の痛みはガーネットにも伝わってしまうことだ。
 しかし、僕のご主人様をひっかこうとしたんだからその報いは当然だ。
 僕は覚悟を決めて、ご主人様の怒っている顔を縋るような目で見つめた。

「お前、なんで帰ってくるのが遅かったんだ?」
「…………」
「早く答えろ!」

 パン!

 右の頬を叩かれた。平手打ちだった。
 ご主人様は優しい。
 拳で殴ればいいのに、僕の顔のこと気にしてくれているのかな。
 こんなときでさえそんなことを考える。
 ご主人様を見ると、怒りと悲しみの混じった目で僕を見ていた。僕は視線を合わせていられずに床に視線を落とした。

「中から……話し声がしましたので、お邪魔してはいけないかと思いまして……」
「あぁ……はぁん。どんな話をしていたか聞いたのか?」

 ご主人様はニヤニヤしながら、僕の首の鎖を引っ張る。

「いいえ……」
「本当は気になって聞いていたんじゃないのか?」
「そんな卑賎ひせんなこと僕がするわけありません!」

 ジャラ……首輪の鎖がジャラジャラと静寂をかき消すように音を鳴らす。
 冷たい音。枷の音。聞きなれた冷たい音だ。

「それで猫と遊んでたってか?」
「そうです……」
「随分狂暴な猫だったのに、お前には懐いたのか?」
「……危うく、ご主人様がお怪我をするところでした……」

 本当にご主人様がお怪我をしなくてよかった。
 僕は心の底からそう思っていた。僕は自分の手の傷が治っていることだけは隠さなければいけなかった。必死に掌の方をご主人様の方に向ける。

「……お前、そういうところあるよな」
「?」

 ご主人様が悲しそうな顔をした。もう怒っていない。
 きっと僕がいつになってもきちんという事を聞けないから悲しんでいるんだ。
 僕はそう思った。

「ごめんなさいご主人様……言いつけを守れませんでした。でも傷ついたのが僕の手で良かったです」
「馬鹿野郎……」

 僕が話しながら考え込んで目を泳がせていると、ご主人様は僕を抱きしめてくれた。
 暖かい身体。ご主人様の匂い。銀色の綺麗な髪の毛。
 突然のことに僕は理解が追い付かなかった。

「ご主人様?」
「俺の為に、自分が傷ついても構わないって思うのはやめろって言っているのが解らないのかよ……」

 ご主人様が何を言っているのか解らなかった。
 僕はご主人様の奴隷なんだから。この身を呈して守るのは当たり前なのに。
 いくら傷ついても構わないと思っているのに。

「僕はあなたの奴隷ですから……」

 僕は奴隷なんだから、もっと好きなように使ってくれていいのに。
 殴りたかったら殴ればいいし、蹴りたかったら蹴ったらいい。殺したいなら殺せばいい。
 僕はそうでありたい。あなたにだったら僕は殺されることすら抵抗しないのに。
 抱きしめてくれるご主人様の腕が、少し震えているような気がした。どうしたのだろう。いくら考えてもそれは僕には解らなかった。
 ジャラ……とご主人様は僕の首の鎖を壁から外して、僕を引っ張ってベッドの方へ連れて行かれた。そして乱暴に投げ出される。

「お前、今夜は覚悟しろよ? すぐには楽にしてやらねぇからな」

 その言葉通り、夜は僕はご主人様の気が済むまでもてあそばれた。
 息が詰まる時間。快楽が苦しみにすら感じる程に、何度も何度も、繰り返し繰り返しソレは行われた。
 一体どれだけ僕が尽くしたら、僕が彼を愛していると伝わってくれるのだろう。
 どれだけ尽くしても、彼が僕を愛することはない。
 それでいい。
 傍にいられることが何よりも幸せだから。


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