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第2章 絶対的な力
第13話 魔女の街
しおりを挟む【魔女に支配された街】
「あははははははは!!」
「やめてくれえぇっ! ぎゃあああああああ!!!!」
そこはまるで地獄だ。
顔の半面に爛れのがある魔女が高笑いをしていた。
その傍らには血液がそこかしこに飛びちり、血の海ができている。
獣型の魔族が人間を食べているその隣に魔女はいた。艶やかな法衣を着ていて、華美な装いだ。その法衣は本来は赤ではないが、鮮血で染まり赤くなっていた。
魔族は人間のはらわたを食いちぎり、顔を赤く染めている。その魔族は酷くやせ衰えており、懸命に人間の肉に食らいついていた。
骨の折れる音や、血の滴る音や生々しい音が響き渡っている。
「あーあ、面白くない。すぐ死んじゃった」
魔族も苦しそうに呻き声をあげる。表皮がボロボロになっており、毛もところどころ抜け落ちてしまっていた。
抜け落ちている毛のない部分からは異様に骨が浮いているのが見える。
「おまえも、もういらない」
魔女は水の魔術式を構成し、魔族を水の中に閉じ込めた。魔族の口元についていた人間の血液が水に溶けて滲んでいく。
「あはは、何分持つかしら?」
魔族は苦しそうに水の中でのたうち回るが、けして水は離れようとせず暴れれば暴れる程に魔族の身体にその水が侵入し、呼吸を奪っていく。
「本当に面白くない」
魔女が水に更に魔術式をかけた瞬間、魔族の身体を物凄い水圧で押し潰した。内臓が皮膚を突き破り飛び出す。無残に肉が裂け、骨が突き破り、内臓がしたたり落ちて魔族は息絶えた。
「もっと強い魔族を呼び出したいのに。うまくいかない」
魔女はくるくると自分の髪の毛をいじる。前髪を何度も何度も整えて、顔の爛れが見えないように気を遣った。しかし、その顔の爛れはどうしても隠せない。
隠せないことを知っている彼女は、徐々に表情に怒りが立ち込め、顔に強く爪を立てた。
「ロゼッタ」
そう呼ばれて、魔女ロゼッタは怒りに満ちた表情のまま振り返る。
「なによ、エマ」
頭と、縛っている髪留めに花飾りをしていて、片眼鏡をかけている魔女――――エマがロゼッタに話しかけた。
「会議に遅れるよ」
「はぁ……報告することなんてないのに」
ロゼッタは溜め息をつきながら、血まみれの法衣をそのままに、その凄惨な現場を振り返りもしなかった。
「ロゼッタ……その臭い血を洗い流してくれない?」
「はいはい」
ロゼッタは水の魔術式で自分の法衣を着ているまま洗い、そして汚れた水をその辺りに打ち捨てた。一次はビショビショに濡れた法衣も、その服にまとわりつく水を操って弾くと一瞬にして法衣は綺麗に乾いた。
「人間の奴隷も限られているのだから、そう何人も殺したら怒られるわよ」
「大丈夫よ。交尾させて増やしてるし労働力にならない人間はただのごく潰しでしょ?」
「ふふふ……人間に支配されていた頃、同じセリフを言ったら磔にされて殺されていたわね」
「人間なんて使い捨てるのが一番よ」
他愛もない話をしながら魔女の総本部の城へとエマと共に向かう。
大きな城で、法衣を着ている魔女は数人いるがどれも地味な法衣だ。ロゼッタとエマが通ると、その地味な法衣を着ている魔女はその場で立ち止まり、彼女たちが通り過ぎるまで頭を下げ続けた。
「ゲルダ様、今日相当機嫌悪いみたいよ」
「マジ?」
「最近ますますおかしくなってきてない?」
「……確かにね」
明るいとは言えない話をしながら、城の大理石の床を歩いて行く。
碧い壁の色で統一されており、美しく碧い光を反射している。
さて……今日はなんて嫌味を言われるのやら。ロゼッタはそう思いながら、ゲルダ様のいる最奥の扉の前についた。豪奢な扉で酷く重い。強い魔力に反応して開く仕組みだ。
ロゼッタがその扉の前に立つと、ゆっくりとその扉は開く。
ヒュンッ……
「っ!?」
両開きの扉から銀の針がロゼッタめがけて飛んで行き、ロゼッタの法衣のフードを貫いた。
「ロゼッタ。エマ。今度遅かったら魔族に食べさせるわよ」
気の立っているカリカリとした声が聞こえた。
その声の主の長い髪は半分だけ白く、もう半分は黒い。身体に巻くだけの特別な法衣、口元はヴェールで覆っていて、右半身に酷い爛れの痕と、そして白い三枚の翼を持つ魔女――――ゲルダがそういった。
「はい、申し訳ございません」
――なんだよ、この年増ババア……
とロゼッタは心の中で悪態をついた。エマは涼しい顔をして席に着く。
月に一度の定例会議で出席する魔女全員はもう先に揃っていた。
10人の魔女がそれぞれ席についている。
「で、ノエルは見つかったのかしら?」
ゲルダが口を開いてそう言っても、誰もその質問に答えない。
長い爪の伸びている指で、苛立ちを隠すこともなくコツコツと大理石の机をたたく。大理石の豪華な机を叩くスピードは徐々に速くなり、やがてその音が止むとゲルダは呆れと苛立ちと焦りを混ぜた声で話始める。
「あなたたち、何をグズグズしているの? もうノエルの所在が分からなくなって2年も経つのよ?」
「そうは言われても、ノエルに魔女除けの術式を張られていると、こちらも見つけられなくて……――」
「言い訳はやめなさい!」
髪を大きなリボンで髪をまとめている魔女に向かって、銀の針が容赦なく飛んでいく。
目を正確に狙った針が光を反射したのを捕えた頃にはもう遅い。
が、針は顔の寸前のところで止まった。そして針はバラバラとテーブルの上にカランカランと落ちる。
「ゲルダ様……落ち着いてください。こちらも全力で探しているのです」
「その言葉は聞き飽きたわ。魔女除け破りの魔術式はまだ完成しないの!?」
ゲルダの怒りの矛先はエマに向いた。エマは自分から冷や汗が出るのを感じる。
「申し訳ございません。何度も魔術式を組み替えてはいるのですが、ノエルの魔女除けも何度も何度も組み替えているようで……」
「本当にお前たちは役立たずね!! 罪名持ちのくせに、本当に他の下位の魔女と変わらないわ」
あまりにも重い空気がその場を支配する。
その空気に押しつぶされて死んでしまいそうだとそこにいる何人かは感じたに違いない。数人は恐怖に震えている自身の身体を必死に押さえつけていた。
「…………殺すわよ?」
冷たい声でゲルダが言うと、その場の空気が凍り付いた。ビリビリと空気が振動しているのが解る。
「おいおい、落ち着けって。ゲルダ」
ゲルダに一番近い席に座っていたほぼ裸同然の男がゲルダをなだめようとする。
上半身は裸で、下半身がかろうじて身体に巻いている布で隠れている程度だ。
目つきは鋭く、小ばかにした様な薄ら笑いを浮かべている。
「お前が本気を出してここに居る奴らを皆殺しにするとき、巻き添えで俺が死んだら困るだろ? それに俺だってノエルのこと血眼で捜してんだぜ? いくら半翼を失っているとはいえ、最高位の魔力と知恵を誇る禁忌の遺児なんだから、俺らより上手でも仕方ないだろ」
そうなだめられると、ゲルダは先ほどまでの怒りに満ちた表情から、憂いを纏った女の表情となった。
「解っているわ、クロエ……。こんなことになるなら、あのとき……悠長に実験になんて使っていないでさっさと殺して翼をむしり取ればよかった…………」
ゲルダはクロエから視線を外し、虚空を見つめてつぶやいた。
「私が出て行けたら良かったのに」
「無茶ですよ。そのお身体では……――――」
「解っているわよ!」
ビキビキビキビキビキッ!
テーブルに大きく亀裂が入る。そこにいる全員が、誰一人として口答えを続けようとする者はいなかった。
「はぁ……はぁ……」
ゲルダが苦しそうに胸を押さえる。
「シャーロットをお呼びしますわ」
「大丈夫よ……早くノエルを連れてきてちょうだい……死んでいても構わないわ。あれの翼だけが手に入ればいい……クロエ……肩を貸してちょうだい」
「……あぁ」
息も絶え絶えでゲルダがその場にいた魔女たち全員に再度命令した。
そうして毎月恒例の会議は幕を引いた。
集会が終わってからロゼッタとエマは城の外に出た後、思い切りゲルダに対して嫌悪感をむき出しにした。
「ったく、あのくたばり損ないババアなんか殺して、女王の座から降ろしちゃえばいいのにさ」
「それができる魔女がいないから、今こうなっているんでしょ? 曲りなりにも、高位魔族だった翼人を皆殺しにできたほどの力があるから……」
「それもノエルの半翼があったからできたんでしょ? ほんと馬鹿ね。力に取りつかれた化け物よ。もうあんなの、魔女でも何でもないわ」
そう毒づきながらも、自分の力の及ばなさにロゼッタは苦渋を舐める。
生まれつき魔力の高い魔女とそうでない魔女の差は埋めることは出来ない。天性の才能は努力ではどうにもできない。
「ノエルノエルって……あたしだってノエルを殺したいって言うのにさ」
ロゼッタはイライラしながら足元にある小石を蹴り飛ばした。
顔の爛れを強く爪を立てて押さえながら、歯をギリギリと噛みしめる。
「ふん、魔女除けなんてして隠れているつもりだろうけど、必ず引きずりだしてやるわ」
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